288話 最後のチャンス
魔界から地上へと逃避したはずのドラルドとトロプタであったが、気がつくと周囲は白い景色が再び漆黒に染められていた。
「一体どうなっているのですか⁉︎」
「——————クソッ、これじゃあん時とおんなじだ」
トロプタは床に拳を打ちつけ、大切な仲間に守られるだけで、守ることなど到底できなかった自分の愚かさに吐き気を覚える。
こんな気持ちは、人間のフリをしてゴッドスレイヤーをしていた時、親友でもあったフェンメルを失った時以来の感情。
今いる場所がどこかも把握できないまま、己の中に蠢く悔しさに思考が支配されている。
しかし突如響いた声により、嘘のように冷静さを取り戻した。
「災難だったな」
ここは神の膝元。邪神の在らせられる場所である。
ドラルドとトロプタは、片膝を床へと、頭を下げた姿勢へと整え、神へと敬意の意思を提示する。
「一つ真実を聞かせよう。エメラルを唆したのは——————俺だ」
ドラルドとトロプタは目線を頭上へと向けたい気持ちをグッと堪え、唇を噛み締める。
「理由は語るまでもない」
「・・・・・もちろんです。全ては己の弱さが招いたこと。邪神様を落胆させてしまった罪を死で制裁できるのならば、逆らう通りなどございません」
「ふむ。俺は制裁などどうでもいい。ただ単純に、エメラルの糧にした方がよほど役に立つと思っただけにすぎない。だが、お前たちは運とは言え生き延びて見せた。よって最後のチャンスを与えよう」
「チャンス、ですか?」
「下した命を全うできるだけの力を与えよう」
その命とは勇者と勇者の力の影響を受けた者たちの抹殺。邪神が支配する世界に支配できないモノなど必要はない。それを邪魔しようとする冒険者なども抹殺の対象内であり、北側領土全体のゲニウスが完了し、竜王の息子も取り戻せない今では、邪神にとって北側領土は何の価値もないモノ。故に、北側領土に存在する全ての命が抹殺対象。
「「ありがたき幸せ」」
ドラルドとトロプタが同時に言葉を述べた直後、全身の細胞が寒気を帯びるような、それでいて、胸の中央から全身に巡る血管を通して徐々にほんのりとした温かさが広がっていくような感覚を感じる。
「竜王の因子を除く全ての能力を飛躍的に向上させた。今ではオーレルを大きく凌ぐ存在へと至ったわけだ」
こうもあっさり手駒を別次元の強さへと引き上げられるのなら、邪神はなぜ十大魔神を満足の行くほど強化することはせず、エメラルを仲間にしたり、『ノクステラ』を発動させ、勇者の始末を命じたりしているのか?
それは、邪神の性格から容易に理解することができる。
邪神は、その万能感故に、全てを思い通りにコントロールしようとする。故に思い通りにならないものは容赦なく切り捨てるのだが、例外なのが竜王だ。これまで邪神にとって竜王は唯一思考を歪ませる要因であり、切り捨てることのできないイレギュラー的存在だった。だが、十大魔神の代わりなどいくらでもいる。わざわざ役に立たないゴミに力を与えるくらいならば、使える存在を招き入れればいいと考えていた。だからこそ、ドラルドとトロプタが次もし邪神の命を果たせなければ、その時は邪神の手により葬られることとなる。
「今、勇者はムンテルダルクにいる。もちろん、あいつの始末をお前たちだけに任せる気などないが、殺せるのならば殺せ」
「一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「勇者がいるってことは、ユーラシアくんもいますよね? 当然勇者を殺そうとすれば、黙ってないと思うんですけど」
「ならばこれを与えよう」
ドラルドとトロプタの目の前へと、直径一センチほどの球体が落とされる。それは、外側は透明な見た目となっており、中には水に絵の具を浸したみたく、漆黒色が活発に蠢いている。
「それは、神の力で変容させたいくつもの未知のエネルギーにより構成した特殊な結界だ。竜王や勇者でも簡単には突破できないだろう」
ドラルドは結界の玉へと手を伸ばし、それをギュッと握りしめる。
「必ず、邪神様のご期待に応えて見せます」
そうして二人は更に深く頭を下げる。
「「全ては我らが神のために」」
その言葉を最後に、ドラルドとトロプタは再び天空へと戻される。しかしそこは、まさにブラッドアイス——————それもムンテルダルクの真上であった。
たちまち、ムンテルダルクを轟音が支配するのだった。
そして真の意味で魔界に一人佇む邪神は、いつもの余裕ある表情とは打って変わり、何かを警戒するように眉を顰める。
「太陽の意思を目覚めさせてしまうとはな——————」




