282話 心からの感謝
「あんた確か、ドラゴンスレイヤーのアイナスだったか? 竜王跡で会った時以来だな」
「うん」
チラチラと視線が重なるものの、合った途端に逸らされるの繰り返し。ユーラシアは違和感を覚えつつも、要件を済ませることに。
「どうしてオレがここにいることが分かった?」
「先日、剣王堂に行った時、ポーメル国で君と一緒にいた二人に会って、もしかしたら一緒に来ているんじゃないかと思った。それに、あんなマネができるのは君以外には思いつかない」
ユーラシアがムンテルダルクに生じさせた炎の壁は、ムンテルダルクの国民だけでなく、国外の多くの者たちも目撃していた。
そして、目撃者の一人であるアイナスは、その魔力の気配からそれが竜王のモノであると断定。
「二人とはどういう関係なの?」
「ん? それを確かめるためにオレに会いに来たのか?」
予想外の質問に目を丸くする。
ドラゴンスレイヤーであるアイナスがムンテルダルクにいることは、何も不思議なことではない。現にドラゴンスレイヤーであるトルネオンは、依頼を受けてこの地に来ていたのだから。
しかし、わざわざ国王を通してユーラシアの居場所を確かめたとなると、もっと重要な話であると勝手に思い込んでしまっていた。そもそも、アイナスがシェティーネとレインを気にする理由がユーラシアには思い当たらない。これがもし、ユーラシアのことをまだ敵であると認識しての発言だったならば、腑に落ちる点もあっただろう。しかし、アイナスから信じる発言をされた今では、どうも思い当たる節がない。
するとここで、国王であるガンデルが不思議そうな様子で割り込んで来る。
「アイナスよ。確か、竜王へと礼がしたいとのことではなかったか?」
「それは——————」
ガンデルの発言を受けたアイナスは落ち着いた表情を浮かべているが、動揺しているのか黙り込んでしまう。
ユーラシアは一度小さなため息をつき、ゆっくりと口を開く。
「あいつらはオレにとって大切な仲間だ。命に代えてでも守らなくちゃいけないな」
「それは、好きということ?」
「まぁ、そうだな」
「・・・・・」
なぜだかアイナスはまたしても黙り込み、真剣な表情で口元に手を添え、何かを考え出す。
「・・・・・それは、恋愛的な意味?」
「・・・・・は? 一体何の話をしてんだ?」
「いや、私にもよく分からない」
「なんか・・・・・大丈夫か?」
「大丈夫」
ただただ冷静な態度を取り続けるアイナスだが、明らかにユーラシアと視線を合わせようとしない理由は何なのか?
この場にシエルがいたならばすぐさま気がついただろうが、ユーラシアには見破る術はない。
「さっき礼とか言ってたけど、一体何の話だ?」
「——————私にも、憧れた存在がいた。名前は、エルナス・ファミリナ。彼女は、私の学生時代の二つ上の先輩で、私が唯一強くあろうとした理由。だけど先輩は、邪神の企みによって命を落としたの」
「エルナスが命を落としたことは、ラーゼンギルドのマスターから聞かされた。いやそれよりも、どうしてあんたが邪神のことを知ってる?」
「アイナスには、ユーラシアが寝ている時に俺から真実を聞かせたのだ。お前たちから聞いた真実をな。だが、どうやらそれ以前からユーラシアに対する信頼は築かれていたようだがな」
「なるほどな、そういうことか」
考えるまでもなく、ラーゼンギルドのマスターから話が通っていても、国王から聞かされていても不思議なことはない。
とここで、逸らされていたアイナスの視線が、初めてユーラシアの瞳を捕え、離さない。
「先輩は亡くなる直前、君のことを希望と呼んだ。教えて欲しい・・・・・先輩とはどういう関係だったの?」
先ほどのシェティーネとレインとの関係性を聞いて来た時の表情とは異なり、悲しさに宿る真剣さをユーラシアは感じ取る。
「エルナスは、昔オレが通ってた学園の校長だった。名前はマルティプルマジックアカデミー。学園に入ってオレを最初に認めてくれたのが校長だった。校長が先輩ってことは、あんたはオレの先輩ってことになんのか?」
アイナスの瞳からポロリと小さな雫がこぼれ落ち、口元に薄らと笑みを浮かべる。
「——————ようやく思い出せた。そう、私の母校の名前は、マルティプルマジックアカデミー・・・・・今までずっと思い出せなかった。思い出させてくれてありがとう」
そう言って、アイナスは瞳を閉じて頭を下げる。直接的にユーラシアの質問に対する答えは返って来なかったものの、答えは明らかだった。
しかし下げた頭は再び上がることはなく、続けて言葉が述べられる。
「だけど私が本当に感謝しているのは、先輩と、魔法協会のみんなの仇を取ってくれたこと」
その仇というのが、ダークエルフ、そして十大魔神のオーレルであることはすぐさま察しがついた。
「私のためじゃないことは分かってる。だけど、結果私だけじゃなく、マスターや多くの人が感謝してる。本当にありがとう」
確かにユーラシアはエルナスの死を戦いの後に知ったし、仇を取るつもりでオーレルを倒したわけではない。むしろ、邪神へと向けた怒りの感情が大半を占めていた。
「エルナスも、オレにとっては守るべき大切な存在だった。悪いな、あんたの大切を守れなくて——————けど、その感謝は受け取っとく」
「うん」
「それと、これはあんただけじゃなく、国王にも言っておく。オレは確かに強い。あんたらからしたら万能のようにも思えるだろうよ。けどな、何度も言うが、オレは守れないモノの方が多い。だから、自分たちの手で守る意思だけは何があろうとも強く持て・・・・・例えどんなに絶望してもだ。オレが必ず、邪神との因縁に終止符を打つと約束する」
大切な存在全てを守るなど、ユーラシアには到底できない。そうありたいと願っても、意思を掲げても、それは不可能。しかし、ユーラシアは邪神との因縁を”必ず”終わらせると言った。
その言葉を、アイナスもガンデルも疑うことなど一切しない。当然、ユーラシア自身も。
「本日の剣王祭でも、狙い通り剣聖の存在が国民の心に希望を灯してくれた。まぁ、先日のユーラシアが放った魔法の影響もあるだろうが。とにかく、この希望を再び絶やしはしない」
ガンデルも強き意思の籠った瞳で、己の覚悟を言語化する。
男と男の約束——————そんな簡単なモノではないが、改めて言葉にすることにより、戦っているのは一人ではないのだと、意識の奥にまで理解させることができる。
邪神は、竜王が仲間を失うことにより強くなると考えた。しかし現実は、失ったものもあるが、絆を築き、強さへと変換している。
「其方が棄権したのは残念だったが、明日の剣王祭は、客として二人とも出席するがよい」
「ああ、そうさせてもらう」
平然とこたえるユーラシアだが、底知れない嫌な予感を感じていた。
竜王の抱擁に十大魔神や、邪神に付随する悪しき気配が引っ掛かったわけではない。しかし、腹の底から込み上げる恐怖にも似た感情を確かに感じていた。
それは、学生時代に幾度となく体感したあの身震いする悍ましさ。
まさかユグドラシルの力を取り戻した今になって感じることになるとは、多少の驚きを感じつつ、その動揺は一切漏らすことなく、平然とこの場はやり過ごすのだった。




