281話 憎むべき存在は恩人であった。
二日後、目覚めるとそこには白く真っさらな天井の景色が。
そして隣には、シエルの姿があった。
ユーラシアは、何やらうなされているシエルの手を両手で握り締める。
「シエル」
一度妻の名を呼ぶと、足元から透き通る女性の声がユーラシアの耳へと届く。
「お目覚めですか。ご無事そうで何よりです」
優しげな笑みをユーラシアへと向けるのは国王の側近の一人であるガルド。
「竜姫様は、竜王様が目覚めぬ間、ずっとお側におられました」
「・・・・・そうか、あん時オレは気を失って——————どのくらい寝てた?」
「約二日と半日と言ったところでしょうか」
「そんなにか・・・・・」
ユーラシアは隣でうなされ続けるシエルへと視線を向ける。
「うなされてる原因は、オレが目を覚まさなかったからじゃないよな・・・・・やっぱりシエルに触れさせたのは良くなかったな」
シエルは肉体的強さだけでなく、元竜族なだけあって、相当な精神的強さも有している。
しかし、ブラッドアイスに込められる怨念は、不屈の精神を宿しているシエルやユーラシアの精神をいとも容易く蝕んだ。
ユーラシアはシエルの精神では耐えられるか半信半疑であったため、触れさせようとはしなかった。
そしてユーラシアもまた、二度目は特に苦痛は感じなかったものの、無意識に精神が蝕まれていたため、二日以上もの間、意識が戻らなかった。
ユーラシアはそっと寝ているシエルの頭に手を置く。
「ありがとな。そんで、ごめんな・・・・・オレのせいで苦しめることになっちまって」
「竜王様。主人様が、お話ししたいとのことです」
当然今回のことは国王の耳にも入っているため、目覚めたのなら事情を聞かれるのは不思議なことではない。
「ああ」
ユーラシアは身なりを整え、ガンデルの下へ赴く。
場にはガンデルの姿しか見えず、着くなりガルドはガンデルの横に控える。
「まずは、無事で何よりだ」
と、そう口にしたところでガンデルの口元に微笑みが生じる。
「いや、悪いな。まさかお前にこのような言葉をかける日が来ようとは夢にも思わなかったものでな」
ユーラシア自身、ユグドラシルの記憶と力を取り戻してからというもの、邪神以外は誰であろうとも相手にすらならなかった。そのため、まさか気を失う日が来るとは、夢にも思わなかった。
「ゴホンッ。念のため兵士や他の者たちは下がらせたが、ユーラシアよ、一体何があったのだ? ガルドによれば、お前は壁に触れた途端、突然倒れたらしいではないか」
「ガルド。一つ確かめたいんだけど、オレは、シエルみたく苦しんでたか?」
「いいえ。壁に触れた刹那、気を失われました」
ユーラシアが意識の中で体験した時間は、相当なモノ。いや、それほどまでの情報が一気に脳内を駆け巡ったことで、時間が濃く圧縮され、体感的な時が長くなってしまっただけ。実際は、瞬き程度の時間すらない。それに、竜族には現実よりも時間の流れが何百倍も加速する思考領域=精神世界が存在している。今回はその思考領域がどの程度影響していたのかは知るところではないが、今のユーラシアの精神世界の通常の時間軸と比較した時の流れは、約六年前の七百倍から超絶飛躍して、約100万倍となっている。
最早、同一の思考領域を持つ竜族か、竜族に匹敵する、あるいはそれ以上の存在でなければユーラシアに触れることすらままならなくなってしまった。
「国王。どうやらこの北側領土は、竜王だったオレの生まれた場所らしい」
「「——————は?」」
ガンデルとガルドの息がピッタリと重なり、両者力の緩んだ間抜けな表情を浮かべる。
「順を追って話す」
遡るは、竜王が同族とその他多くの他種族を手にかけ、竜族が滅びを迎えたところ。
かつて妻であるシエルを失い、我を忘れて暴走したこと。
最終的には最高神の手により争いは収められることとなり、竜族は滅んだ。
そして、ユグドラシルとシエルの間に授かった子供はその後孤独に生き続け、様々な存在と巡り合っていく。しかし最終的に生まれ故郷である竜族の地であり、ユグドラシル誕生の地である場所へと、姿も名も知らぬ仲間を求めて再び戻って来た。
ここまで話した時点で、ガンデルは何かを察し、目を見開く。
「まさか・・・・・それが、北側領土⁉︎」
「その通りだ。希望を残して生み出されたのが、今のホワイトプリムス大陸で、絶望に呑まれながら生み出されたのがここブラッドアイスってわけだ」
希望と絶望。相反する象徴とも言える北側領土が、全く異なる二つの領域で分かれているのはそれが理由。
「あいつはずっと、オレたちの助けを求めてたんだ。生まれた時から一人ぼっちだったあいつは、親の温もりも、仲間の大切さも何もかも知らない状態で何百、何千年もの時を生きた。けど、そんなあいつの唯一の拠り所になってくれたのが、人類が敵対してた魔族だったってわけだ」
「「ッ⁉︎」」
「まぁ、驚くよな。オレが一番驚いた。今はオレが何よりも憎む存在が、何よりも大切な存在の恩人だなんてな——————ったく、そんなんありかよって話だ」
ユーラシアは微笑み言葉を語るが、表情はとても辛そうなものになっていた。
「まさか、本当に人類の敵になるなどありはしないよな?」
冗談ではなく、不安な表情で真剣にユーラシアへと問うガンデル。
「安心しろ。オレは、オレの大切な存在を守るために戦う。今まで奪われて来た数の方がよっぽど多いが、それでも命ある限り全力で邪神に立ち向かう意思は変わらねえよ。あいつを倒すのは、オレの使命だからな」
「それならば、一先ずは安心した」
「それに、オレたちの子供は死んだも同然だ。怨念に囚われて、今ある大切を失うことだけは絶対にあっちゃなんねえんだ」
ガンデルとガルドは、それ以上立ち入ることはできなかった。
何よりも、そう語るユーラシアの表情が、酷く辛そうに見えたから。
「・・・・・そういやドラルドは、一体どこまで知ってたんだろうな?」
ボソッと呟いたユーラシアの独り言は、ガンデルとガルドの耳には届いてはいなかった。
「そういえば、ユーラシア。お前に会いたいという者がいる。ガルド、その者をここへ」
「はい」
しばらくしてユーラシアの下へやって来たのは、ドラゴンスレイヤーの一人 アイナス・ヴァレンティアだった。




