【捌の章 失物探しへいざ往かん】
最寄りの交番に遺失物届けを提出した頃には23時を超えていた為、『端末』の捜索は明るくなった翌日決行となった。
しかし『もし見つからなかったら……』『個人情報を抜かれて悪用されたら?』などの不安が脳内を駆け巡っている所為で何時まで経っても寝付けず、挙句トヨに「では子守唄をば!」と耳元で盛大に歌われる始末。
リラックス効果とは程遠い歌声に当然眠れる訳もなく、結局、処方されていた睡眠薬を飲んで何とか寝落ちする形で眠ることができた。
ところが寝入る時間が悪かったらしく、薬の効果も相まって、目が覚めたの頃には既に昼過ぎになっていた。
今日も今日とて、カーテンの隙間から外の様子を伺う。
昨日よりも一層強い雨が降っているお陰か、幸いにして人だかりは既に無く、表通りは閑散としていた。
我らが街【ヨツヤ】は道を数本入れば昔ながらの住宅街が広がっているが、表側、特に【シンジュク通り】沿いは主に会社オフィスや、そこに勤めるサラリーマンをターゲットとした居酒屋、飲食店が多い地域。
駅前の大型商業施設や『トウキョウ三大たい焼き』の一つと謳われる、有名な老舗たい焼き店はともかく、駅と駅の間に位置する我が家の周辺は、休日の昼過ぎらしい静けさだった。
「さぁ、それでは参りましょう! いざ失物捜しの旅路へ!」
トヨが玄関の内鍵をビシッと指差すと、ネジ式の鍵(『ネジ絞り錠前』という)が触られてもいないのに左回りに回転。
開錠された玄関は自動ドアよろしく独りでにスライドし、トヨは我先に出て行こうと歩き出す。
「いや、だから待てって、‥ばッ!」
トヨの前に慌てて足を出し、カカトで店内に蹴り戻した。
ゴロゴロとサッカーボール宜しく転がったトヨは、応接用ソファーの足に顔面をぶつけて「痛いです!」と鼻を押さえながら抗議する。
「昨日に引き続いて、二度までも神を蹴るとは何事です⁈」
「焼き物の招き猫が、平然と街中を闊歩するのはマズいって言ってんだろ!?」
魔術文化が日常となっているとはいえ、漫画に出てくるような某青いネコ型ロボすら誕生していない現代に、こんなヌルヌルと動いて喋る瀬戸物を見れば、再び人が殺到するのは必至。
『端末』を捜すどころではなくなる。
質問など飛んで来た日には俺の精神衛生上宜しくないし、何より『神様です』などと答えようもない。
「よ、よもや! 吾輩を置いていかれるのです⁈ 吾輩が同行しない事には、失物との『縁』が辿れませぬよ!?」
「解ってるから落ち着け。準備するから待てって話だ」
トヨ曰く、人の『所有物』には、持ち主と物との間に繋がりが生じるのだと言う。
それは『縁』と呼ばれる目には見えない糸のような物で、愛着や執着の強さ、使用期間が長いほど、文字通り太く強い『絆』となるそうだ。
まして俺にとり憑いているトヨからすると、俺の持ち物を捜すのはお茶の子さいさい。
砂漠でオアシスを探すくらい容易だと言う。
……いや、それはむしろ難しくないか?
「とりあえず、お前はこの中に入れ」
俺は物置から引っ張り出してきた、大きなバックパックをトヨの前に置く。
この雨の中、傘をさしながら特大サイズの招き猫を抱えて歩くなどあまりに無茶だ。
かといって雨合羽にしたとしても、絶対に悪目立ちしてしまう。
シラフでそんな事はしたくない。
このバックパックは、旅人時代にキャンプ道具一式や食料を収容していた信頼と実績のある大容量タイプ。
これならトヨの巨体もすっぽり入るだろう。
「それはいけません! 學サマの負担になってしまいます!」
「お前は見た目より軽いから問題ない。これでも昔は、二〇キロ近い荷物背負って丸一日歩き回ってたんだぞ?」
「お言葉ですが『昔』と『今』では、肉体の強靭さも耐久度も違うと存じます」
‥何か昨日、同じようなやり取りをした様な……。
投げたブーメランがぶっ刺さった気分だ。
最近は立ち眩みも増えたし、米袋などのちょっと重めな物を持つと、直ぐ足腰に来るようになって来た。
一説によると、人の身体機能は基本的に、二十代をピークに後は下がるだけと聞く。
最近めっきり運動しなくなったとは言え、我ながら衰えた物だ。
「兎にも角にも、吾輩のこの姿が問題だと……。然らば、姿を変えるまでに御座います!」
トヨは「少々、失礼致しまして……」と言って何処からとも無く紙を取り出し、鼻を数回かむ。
そして鼻通りが良くなったのを確認すると、鼻で大きく息を吸い、目を閉じて口からフーッと長い溜め息を吐いた。
「……にゃむっ‼」
かなり気合の入った拍手が打たれ、直後トヨの体が七色に輝き出す。
不思議な事に、まったく眩しくない光に包まれたトヨの輪郭は徐々に大きく縦長となり、そして見る見るうちに人の様な形へと変化していく。
光が収まると、そこには合掌した一人の少女が立っていた。
健康的で艶のある黒髪を、前髪は眉のやや下で、後髪は襟足付近で水平に切り揃えた、いわゆるおかっぱヘア。
首から荒縄に繋がれた小判をぶら下げ、黒地に花火と思しき金色の模様が点在する和服。
足元の白足袋が、金色の鼻緒と黒下駄によく映えている。
背格好は小学生か中学生くらいで、まるでニホン人形のような可愛らしい出で立ちだ。
「お、お前……、トヨか?」
俺が唖然としながら質問すると、少女は「はい、トヨに御座います!」と腰に手を当て、クリッとした丸い大きな目を細めて自信満々に笑う。
確かに、このふてぶてしい態度と声はトヨの物だ。
「どーです! この見事な変化術? 何処からどう見ても人です! これなら傘も自分で持てますし、同伴も可能で御座いましょう!」
「まぁ、そうだけど……。ていうかお前『メス』だったのか……」
声の感じで予想していたが、そういえば最初キッチンで見た招き猫姿のトヨは『左手』を掲げていた。
実は招き猫には、ちゃんとオスとメスの区別が存在し、一般的には右手を上げているのがオス、左手を上げているのがメスとされている。
もちろん例外もあり、三毛柄(三毛猫は基本的にメス)なのに右手招きだったり、両手をあげた招き猫なんかも居たりする。
また、オスは快活でネズミを狩るイメージから『食料=財産を護る』として金銭を招き、メスは『甘え上手』として人を招くとも。
確かに爆発の影響で、観衆や警察などは集まったと言えるだろうか?
だとしたら、全く嬉しくない御利益だ。
「吾輩に厳密な性別は御座いませんが……、お気に召しませんか?」
俺の怪訝な表情に、トヨがおずおずと訊ねてくる。
「『血の契』で、學サマの好みに最適な似姿と成る筈だったなのですが……。‥ハッ! よもや學サマは男色⁈ それとも女子姿の男児がお好みなんです? そういう事でしたら……」
「馬鹿ッ⁈ 違うはボケッ‼」
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