第6話 かたむいて水平線pm4:00
「じゃあ、しのはお盆もずっとバイトしてたんだ」
「そうだよ」
「あの商店街、お盆とか年末年始は休みのとこ多いのに」
「うちの店はアーケードからちょっと外れにあるから、お盆とかあんまり関係ない。それなりに忙しかったよ。でもまぁ組合的な人たち?に一応気をつかってか、16日は休業だった」
8月、大学の夏休みも後半戦。2回生の水池杏理と紫野翼は同じ大学の学生のグループ展に行った帰り、海岸沿いの遊歩道を歩いていた。
日陰などあるはずもなく、潮風と午後4時の日差しは青年2人から無慈悲に生気を奪ってゆく。
自分から聞いておきながら興味なさそうに返事をした杏理は、先ほどまでいた建物の方向を振り返ってサングラスをかけた。まだ本人がこのサングラス姿に慣れてないため、友人と2人のときしか装着できない。
「いいギャラリーだったな。海沿いでカフェも併設してるって、オシャレにもほどがある。レンタル料高そう」
「まぁ、会期が週末3日間だけならそこまででもないんじゃないか。ただ最寄り駅まで徒歩50分ってアクセスが微妙だな。だから俺のバイクで行こうって言ったのに」
「しのはふつか酔いだろ。お前いくつ?なんでそうなるわけ」
「21。ごめん、なんか飲み放題ってつい飲みすぎちゃうんだよな」
「イミわからん。俺はガチャガチャした大人数の飲み会ってあんまり好きじゃないから、なるべく早く帰る」
「アンリってそうだよな」
「潰れたヤツの介抱もめんどいし、あちこちでこの後どうするかって探りあう妙な空気が漂いはじめるし」
「まぁねえ。でも良さそうな子がいたら、アンリだってソワソワするだろ」
「どうかな」
2人は遊歩道から外れて生活道路の方へと足を進めた。薄汚れた砂浜や、もう長い間使われていなさそうな漁船を横目に通り過ぎて行くと、次第に磯の香りが薄まり、まばらに住宅地が見えきてた。
「めんどいっていうけど、何ごとも経験だよアンリ…あっ」
紫野が前から来た小柄な通行人とすれ違いざまに声を出した。紫野と身体がぶつかったのか、その通行人がガードレールに片腕をついていた。
「ごめん。大丈夫?怪我してない?」
そう言って紫野が近づくと、小学生くらいの男児が静かにうなずいた。そして身をかがめて足元に落ちていた白っぽい物体をゆっくり拾い上げた。紫野と杏理は、それが何かまだ確定する前から罪悪感という名の汗が背中をつたった。
「それ、きみの?壊れた?もしかして……」
紫野が申し訳なさそうに話しかけると、少年は両手に持った紙箱やラップの芯で作ったお城のような造形物を見下ろして、かすかに首を左右に振って答えた。
「さっきから壊れてた」
「転んだの?」
杏理の問いかけに少年はまたうなずいた。
紫野の数歩先を歩いていた杏理は、その少年が前方にいることに気づいていた。視界に入った一瞬、彼がややうつむいて歩いていたことを覚えていた。そしてひざが擦りむいていたことも。
野球のキャップのツバで少年の表情は隠れている。おそらくサイズが大きいのだろう。涙を堪えているのか、またはすでに泣いたあとなのか男子大学生の2人にはわからなかった。
「そうなんだ。えっと、見せてもらっていいかな」
少年は目の前の男性2人を見上げた。ひとりは長髪を後ろに結んで少し顔色が悪く、ひとりはサングラスをかけてハットを深めに被っている。海水浴シーズン中によく目にする、海岸沿いをぷらぷら歩いているような2人連れだった。
少年の夏休みの自由工作、『お城みたいなホテル』は、高い塔の部分がポッキリと折れてかろうじて落ちてはいなかったが時間の問題だった。海と住宅街の狭間、広い歩道の端っこで急遽対策会議本部が立ち上げられた。
紫野がその場にしゃがみ込むと、コード編みのサンダルが白い砂を踏むサリサリという音がした。
「なるほど。塔の中に使ってるラップの芯は折れなかったんだな。でもここから上がトイレットペーパーの芯だから、落ちた衝撃でつなぎ目が折れたんだ。塔の根元も危ういな。杏理、接着剤持ってる?」
「あるけど…」
杏理がショルダーバッグからペンケースを取り出し、チューブ型の接着剤を見せた。
「かして。ありがと。きみ、時間は大丈夫?いまここで俺と一緒に直そう」
紫野はジーンズのポケットの財布から不要な紙製のポイントカードやレシート用紙を引き抜き、折り目をつけて割き、少年と一緒に5分とたたないうちにその折れて傾いた塔を元通りに修復した。
「これで折れた部分もあまり目立たないかな。接着面が完全に乾くまでは、平らなところに置いてね」
少年は2人にたどたどしくありがとう、と言った。
「これ、よかったらあげようか」
杏理が接着剤を差し出したが、少年は頑なに受け取らなかった。確かに見ず知らずの人からなにかもらうと家に戻ってから色々と面倒かもしれないと思い、紫野が接着剤を指差して言った。
「じゃあさ、覚えててよ。この動物マークがついた接着剤な。すごくいいから。なんでキリンのマークかっていうと、折れたキリンの首もくっつくくらい強力って意味なんだから」
「それはない。子供に嘘を教えるな、しの」
「本当にくっつくかもしれないだろ。ちなみに、生き返るかどうかはまた別の話」
「知らんってそんなの…」
少年は彼らの掛け合いを聞いて、はにかみながら笑った。よく陽に焼けた顔だった。2人はもうそんな笑いかたは忘れてしまった。 おばあちゃんの家で作った自由工作をこれから家に持って帰る途中だったのだと少年が言い、2人と手を振って別れた。
あと20分ほど歩くと最寄りの駅に着くのだが、紫野がまだ時間あるかなと杏理に言った。
「ふつか酔いがぶり返したっぽいから、電車乗る前に堤防で休憩したい」
「じゃあ松林のあたりに向かってろ。自販機で飲み物買ってくるから」
「ありがと。俺はアイスコーヒがいいな。ムトーで」
杏理はさっき通り過ぎた交差点に向かって歩き出した。日没まであとどのくらいだろうかと、ふと腕時計を見た。
「あ」
よそ見してボタンを押したので、ムトーではなく隣のカトーを購入してしまった。
ま、いいか、と杏理は思った。コーヒーの甘みはこの潮風に中和されるだろうし、しのはたぶん気づかないまま飲み干すに決まっている。
第6話 かたむいて水平線 pm4:00




