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群青新世界  作者: 村井由弥
それぞれの序章
4/4

第4話 春の月夜とノートブック

 3月、春分の頃の朝はまだ肌寒い。彩羽(あやは)の妹の実咲(みさき)が家を出る日、両親を含めた家族4人は何度も荷物確認をしたりと早朝からせわしなかった。車に乗りこみ父親がいざ出発と車のエンジンをかけると、母親が居間の食卓に用意していた軽食を忘れたと言って家に取りに戻った。


 地元では有名な白玉川(しらたまがわ)の桜並木はぽつぽつうすピンク色に染まりはじめている。15分ほど国道を走り高速道路の料金所を通ると、窓からは高い(へい)とはびこるツタ、あとはマンションやビルの上階しか見えなくなった。

 連日の準備の疲れからか、片道2時間弱の移動中実咲と母親はずっと眠っていた。彩羽は運転している父にFMラジオをかけてもらった。あいにく好きなミュージシャンの曲は流れなかったが、男性パーソナリティの低い声は早起きした身体に心地よかった。

 

 今春から短期大学に通う実咲の下宿先は、白い3階建ての小綺麗なアパートで角部屋だった。家族で掃除や家具の配置替えをしてどうにか今日から住める状態までこぎつけた。母だけその夜は部屋に一泊し、各種手続きを済ませて翌日電車で帰ることになっていた。


 彩羽は父親と高速のサービスエリアで夕食を済ませ、翌朝の朝食用のパンや果物を買って帰路についた。彩羽はドーナツが好きで、実咲はバゲットでつくった切り株みたいなフレンチトーストが好きだった。


 家に帰っても18年間一緒に住んでいた双子の妹が家からいなくなるという実感はまだ()かなかった。彩羽は自室に向かうとドアに何か見覚えのあるものが()かっていた。それは実咲のコットン製の肩掛けカバンで、彩羽が以前に貸した定規や、未使用のままのスケッチブック、何冊かのノートが入っていた。ベッドに座りそのうち1冊を取り出して表紙を見た。


『アヤミサノート、No.16』

 それは2人の交換日記で16冊目のノートだった。

「ミサが持っていたんだ」

 つぶやいた彩羽はページをめくった。


 幼稚園でお手紙を書くことが流行りその延長で2人で交換日記をはじめた。最初は女児むけの動物キャラクターのピンク色やうす紫色のノートにとりあえず知っている言葉を書きこんだ。映画の半券や家族で行ったテーマパークのチケットなども貼ってノートがぱんぱんに(ふく)らむのが楽しかった。

 

 小学校5年生で実咲に初めて好きな人ができて、ノートもその話題がページを占めるようになった。実咲はその男子とクラスの席替えで隣になったことや、体育で走ってるのがカッコ良かった、消しゴムを拾ってもらった、などささいな出来事も書いて報告し、彩羽もまるで自分にも好きな人ができたような気がして、顔がほころんだりドキドキしたり、そうと思えば隠れたくなったりといった初恋の感覚を追体験していた。

 彩羽も気になる子はいたが、実咲ほどの熱量は宿っていない気がして自分のはまた異なる感情なのかもしれないと思ったりした。


 2人の携帯電話は部活や必要な連絡事のみに使っていて普段は居間にあったので、各自の勉強デスクの(かぎ)つきの引き出しに仕舞ってあるノートだけが自由に胸の内をさらせる場所だった。

 

 残念ながらどのクラスにも冷やかし好きの男子生徒がひとりいて、誰は誰が好き、誰と誰は両思いなどと真偽もわからないウワサを言いふらすので、実咲も彩羽も想いの相手に気持ちを伝えることはしなかった。その冷やかし男子たち数人は当然というか、ほとんどの女子から(あるいは男子からも)()けられていた。中学に上がってからは少し落ち着いたという話を人づてに耳にした。

 

 交換日記のやりとりは彼女たちが成長するにつれて毎日から週2回、週1回、そして月1回、と頻度(ひんど)が減っていった。いま手にしている16冊目は余っていた黄色の表紙の大学ノートで限りなく平らで薄っぺらい。

 中学生になって一緒だった部屋が別々になり、実咲に彼氏ができた時期かその前後に交換は途絶えていた。いつからやめてしまったのか、どちらがノートを持っているかもわからなかった。


 16冊目のノートで、実咲は学校の話とページが残り少ないけれど次はどうするかと尋ねていた。そこから先は白紙だった。彩羽はかすんだ記憶にピントを合わせるようにさらに前のページをめくる。


 実咲は学校での出来事や好きな人のことを書いていて、彩羽はそれに返事をする形で淡白な文面と、『わかった』や『ありがとう』などのハンコもよく使っていた。書くことがない日は読んだ本の内容や絵を描いている日もあった。


 高校では実咲は友人たちと国内の俳優やスポーツ選手、恋愛の話題で盛り上がっていた。彩羽はどちらかというと洋楽や映画が好きで美術部に入っていたからか、テニス部の実咲とはあまり友人層が重ならなかった。


 実咲たちのグループの横を通りがかると、実咲の友人のひとりから「玄川(くろかわ)さん、こんなにやかましい実咲と双子で大変だね」などと笑いながら声かけをされることもあった。彩羽はその度に「うん」とうなずき、ホント困ると言いうようにゆったりした笑みで返した。

 家庭内では実咲と同じテンポで会話もできるし(するど)い突っ込みもするが、学校ではなるべく封印していた。ただでさえ他生徒から目を向けられがちな姉妹なので、目立たず浮かず無害性を保つ必要があると思っていた。

 それがやがて身体に定着していったのか、彩羽はいつの間にか家でも外でも思っていることを実咲に伝える努力をしなくなった。


 彩羽は4年制の美術系大学に合格した。それは色々な向き合うべき事柄をいったん保留にして、あるいは切り捨てて受験に全て注ぎ込んだ結果得たものだった。

 

 もう少し、月日がゆっくりゆっくり進んでいたらよかったのにと思う。彼氏ができて実咲がまとう空気が変わっていくのがさみしかった。もっとよく動くきらきらした瞳をしていたのに。好きなものや話したいことが少しずつズレていってしまうのは止めようがなかった。

 

『アヤがやめたかったらやめていいよ、どうする??私はノート続けてもOK。なんならおばあちゃんになるまででも』実咲


 彩羽はデスクに向かい、数行あけて何年越しかのノートにペンを走らせた。もう夜遅いからお風呂に入るよう父親にドアをノックされるまで書いた。ひとしきり書いて、読み返さずにデスク横の鍵のついた引き出しに仕舞い、また鍵をかけた。

 

 お風呂あがりに居間に置いてある携帯電話でメッセージを打った。

「ミサ、5月の連休には泊まりに行くから。よろしく」

 彩羽は一呼吸おいて考えてからビックリマークをつけ足す。すぐに返事がきた。

「OK。待ってる!!」




 第4話 春の月夜とノートブック 終わり

 読んで頂きましてありがとうございます。次話から第1章が始まります。

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