290話 竜咆拳
時は少し遡り、ムンテルダルクを地響きが襲った直後。
スゴーヴィジョンで映し出されていた舞台上の映像がすべて消失する。
『——————観客、選手のみなさまにお知らせいたします。只今、状況を確認していますので、焦らずこの場での待機をお願いいたします』
一本のアナウンスが剣王堂内へと入る。
会場内はまだそこまでパニックには陥ってはいないものの、動揺のざわめきが生じている。
しかし、このまま国王に何の動きも見られなければ、国民たちの動揺は恐怖へと変わっていく。
「おかしい・・・・・」
ユーラシアは即座に何が起きたのかを把握し、その違和感に気がつく。
「気配を全く感じられなくなった——————」
今のユーラシアならば、魔力、神の力の両方の気配を感じ取ることが可能であり、五感のすべてが規格外の次元に達している。そんなユーラシアですら、突如現れた膨大な二つの気配を容易く見失ってしまった。
それだけではない。勇者、そしてガンデルとその他複数の気配もともに消失したのだ。
考えられるのは結界による妨害だが、ユーラシアを欺くほどの結界を生み出せる存在は、エクソシストや勇者、シエルくらいなもの。
いや、もう一人いた。
「邪神が何かしたみたいだ」
「さっきの気配って、まさか——————」
「予想はしてたけどな、勇者一人じゃやばいかもしれねえ」
ユーラシアは勇者の力を疑っているわけではない。しかし、先ほど感じたとある二つの気配——————それは、かつて魔界でともに過ごしたドラルドとユーリ=トロプタの気配。彼らの気配は、地上に降り立ったほんの一瞬感じたのみだが、間違いなく一人ずつが十大魔神となったオーレルをも凌ぐほどの大きさだった。
以前勇者がオーレルに手も足も出なかった事実を知っているからこそ、例え何か策を弄していたとしても不安が拭いきれない。
剣王堂にいるほとんどの者がその気配に気がついていない様子だが、剣聖と、意外にもトルネオンまでもが顔を青ざめさせている。
ユーラシアとシエルは多少の視線を集めることとなるが、観客席から舞台上へと飛び降りる。
「一体何が起きている?」
「心配すんな。ここにいれば一先ず問題ない。今やばいのは勇者の方だ」
「——————おい。まさか邪神とかいう奴の仕業か?」
いくら回復魔法を施されていたとはいえ、魔力をすべて使い果たしてしまったのか、地面にしゃがみ込みながら怪訝な表情を浮かべるトルネオン。
「その手下だ」
そう話すユーラシアの表情を見たトルネオンが何を思ったのか笑みを浮かべる。
「はっ、まさか無敵の竜王にも怖いものがあったなんてな」
「いや、腑に落ちねえんだ。一瞬感じたあの気配が間違いじゃないんなら、オレからすれば脅威じゃない」
「はっ、言うじゃねえか。じゃあ一体何が、お前にそんな怪訝な表情をさせやがる?」
トルネオンの発言を反射的に否定してしまったが、ユーラシアは昨日から理由のない底知れない恐怖を感じている。そしてその元凶がドラルドとトロプタではないことは先ほど判明した。
では一体何がユーラシアに恐怖を抱かせているのか?
目には見えない。何も感じないただ理由なく燻る無の恐怖が、ユーラシアの不安感を更に煽る。
「とにかく、シェティーネとレインはここに残ってみんなを守ってくれ」
「分かったわ」
「了解した」
「シエルはオレと一緒に来てくれ」
「オッケーよ」
ユーラシアは煽るような笑みを浮かべるトルネオンを一瞥した後、シエルとともに急ぎ気配の消失下へと向かう。
そこには、漆黒のドーム状の巨大な結界が展開されていた。
表面にはいくつもの渦が生じており、中の様子が全くもって分からない。
魔力や神の力の気配すら毛ほども感じることができず、視覚・聴覚情報も意味を成さない。
おまけに、魔力と神の力を阻害するユーラシアの力にすら何一つとして反応を示さないことから、邪神が新たに創造した未知の力によるものだと推察。
「離れてろ」
しかし諦めるわけにもいかず、ユーラシアはシエルに距離を置かせると拳を握り込む。次第に拳は赤く染まり、拳は竜の姿へ。
「これじゃダメだな」
ユーラシアは更にもう一方の拳も握り込むと紅色の魔力を纏わせ、拳のみを竜の姿へと変化させていく。
これからユーラシアが放とうとしている技は、『竜拳』改め『竜咆拳』。
ただ紅き魔力を竜の拳のように見立てて放つ『竜拳』すら、魔大陸ディアステッロの全土の地形を変化させてしまう威力を秘めていた。つまり、拳が実体を持つ本物の竜の拳に変えただけでなく、両拳で放つ威力など、北側領土全てが吹き飛んでしまっても不思議ではない。
しかし、それはユーラシア自身も分かっているため、極限までに拡散する魔力を収束させていく。
しかし直後、『竜咆拳』が放たれることはなく、目の前の結界が消失した。
ユーラシアは勇者の姿を捉えるなり、無事な姿に一先ず胸を撫で下ろす。
ユーラシアとシエルは勇者の前へと立ち、目の前のドラルドとトロプタへと視線を向ける。
「後は任せろ」
「頼んだよ」
ユーラシアは解放させた魔力を落ち着かせることなく、ゆっくりとドラルドたちの下へ歩みを進めながら言い放つ。
「二人とも久しぶりだな。元気そうで何よりだ」




