286話 剣聖vsトルネオン(リベンジ)
『始める前に改めて紹介しよう。シェティーネ・アーノルド。レイン・アーノルド。両者はアーノルドの血を引く者であり、初代剣王である剣聖、剣姫のご子息、ご息女である。そして彼らこそが現剣聖の称号を賜る存在』
スコーヴィジョンにより、会場の至る所に映し出されるガンデルの姿。
会場中に響き渡る剣聖という希望の名とともに湧き上がる観客たちの盛大な歓声。
『トルネオン・シュグール。ラムルス・イデイル。トルネオンとは皆ご存知の通り、世界に五人しか存在しないとされるドラゴンスレイヤーの一人。そしてもう一人のラムルスは、若干12歳という今大会最年少の若さにして準決勝まで勝ち抜いてきた実力の持ち主。この中には、納得できぬ者たちもいることだろうが、運も実力の内なのだ。だが、この準決勝は運ではどうすることもできない実力差が存在しているのも確か。さぁ、この両者が一体どのような戦いを見せてくれるのか、とくと魂に焼き付けよ!』
ガンデルの気合いの言葉とともに再度歓声が巻き起こり、戦いの火蓋が落とされる。
「言ってくれるな国王」
トルネオンとて勝ちの目が薄いことぐらい承知の上。しかし、他者に改めて言われるのは気に障る。
「最初から行くぞ、シェティーネ」
「ええ」
レインとシェティーネは、開始早々互いの意識を集中させ、魔力回路結合を行う。そうして眩い白銀の光とともに舞台上に一人の戦士が誕生する。
「チッ、いきなりかよ」
トルネオンは気に食わないと言った様子で舌打ちをする。
「今日は無様な姿を見せるわけにはいかぬからな」
そう言って、剣聖は客席へと視線を向ける。
その先には、試合を眺めるユーラシアとシエルの姿が。ユーラシアにおいてはフード付きのマントを纏っている為に他の人たちには気づかれないが、剣聖となったシェティーネとレインは入場直後に気がついていた。
そしてトルネオンもまた、そのフード姿の人物には当然心当たりがある。
「なるほどな、奴の前で無様な試合はできないってことか。だが、大人しく勝ちを譲ってやるつもりは毛頭ないぜ?」
すると、トルネオンは小声で背後に立つラムルスへと「下がれ」と一言発した後、体中から「ブチブチッ」と言った筋繊維の破裂する嫌な音を鳴らし始める。
「何のマネだ?」
剣聖はトルネオンの行動が理解できずに目を細める。
「テメェを相手にするんだ。これくらいして当然だろ——————クッ」
トルネオンは痛みで顔を歪ませる。
トルネオンが行っていることは、許容量を超えた雷のエネルギーを体内に勢いよく巡らせる行為。
本来魔法の源となる魔力を属性変換させて魔法とする時、その工程で外部へとエネルギーが放出されるように人間の体は構成されているのだが、シェティーネやトルネオンなどの雷使いがよく行なっている手法として、属性変換させた魔力を内部へととどまらせ、基礎的な身体強化魔法を飛躍的にサポートする役割りを担わせることがある。特に雷のエネルギーを内部へと巡らせることにより、スピードは目に見えて向上する。しかし、当然体が耐えられる許容値は決められており、それを超えてしまうと、いかに自身の力と言えども命の危険すら伴うのだ。
それなのに、トルネオンはそんなことお構いなしに狂ったように有り余る魔力を次々と雷へと属性変換させていき、それを無理矢理外部へと放出させないように抑え込みながら内部で爆発的に暴れさせている。これでは魔力回路どころではなく、臓器にすらダメージが及ぶこと間違いなし。
「ガハッ」
案の定トルネオンは大量の吐血をする。
それを見た剣聖の瞳に驚愕の感情が宿る。
「——————どこまでもイカれているな」
「はっ、その余裕の表情、すぐに曇らせることのないようせいぜい足掻くことだな」
直後、トルネオンの全身を包むように薄緑のオーラが発生し、損傷したトルネオンの体を外部内部ともに修復していく。
「今の俺様じゃ、これが精一杯だけど、俺様がいる限りトルネオンは絶対負けない!」
目の前でこのような姿を見せられては、感化されない方がどうかしている。ラムルスは覚悟の決まったキリッとした瞳で剣聖を睨む。
恨みや怒りではない。必ず勝つという威嚇。
「どうする? 確かに俺一人じゃこんなイかれた芸当はできやしない。だからガキを先に片付けるか? いや、お前はそうはしないはずだ。お前は逃げない。だからこそこの勝負が成立するんだ」
すると、トルネオンの内部へと駆け巡っていた雷のエネルギーが一気に外部へと放出され、舞台を起点として戦闘スペースを設けるために展開されたエクソシストの結界の内側へと、網目状に入り組んだ雷の檻のようなモノが発生する。いや、檻ともいささか異なり、発生した雷のエネルギーは触れれば多少ビリッと痺れるほどだが、剣聖にとって害はない。問題なのは、そんな一見無意味な雷のエネルギーを、ラムルス、トルネオン自身、剣聖の周囲からフィールド内全てを満遍なく満たすように展開されていること。
おかげで観客席からの観戦は見づらくてしょうがない。
「さぁ、始めようぜ」
いつの間にかトルネオンは全身に薄く、それでいて密度の濃い水の鎧を纏わせている。
「正々堂々受けてたとう」
剣聖の言葉に笑みをこぼしたトルネオンが、一瞬にしてその場から砂埃一つすら立てずに姿を消す。
次の瞬間、不意ともならない剣聖の背後へと出現し、雷のエネルギーと水のエネルギーで生成した槍を振るう。
剣聖は難なくその一撃を視線すら向けずに白銀の刀で受け止めると、以前トルネオンを仕留めた速度と変わらぬ速度でトルネオンの足下目掛けて剣を振るう。しかし今度は剣聖の一撃が難なく躱される。
たった一瞬の両者の初太刀を終え、トルネオンが距離を取ったところで剣聖が口を開く。
「理解した。この張り巡らされた雷の力も其方の運動能力を向上させているのだな。更に体内に巡らせたエネルギーによる補助に加え、その纏う鎧の効果も相まって、今の一撃に反応できたということか」
「さぁな。あいにくテメェの答え合わせに付き合ってやるほど俺は優しくねえからな」
そうして攻防一体の戦いが幕を開ける。互いが互いの攻撃を躱し、剣と槍とがぶつかり合う紅く小さな火花がそこら中に発生し、フィールド全体を真っ赤に染めていく。
最早フィールド内で何が起きているのか理解できない観客たち。しかし、誰一人として飽きる者や文句を垂れる者など現れず、皆が皆、目の前の攻撃に視線を釘付けている。
会場に響き渡るは、激しい激突の音。
そして攻防は数分間続き、再びピタリと止んだ。
「なるほど、攻撃の威力から察するに、一番の狙いは反射神経か」
トルネオンは眉をピクリと動かし、笑みを見せるが、見破られたことに対する悔しさが滲み出している様子。
「流石じゃねえか。だが、分かったところで俺たちは互角だ」
しかしトルネオンに余裕はない。
なぜならば、こちらは命をも代償とする荒技を行使して戦いに挑んでいるのに対し、対する剣聖は、基礎的な身体強化魔法と剣技のみで対応して見せているのだから。
一見互角だったとしても、それは内容を読み解けていない証拠。
そしてそんなことはトルネオンとて理解できているのだ。
相当な負担を要している脳は、ラムルスの回復魔法により結果的にほぼ負担ゼロで魔法を行使できているが、ラムルスの魔力も限界に近い。
「『無色界展』」
剣聖の口から実に冷静に短く発せられた一言は、トルネオンの耳奥へとゆっくりと響き続ける。
魔法か?
それにしては魔力が変化した気配はない。
だからと言って、剣聖の外見に何か変化が及んだわけでも、何か動きを見せたわけでもない。
ただ一点、先ほどと異なるとすれば、なぜか両目を閉じている。
剣は両手で胸の前へと構え、足は程よく前後に開く姿勢に変化はない。
トルネオンはその変化を確かめるため、躊躇なく先ほど同様剣聖へと槍を振るう。
軽やかな音が会場に響く。
だが、どこか違和感を感じる。
先ほどの攻防とは明らかに異なる何か。
そもそも、なぜ見えていないはずなのに攻撃が当たらないのか。
魔力の気配を辿っている?
しかしそれだけで槍の先端の位置と角度までも把握しているのか?
本当に?
「——————おい、冗談だろ」
トルネオンは気づいてしまった。
こちらから放っているはずの攻撃が、相手の剣へと届いているのではなく、剣聖の方からトルネオンの攻撃に合わせてきているのだと。
先ほどの攻防では、目まぐるしいほどに急速に何度も攻防の逆転が繰り返されていたが、今の剣聖はまるで、トルネオンから放たれる攻撃の角度と位置が空中にある時点で把握しているかのよう。故に、剣聖は目を閉じてから一歩たりともその場から動いていない。
緩急やフェイント、持ち手や持つ部分を変えるなど高速の蓮撃の中で様々な工夫を施すトルネオン。
しかし、剣聖はその全てに対応する。しかも不思議なのは、フェイントにすら反応し、その上、トルネオンが攻撃をキャンセルするよりも速く、槍へと剣聖の剣が届くのだ。
「ありえねえ芸当をさも平然とやりやがって——————」
トルネオンは空間に張り巡らされた雷のエネルギーを駆使して高速移動を繰り返し、豪快で俊敏な動きを織り交ぜ、攻撃を放つも、届かない。隙すらない。
「やはりこの技は楽しい。これしきならば、全て音のみで対処できる」
「音だと⁉︎」
「目では捉えきれぬモノでも、空気の振動が其方の全てを教えてくれる」
そう言い放つと、白銀の刀を鞘へと納め、代わりに黒い大剣を抜刀する。
そうしてトルネオンの前から姿を消すと、フィールドのあちこちへと飛び回り、大剣を繊細に振り回す。
時間にして僅か三秒程度。
フィールド内に張り巡らされた雷のエネルギーが消失した。
「あ? マジでどうなってんだ?」
「——————漆黒の剣は、魔力を断ち切る。次は余の剣ですら断ち切れないほどの魔法を期待している」
「——————ここまでか」
トルネオンの瞳に諦めの意思は宿っておらず、むしろたぎる炎を胸の内で燃やしている。そんな表情を浮かべ、剣聖の一撃に沈む。
そのはずだったが、剣聖が剣を振り翳した直後、とてつもなく大きな揺れが剣王堂を襲うのだった。
本日の後書きは、少し多めです。
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