第百二話 ルカが「残る」と言った理由
船に戻って二日目の朝、ルカが私たちを呼んだ。
甲板に全員が集まると、ルカは珍しく、全員の顔を順番に見た。それから言った。
「俺は一度、廃都市に残る。感情が解放された後の後始末を、俺がやる。切り散らかしたものを、少し片付けてから追いかける」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫だ。これは俺がやるべきことだから」
ウルが少し前に出た。
「……いつ来る? 王都に」
「分からない。でも、行く。約束はできないけど、行く気はある」
「行く気がある、でいい」
ウルが即座に言った。驚いた。以前のウルなら、絶対に来てほしいと言った。今は「行く気がある、でいい」と言える。
アルが静かに言った。「お待ちしています」
ノアが「ジャムのパン、取っておく」と言った。ルカが「要らない」と言い、ノアが「取っておく」と繰り返した。
レオネルがルカの前に立った。
「……お前は、約束を守る人間か」
「さあ。自分でも分からない」
「正直だな」
「嘘をついてもしょうがない」
レオネルが少し間を置いてから言った。「ならば、守れると思う約束だけをしろ。……店に行く気がある、でいい。それは守れるか」
ルカが少し黙ってから、「守れる」と言った。
「ならばそれで十分だ」
レオネルが頷いた。ルカが、少し意外そうな顔をした。
別れの時、ルカは荷物を持って船縁に立った。私が近づくと、彼はちょっと視線を逸らした。
「結衣」
「なに」
「その……針、見せろ」
私が銀の針を出すと、ルカは欠けたハサミを取り出して、もう一度だけ針の先に当てた。橙色の光が灯る。ルカがその光をじっと見た。
「……まだ温かい」
「また来てくれたら、もっと温かくなるよ」
ルカが何も言わなかった。でも、ハサミをしまう前に一度だけ、針の光を指先で触れた。それがルカの、さよならの言い方だった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ルカが船縁を越えた。海に降りる小舟に乗り、廃都市の方へ向かっていった。ウルが最後まで手を振り続けた。ルカは振り返らなかった。でも、舟の速度が一度だけ、少し落ちた。




