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群青新世界  作者: 村井由弥
それぞれの序章
2/4

第2話 鬼灯とブルーハワイ 

 高校3年生の玄川彩羽(くろかわあやは)は朱色の鳥居をくぐり、弓爾(ゆみじ)神社の境内へ入った。太陽が地上で粘っているせいで提灯(ちょうちん)のあかりはまだ夕闇に馴染めないでいる。

 弓爾神社は街なかにある神社だが四方を樹木に囲まれていて敷地内はわりあいと広い。白い砂利が敷き詰められた境内では、月に一度手づくり市などの催しも行われている。


 彩羽は宵祭りの露店一軒一軒を見て足早に歩いた。双子の妹の実咲が彼氏と来ているかもしれないので、なるべく会わないように済ませたいのだ。

 (やしろ)の近くに供花を売っているいくつかの露店がありシキミや鬼灯(ほおずき)、そのほかにも夏の生花がポリバケツに突っ込まれていた。彩羽は視線を横に据すえながらゆっくり通りすぎたが、いくら目を凝らしても値札が見当たらない。

 そのとき彼女の後ろにいた夫婦のような2人連れの男女が店主に話しかけた。彼らはいくつか会話を交わし、その場を離れていった。彩羽は店先に立ち、自分の父親よりもひと回り年上くらいの店主にすみません、と声をかける。


「鬼灯ください。……ひとつ」


 店主は彩羽を見て1本の枝をポリバケツから選り抜いた。その全長は成人男性の肩から手首ほど長く、たくさん成った実は彩羽のこぶしくらい大きく、張りとツヤがある。先端の実はまだ青くてこれから色づいていくようだった。

 よく日に焼けた店主は彩羽と最低限の言葉を交わしただけだったが、それは年若い客に鬱陶しがられないちょうどいい会話が思いつかないだけだった。彩羽が珍しそうに見ていた蓮の実のついた茎を、店主はおまけとして一緒に包み手渡した。


 それから1時間ほど経った頃、夜空に提灯がくっきりと浮かぶ境内を水池杏理(みずちあんり)は大学の友人と散策していた。

「アンリ。あれ、なんだっけ名前……」

「指をさすな。ホオズキのことか」

「そうそれ。確か、中に玉みたいなの入ってるよな。課題に使えるかも。1本買って」

「なんで。しのの金は?」

「さっき食べ物でサツは使い切った。俺はあと小銭しかない」

「ウソだろ」

「ホントです」


 バイト終わりの紫野翼(しのたすく)を祭りに誘ったのは自分なので、杏理はしぶしぶ財布を取り出す。翼は杏理に礼を言い、食べたものを指折り数えた。焼きそば、フランクフルト、イカ焼き、唐揚げ、ハリポテ(ハリケーン状のポテトらしい)、そして焼きそば2周目。

 杏理も買った焼きそばは豚肉が多くキャベツはプラ容器の角にクシャリと追いやられ、かわりに紅しょうがが幅をきかせていた。

 焼きそばは水池家でも定番メニューである。しかし母親によるオリジナルブレンドのソースで若干うす味、さらに趣向を変えて4回に1回は塩焼きそばだったりする。それはそれで美味いがたまにはこういったソースの(かたまり)を腹に入れたくなる日もある。


 杏理は翼が肩に乗せている新聞紙の包みを横目で見た。

「しのお前、今度は枯らさないようにしろよ」

「わかってるよ、次はベランダに置かない。この小さい方、アンリ要る?」

「べつにいらない」

 店主は小ぶりの鬼灯の枝をおまけにくれたのだった。

「どこかに飾れば。お前の部屋殺風景だから」

「モノを増やしたくないだけだ」

「じゃあ誰かにあげろよ。……待って、いま何時?」

 杏理が腕時計を見て答える。

「じゃあ露店が閉まる前にかき氷でも買おうかな」

「まだ食べるのか」

「かき氷は飲み物だろ。どっちかというと」


 イチゴ、アセロラ、レモン、ブルーハワイ、パイナップル、抹茶、メロン、白みつ、マンゴー、ピーチ、加えて練乳はセルフでかけ放題。

 翼が締めくくりに選んだかき氷屋の色とりどりのシロップが並ぶ様は一見の価値があった。子供の頃は親に白みつしか買ってもらえなかった彼はブルーハワイを選んだ。

 境内に設置された休憩所の少しガタつくベンチに座り、かき氷を食べる翼の隣で杏理は携帯電話で鬼灯について検索をしていた。


 軽く流し見たところ、死者の魂を導く、魔除け云々などのイメージに関する記事があり、ついでに花言葉にも目を通しておく。美容室を営む両親に、翼から押し付けられたミニ鬼灯を渡そうと思ったが、もしも不吉な印象の花言葉がついているなら店頭に飾るのは控えるべきかもしれない。


『自然美』、『心の平安』、

 見かけの割に皮と種しかないことから、『誤魔化ごまかし』。

「または『誘惑』、か」


「なに?アンリの知り合いでもいたか」

 隣でなにかをつぶやいた杏理に、翼が聞き返す。

「いいや」

 杏理は数時間前に会った女子生徒の後ろ姿が頭に浮かび、もう彼女は会場にはいないだろうと思った。

 そのとき唐突に目の前に白い皿が差し出された。翼が目をつむり指で後頭部を押さえている。

「アンリ、やる。……頭が痛い」

「いや、いらない。食べるのいったん休憩すれば」

「でもなかなかキツイ。()みる」

「俺が買った水、もうぬるいよ。飲むか」

 翼はなるべく頭の位置を動かさないよう、杏理のペットボトルのミネラルウォーターを何口か飲んだ。「ありがと」


 ナントカ湖のような青く澄んだ水が皿の底にたまっていた。冷たいカケラは杏理の舌で溶けて、なつかしいブルーハワイの味がした。仮設テントの紅白の垂れ幕とハロゲンランプが(まぶ)しすぎる気がした。

 地元の有志による和太鼓の演奏が始まり、祭り客が増えはじめると杏理は少し息が詰まってきた。低い地響きのような音が肌に伝わる。

 コードで編まれたサンダルにダークインディゴの履はき慣れたジーンズ、スミ黒のTシャツを着た翼の姿は地に足が着いているような安定感があった。舌は青い上に財布のなかは(から)に等しい男だが。


 その無一文の連れが何かを思い出して口を開いた。

「そういえば、さっきアンリの弟いたな。たぶん。金魚すくいしてた」

「へぇ。……別人だと思うけど。高2男子が金魚をすくうか?」


 紫野翼の見間違いではなく、本当に弟の水池李仁(みずちりひと)は金魚すくいの場にいた。目的はもちろん金魚をすくうためである。



 第2話 鬼灯とブルーハワイ 終わり

 次話へ続く


2026.4.25(改)。読んで頂きありがとうございます。

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