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群青新世界  作者: 村井由弥
それぞれの序章
3/4

第3話 すくえ!二代目マーガレット

 クロはいつものように2匹の仲間と青く(よど)んだ水の中を泳いでいた。天敵もいなくて気まぐれに食料が降ってくるこの世界はまずまずの住み心地だ。

 しかし突然、グラグラとあたりが揺れだし命の危険を感じ取ったクロは必死に水の流れに逆らって泳いだ。(かたわ)らを仲間の1匹がすり抜けていった。同時に悲痛そうな音が水面で響いた。

 あちこちにぶつかりながらクロは最終的に元の薄暗い(つぼ)の中に戻された。クリアになった薬臭い水中世界では自分の他にもう1匹いた。クロは仲間がいないことに気づいたが、壺の中を周回するうちにそのことはすっかり頭から消えていた。


「それがマーガレットの最後だったよ、リヒト」

 水池李仁(みずちりひと)は携帯電話を黒のショルダーバッグにしまい、「へぇ」とだけ答えた。

「新しい小説かアニメの冒頭か」

「違う」

「違うの?」

「目を覚ましたマーガレットは見知らぬ世界にいた、とは続かない」

「へぇ。続かないんだ」

「真面目に聞いてた?」

「長すぎて俺には意味わからなかった。ごめん」


 もう一度説明を試みる稲森平良(いなもりたいら)の声に重なるように聞き慣れた車内アナウンスが次の停車駅を告げる。あと3駅で目的の駅に着く。小さく息を吐いた李仁は漆黒の極細フレームの眼鏡を触って言った。


「要するに……平良の母親が、飼っていた金魚の水換えの最中にうっかり1匹を自宅前の側溝に流してしまったと」

「その通り」

「それを隠蔽(いんぺい)するために、わざわざ市駅まで行って弓爾(ゆみじ)神社の夏祭りに出かけて似た金魚をすくってくるよう頼まれたと」

「天才。っていうかリヒトのメガネ、外で初めて見た。賢そうにしか見えないな」

「だまれ。正直に弟と妹に話せばいいだろうが」

 稲森平良は少しうなって腕組みをした。

「でもなぁ。マーガレットは弟が初めてすくった金魚なんだよ。もうすぐ2歳だった」

 李仁はすでに享年で数えられている金魚に同情した。


「側溝の(ふた)は開けられなかったのか」

「しっかりはまってるし、重すぎて無理。溝の底で一瞬だけ母さんと目が合ったらしい」

 当時の状況を想像するとほの暗い気持ちになるため李仁は質問を変えた。

「それで。出目金のクロと、赤の和銀のマーガレット。あとは?」

「ランチュウのランチャン。ほら、ちょっと高級で格好がプクッとしてるやつ」


 マーガレット嬢だけ世界観が違うと李仁が指摘すると、名付けの由来は妹たちが観ているアニメの主人公またはペットの名前だという。ちなみに性別は不明。

「子供って釣った獲物にエサをやらないからな。結局は親か、俺も手伝って世話するのが毎年のことなんだよ」

 長男だからと身内から頼られがちな人間特有の諦め気味の口調で言った。事情を知る父親も、子供たちが水槽がわりの特大梅干し壺を覗かないように協力はしている。

「その言い回しはなにか違うと思うけど。平良、兄としては偉いよ」


 終着駅のひたあい市駅に着き、2人は電車を降りて宵祭り会場である弓爾神社へ向かう。帰りの電車は1時間に1本しかないハードなスケジュールである。

 李仁は平良を見捨て、このまま折り返しの電車に乗って帰りたい気持ちもゼロではない。しかしつき合うと決めたなら、夜の8時台なら電車は2本あるのでそれに乗るために最善を尽くすことにした。


 いざ金魚すくいの露店前に立つと、群がる子供達と背後でヨーヨーや光るおもちゃを手に我が子を見守る父母たちの中に入っていくのは勇気がいる。同校の生徒に会う確率は低そうだが油断はできない。

 小学生の妹と弟がいる平良はまだ言い訳が立つからいい。それにしてもこの直青(ひたあお)高校2年生の同級生はなんと自然に彼らの輪に入っていくのかと、とりの唐揚げカップXLサイズを食べながら李仁は平良の約2メートル後ろに立ってひそかに感心していた。


 地元の有志による和太鼓の演奏が始まる旨を伝えるアナウンスが聞こえ、祭り客がそちらへと移動しはじめる。

 ポイを片手に水魚と格闘している平良の後方で、李仁は腕時計を見て電車の時刻に間に合うか計算していた。あと10分で神社を出て早歩きで市駅に向かえば帰りの普通電車に乗ることができる。万が一、平良の漁獲量がゼロでも数匹は譲ってもらえるはずだ。


「よし釣れた、見ろよ李仁」

 唐揚げを食べ終えた李仁が平良の手の容器をのぞくと、赤白和銀、赤の和銀、黒の出目金など計6匹がみちみちと泳いでいる。

「6匹いる」

 平良のテクニックに驚いた李仁は見たままの事実しか言えなかった。

「これとこれとこれ、2代目候補にいいかなって」

「それはわかるが多すぎだ。影武者がそんなに要るか」

 平良は思わず笑った。スマートな都会からこの地に引っ越してきた友人は意外と慎み深いところがある。

 もう店じまいも近いので金魚すくいの店主は6匹とも持って帰らせてくれた。念のため2袋に分けて入れてもらい、袋がはち切れる手前まで自分たちで水を入れて足早に神社を出た。


 乗客が比較的少ない先頭車両に乗り、2人は扉側に立って金魚の袋を扉と身体の間に隠した。ややレトロな塗装の電車は市街を抜け、住宅地を通り田畑を進むにつれて灯りが減ってゆく。海が近づくとホテルの看板や工業地帯の赤や緑のランプが夜空を照らし、弓のように細い月に煙を吐き出している。


 ゆるい斜面を走り黒暗(こくあん)のトンネルを抜けてしばらくすると、車窓の向こうにゆっくり点滅する小さな光が見える。(みさき)の灯台だ。

 揺れる扉にもたれて平良が言った。

「李仁。5匹の金魚は知り合いにもらった、とでも言えばいいよな」

「まぁいいんじゃないか」

「そうだ、お前にもらったって言っとくよ。メイたち喜ぶから」

「いいって。べつに」


 平良の弟の陽平は、たまに李仁が稲森家に遊びに行くと一緒にゲームをしようと誘う。小学校高学年の妹の芽衣子(めいこ)とはあまり顔を合わせないが、稲森家の庭でバトミントンをするときは李仁ともダブルスを組んでくれる。平良・陽平ペアと試合してラリーで得点した時はハイタッチだってする仲だ。おそらく嫌われてはいない。

 その2人から、自分が露店で金魚すくいをしていると想像されるのは勘弁してほしいと思った李仁はある提案をした。


「じゃあ、俺の兄貴が獲ったことにしといて」

杏理(あんり)くん?オッケー」


 翌朝クロ、ランチャン、マーガレットに家族が増えたと知った平良のきょうだいは大喜びし、まだ会ったことはないリヒトくんのお兄ちゃんにお礼言っといて、と平良に告げた。

 真実を知る数少ない者たちは初代マーガレットをひそやかに(しの)んだ。



 第3話 すくえ!ニ代目マーガレット 終わり

 次話に続く


2025.4.25(改)。読んで頂きありがとうございます。

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