第9話:闇騎士ヴェイグは普通に歩けない④ ── 魔族は基本、メシも睡眠も不要(ただし怪我した時のメンテナンスを除く)
黒曜石の器に盛られた赤黒いスープ。
骨付きの何かの肉。
黒くて固そうなパン。
魔界産らしく、どれも食欲を削ぐ見た目だ。
絶対に野菜ゼロだし、あからさまに栄養が偏っている。
しかしさっきの話からすると、この魔界の環境では野菜など育ちにくいのかもしれない。
「本日はいつもより少し多めに用意しました。足りなければお申しつけください」
アランの言葉に、イシューが続ける。
「お疲れと先ほど伺ったので頼んでおきました。こういう時はエネルギー補給が肝心ですから」
皿を眺めているだけで気が遠くなりそうだ。
それでも、ヴェイグの胃袋は空腹を訴えているらしい。
魔界料理でお腹を壊さないだろうか……。
内心では恐る恐る、しかしヴェイグの体は優雅にフォークを手に取る。
「ありがとう」
礼を述べるヴェイグの声に、従者二人が恭しく頭を下げた。
静かな私室に、自分が立てる食器の音だけが響いた。
一人で食べる食卓など、一体いつぶりだろうか。
イヴェットと旅を始めてからはいつも一緒に食べていたから、どうにも変な感じだ。
それに、二人の従者に見つめられながらの食事には、どうしても慣れそうになかった。
◇
黒曜石の器は、指先で触れるとひやりと冷たかった。
口に運んだスープは、じっとりと鉄臭い味がする。
『これ、絶対に輸血パックの味だろ……』
もそもそと咀嚼しながら、ふと思い立つ。
そういえば、こいつらは全然食事を取る気配がない。
いつも部屋で待機しているけれど、一体何を食べているんだろうか。
「……お前たち」
声に出すと同時に、ヴェイグの表情が僅かに歪んだ。
僕が尋ねようとした内容が、彼の洗脳心理にとって「無益な問い」だからだろう。
ほら来たよ、この反発感。
別にいいじゃないか、ただの雑談なんだから。
喉の刻印で軋むような不快感を無理やり飲み込み、言葉を続ける。
「お前たちは……食事は済ませたのか?」
驚くほど静かな室内に、自分の声が妙に大きく響いた。
アランとイシューがぴたりと動きを止め、互いに顔を見合わせる。
「はっ……!?」
「えっ……?」
二人の口から漏れたのは、明らかな戸惑いの声だった。
アランは咄嗟に背筋を正し、イシューは困ったように眉を下げている。
「それは……つまり私たちの栄養補給について、ということでしょうか?」
アランが慎重に言葉を選んだ。
『そうだよ、だって見ててもお前ら何も食べてないじゃん!』
心の中で叫びながらも、僕はヴェイグの無愛想な顔で頷いてみせる。
すると、それとは正反対の表情でイシューがふわりと微笑んだ。
「申し訳ありません、ヴェイグ様。お気遣い頂けるのは大変ありがたいのですが……私たち魔族は、活動に必要なエネルギーの補給を主に魔力に依存しておりますので」
「魔力?」
思わずオウム返しに聞き返すと、アランがすすっと前へ出て補足に入った。
「はい。周囲の高濃度魔力を体内に取り込み、変換することで基礎代謝を賄っております。ゆえに日常生活において、ほぼ食事は不要です」
「食事の場合は、むしろ嗜好品として楽しむことが多くて……」
イシューが人差し指を頬に当てて可愛らしく説明を加える。
『嗜好品!? お菓子感覚ってこと? うわぁ、もしやこれ贅沢品なのか……。それにしては美味しくなさそう、と思ってしまうが今は一旦、置いておこう』
「ですが、例外として」
アランが真面目な顔で言葉を継いだ。
「戦闘などによる物理的な損傷があった際は、体組織の再生を促進するために外部からの栄養摂取……つまり食事をすることがあります。消化吸収した有機物を素材に、細胞を再構築する作業を行うのです。この時は食事の方が効率が良い場合が多いですね。もっと緊急性がある時は、別の手段を取ることもあります」
『ほぇー! だから怪我した後や運動した後にメシを食うんだな。まるでSF映画の宇宙人のメンテナンスみたいな話だ』
「また」
イシューが優雅に紅茶をサーブしながら重ねる。
「精神的な疲労の場合も、適度な栄養補給で緩和されることもありますから。私たちとしては、ヴェイグ様のお食事をお手伝いさせて頂きたいと思っております」
そう言ってこちらを見つめる彼の目は、どこまでも澄んでいて逆に居た堪れない。
『つまり、僕専属の介護スタッフってわけか……。ありがたいやら申し訳ないやら、複雑すぎる』
一方のアランは手帳を閉じ、小さく咳払いをした。
「ですが我々の体質上、普段の健康管理のための食事はほとんど不要というのが実情です。睡眠も短時間で済みますし……」
「睡眠も!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
ヴェイグの威圧感のある沈黙が場を包み、冷汗が背中を伝った。
『やばい! これ以上深入りすると、洗脳効果が働いて喋れなくなるかも……!』
必死に平常心を装い、「……そうか」と無愛想に答える。
『つまり、ここで唯一メシを食ってる存在が僕ってこと? 異端児かよ……。人間臭さ丸出しなんだけど、怪しまれないのか?』
「いかがされましたか?」
イシューが心配そうに顔を覗き込んできた。
『近い近い! 端正な顔がアップになり、慌てて椅子ごと距離を取る。近すぎだって! 洗脳が弱まったら、心拍数上がりすぎてバレちゃうよ!』
「いや……」
視線を逸らすように窓の外を見る。
薄暗い魔界の風景が延々と続くばかりで見飽きているはずなのに、何故か今は救いのように思えた。
「……やはりお疲れなのでは? 今日は無理に召し上がらずとも」
アランが諭すように言う。
その気遣いがむしろ苦しかった。
従者として完璧すぎて、逆に罪悪感が募るのだ。
『違うんだって! 単に食事がマズくて食欲がないだけなのと、僕が元人間だから習慣が抜けきらないだけで……! でも、そんな事情を話せるわけない!』
「大丈夫だ。問題ない」
ヴェイグの抑揚のない声で呟くしかなかった。やっぱり、心配掛けてるよね……なんか、申し訳ない。
皿の上で冷えていく黒いパンを睨みつけながら強く思う。
『うおぉ……食事一つとってもこんなんじゃ、この先どうすんだよ。魔界生活、前途多難過ぎる!!改善を要求したい!』
黒曜石の皿が、カチャリと小さな音を立ててテーブルに戻される。
ヴェイグの手から離れると、途端に冷めていくようだった。
うん、マズい。絶対にマズい。
見た目で判断するなと言うけれど、この黒焦げの塊は何だ。
木炭か。
それにこのドロドロの液体……まさかこれがデザートだなんて言うなよ。
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第9話をお読みいただきありがとうございました!
魔界の優雅な食事風景の筈だったのにエルニアには致命的に魔界飯との相性が悪かった……という。いや、たぶん、日本人的にはアウトなラインで考えてます。やはり、熱いモノは熱く。冷たいモノは冷たくが1番美味しいですよね。エルニアはこの地獄激マズ飯をどう攻略していくのか!次回、お楽しみ下さい。
次回の第10話は、【明日のお昼(12:00頃)】に投稿予定です。
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