289話 勇者の実力
間一髪で勇者は自身とガンデル含めた周囲数百名に結界を施す。その結界は、一定範囲に展開されるモノではなく、個々人を包み込む類いのモノ。例え自身を中心とした一定範囲の結界を展開させたとて破られてしまうと判断した勇者は、個々を強固に保護する結界を即座に複数発動させたのだ。そのため、建物は衝撃に耐えられず床を数段突き抜ける。
砂煙で視界はかなり悪いく、そこら中に瓦礫が散らばり足場も悪い。幸い、崩落に巻き込まれた者たちは皆が勇者の結界に守られ無傷。
次の瞬間、強風により周囲の瓦礫がすべて吹き飛ばされ、視界が一気に開ける。
勇者は視界で捉えた二人の存在に一切驚くことなく、覚悟を決めていたような真剣な表情となる。先ほどは急なことで焦る気持ちが生じてしまったが、こうなることは予め想定していた。
「——————お久しぶりですね、勇者」
自身の倍以上ある巨体から生える10本の腕。おまけに鋼のように分厚く隆起した巨大な筋肉を持つその存在は、二足歩行をとっており、人間のような表情に言葉を発しているが、とても人間とは思えない姿。
「こうして会うのは、人魔戦争以来だね」
「俺のことも忘れないでくれよ」
「君と会うのは六年ぶりくらいかな?」
勇者はマルティプルマジックアカデミーの魔導祭の日に初めてユーリ・ポールメールを見た時から気がついていたのだ。彼がかつて魔王配下の十大魔人と呼ばれた醜穢のトロプタであることを。
「バレちゃってたのか」
「真実の魔眼を持つ僕たちの眼は誤魔化せないさ」
トロプタの擬人化もまた、魔法の効果であったため、真実の魔眼によりトロプタが発動している魔法の情報を読み解いたということ。
「確かに貴方が持つ魔眼の力は素晴らしい。ですが、今の私たちの力の前では無力に等しい。今の私たちは、貴方に目の前の出来事を理解させる隙すら与えず倒すことができます」
勇者は、ドラルドの発言に言い返すでもなく無言で鋭い視線を向ける。
勇者自身も理解しているのだ。今目の前にいるドラルドとトロプタの各々が、あの圧倒的強さを誇っていたオーレル以上の化け物と化していることを。
しかし緊張はあれど、焦りは一切ない。
普段ならば気にも留めないほどの一瞬の静寂が、この場にいる者全てに違和感を与える。
それは明らかに空気が変わったため。
ガンデルたちは突如現れた圧倒的な恐怖の前に足がすくみ、まともに立てない様子。
勇者は三人へ施す結界へと更なる魔力を注ぎ、強度を上げる。
魔力量において、勇者はこの世に存在する人間の中ではユーラシアの次に多い存在だが、今のドラルドとトロプタはそれすらも凌ぐ。そんな状況での更なる魔力消費など、側から見れば自殺行為の何ものでもない。
しかし焦りの影すら見えず、ゆっくりと聖剣を構えるその様は、むしろ余裕すら感じられる。
「それじゃあ、行こうか」
トロプタの一言が合図となり、気配すら感じる暇もなく地上から空中へと舞い上がる巨大な黒きトルネードが形成される。
規模は王城全てを一瞬にして呑み込み、粉々にするほどであり、ドラルドとトロプタが邪神から授かった結界内すべてが範囲内となる。それは同時に、更なる威力を秘めていることと同義。しかも結界内の直径は一キロメートルほどであり、王城だけでなく、範囲内すべてが一瞬にして更地と化してしまった。
ガンデル、ジルマ、ロシルアの三名は、勇者により宙に浮いたまま勇者の背後へと回される。その他の者たちは、荒れ狂う環境の中、ただ勇者から施された結界を纏った状態で取り残されてしまった。
その絶望的な光景と己の無力さに苦悶の表情を浮かべるガンデル。ジルマとロシルアも同様に絶望の表情を浮かべている。
しかし勇者は落ち着いた様子で優しく三人の脳内へと語りかける。
『大丈夫。僕たちが誰一人として殺させないから』
勇者は次にドラルドとトロプタへと標的を切り替え、思念を送る。
『確かにすごい一撃だね。何も対策せずに受けていたらどうしようもなかった。それどころか、君たちが登場した時点で、僕たちの敗北は決まったも同然だったよ』
『貴方のその口ぶりは、あたかもこの状況を予想していたかのようなモノですが、気のせいですか?』
『いいや、その通りさ。その証拠に——————』
次の瞬間、満遍なく周囲を支配していたトルネードが、みるみるうちに聖剣へと吸い上げられていく。
視界が開け、勇者の姿を捉えたドラルドとトロプタは、更に信じられない光景を目撃する。
それはまさに、ガンデルの表情が物語っていた。
「一体どういう・・・・・皆本当に無事なのか?」
「問題ないよ。この程度は僕たちの想定内さ。それを超えてこない限り、負けはないよ」
ガンデルたちは知る由もないが、以前オーレル一人に手も足も出なかった人物とは思えないほど、頼もしい勇者の姿がそこにはあった。
「どうなってる・・・・・? まずい、これじゃ本当に神に見捨てられることになる」
これっぽっちも意味を成さない己の力に、トロプタは焦りを覚え始める。
「焦りは禁物ですよ。例え誰であっても、この結界内からは出られません。ならば、勇者の手の届かない範囲まで技を広げてあげればいいだけのことです」
「それは無理じゃないか? 俺の力は結界に阻まれてあれ以上の規模にはできなかったからね」
「確かに、邪神様から頂いたこの結界は、外界との完全なる断絶により、内側からの物理的なエネルギーは、私たちの力も阻害されてしまうようです。ですが、私の生羅は精神干渉。結界の阻害を受けることなく行使できそうです」
そうしてドラルドはムンテルダルク全域へと生羅を発動する。
かつて神の使徒としてムンテルダルクへとやってきた際、王族貴族連中含めた国中の人間へと「真黒」を発動させておいたのだ。故に、今は触れることなく生羅を発動させ、国中の生命を思うがままに操ることができる。このような出鱈目な範囲での従操術が可能となったのも、邪神から膨大なる力を授かったからに他ならない。
しかし、不思議なことにこの場にいる人間は愚か、生羅が発動した気配すら感じられない。
「なぜです? どうして発動しないのですか⁉︎」
「二度も同じこと言わせんなよな。あんたたちの、ていうか、十大魔神全員の力に対抗する魔法陣を予め国中に張り巡らせておいたんだよ。それと、私ら自身と聖剣にもね」
それは、ゲニウスの魔法陣を構築している時のこと。
ガンデルの話から、理由は謎だがムンテルダルクに蔓延する異常なほど濃い邪神の力は、十大魔神の仕業であることが確定した。そして、勇者一行がムンテルダルクへと赴いた今、再び反応を見せることも予想がついていた。故に、人魔戦争の時に経験した十大魔人全員の力の記憶を下に、そこからの進化を仮定して、勇者が持つ魔力、神の力、エクソシストの力の全てを結集させ、対抗する魔法陣を作り上げたのだ。それは十大魔神の力の無効化であり、ムンテルダルクに存在する国民全てに施される結界術である。つまり、ガンデル、ジルマ、ロシルアの他、この場にいる者たちに施されている結界は、予め勇者により準備されていたモノ。
そして——————
パリンッ
「そんな、あり得ません‼︎」
「流石に笑えないな、この状況は——————」
邪神自らが創造した結界が、今まさに目の前で粉々に砕け散る。
それと同時に、勇者が結界を破壊するタイミングを外で待っていたユーラシアが姿を見せる。
「後は任せろ」
「頼んだよ」
勇者はユーラシアとシエルの合流により聖剣を鞘へと納め、戦線を離脱。
ドラルドとトロプタは、オーレル以上の——————今の二人ならばバーベルドやエメラルすらも超えられるかもしれないほどの可能性を秘めているというのに、目の前に佇む存在からは、恐怖しか感じられない。
絶対に勝てないと思い込まされるほどの圧倒的な実力差。拳一つすら交えなくとも、抑える気のない押し潰されそうな魔力のエネルギーが細胞一つ一つを震え上がらせる。
しかし、それでも全力ではないのだと思わせられる余裕。もしも竜王が地上で本気の魔力を解放すれば、勇者の結界で保護されているムンテルダルクの人々は、形すら保っていられないだろう。
「二人とも久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
ユーラシアは真剣な表情で、これから殺す相手へとたむけの言葉をおくるのだった。




