第10話 闇騎士ヴェイグは普通に歩けない⑤ ── 最高幹部の特権で『黄昏市場』へ。怪しげな食材ばかりですが自炊を始めます
「……何かお気に召さない点がございましたか?」
アランが即座に勘づいて身を乗り出す。
灰色と青と黄色が入り混じる瞳が、不安げに揺れていた。
イシューも眉を寄せて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「失礼いたしました。すぐに新しいものをお持ちします」
「いや……」
ヴェイグの唇から漏れる声は掠れていた。
「単に……胃にもたれるだけだ」
本当は「味覚障害かってレベルで不味い」と叫びたいところだが、そんなことを言ったら洗脳が暴走して危険だ。
そもそもこれは毒なのか、それとも魔界料理とはこういうものなのだろうか。
ふと気づく。
あれ、でもさっき飲んだ紅茶は美味しかったような気がする。
僕の好みを考えて色々と用意してくれていたし、イシューもアランもそこら辺は気が利く奴らだ。
じゃあ、この料理は一体誰が作ったんだ?
まさか厨房の担当者だろうか。
ヴェイグとして振る舞う以上、無駄な好奇心は見せられないが、どうしても気になってしょうがない、試しに聞いてみる事にした。
「この料理は……お前たちが準備したものか?」
二人が一瞬ポカンとする。
そして、ほぼ同時に否定した。
「いいえ! これは宮廷厨房の職員が調理したものです」
「はい、私たちは厨房業務に携わっておりません。専門の者がおります」
なるほど、つまり彼ら自身は料理下手というわけではないのだ。
イシューのブレンドティーが美味しいのだから、きっと大丈夫だろう。
しかし、その『専門家』とやらはどういう教育を受けているんだ。
こんな炭化物を『料理』と呼べるセンスがすごい。
「魔族の嗜好品と言っても……これは少し……独特だな」
なるべく、遠回しにケチをつけてみると、アランが少し目を細めて言った。
「確かに魔界料理は素材の魔力保持を重視しており……色彩や風味の調整は、人間界ほど細やかではないかと」
「つまり、味なんかどうでもいいってことか」
つい突っ込んでしまうと、イシューが苦笑した。
「まあ……その通りかもしれませんが、嗜好品といえどある程度の工夫はしております。例えばこのスープは瘴気成分を溶かしてありますので、魔力循環には役立つはずですよ」
瘴気が入っているのか。人間が即死するやつが。朝食のスープに……。
魔界式料理、恐るべし。
それも健康サプリメント感覚で……なんて、なるほどと納得できるか。
でも、そう言えばイシューたちも「美味しい」とは一言も言ってないもんな。
「ところで」
思わず提案しようと、口を開いてしまった。
「私が作ることも可能か?」
言った直後にヤバいと思った。
ヴェイグの地位でキッチンを使うのはおかしいのだろうか。
でも、すでに言ってしまったからには引けない。
アランが意外そうに眉を上げた。
「お手伝いを?」
「いや……私が作ると言う意味だ」
二人の表情が一瞬フリーズした後、イシューが嬉しそうに手を叩いて微笑む。
「素晴らしいご提案です! 是非お任せください!」
『喜ばれちゃったよ! まあ、いいか。助かった』
だが、問題は調理環境だった。
「ここでは些か狭すぎる。別の場所で準備したいが……」
「地下厨房をご利用いただけますが……」
アランが控え目に言う。
「いや」
即座に却下した。
「市場を見てみたい。材料選びから始めたいからな」
『正確には、この城下町で売ってる食材のレベルを確かめたい、だけどな』
それを聞いたイシューが目を輝かせた。
「それならちょうど良い時期です! 昨日、南区画で定期市が立ったそうですよ」
「市場だと?」
アランが腕を組んで考え込む。
「しかし外出となると護衛が必要です。魔界の街中とはいえ、油断は禁物です」
護衛って……まるでVIP待遇だな、という気持ちと同時に、洗脳された今の状況を考えれば当然の警戒かもしれないと気づいた。
魔王の側近である闇騎士ヴェイグを狙う連中がいる可能性も十分に考えられる。
「ならば軽装で行きたい。護衛も最低限で構わない」
「……承知しました」
アランが頷いた。
「ただし念のため、私も同行させて頂きます。それと──」
ちらりとイシューを見る。
「イシューの回復術必要になる事態にも備えましょう」
二人の護衛付きで買い物か。
思ったより重装備になりそうだ。
気軽に見て周りたかったが、仕方がない。外に出る事が出来ただけ良しとしよう。
「それで……今から行くか?」
時計を見ると、朝食の時間は終わったばかりだ。
今出て行けば、昼過ぎには帰還可能だろう。
アランが素早くペンを走らせた。
「では、午前の業務調整を行います。正午ごろに出発できるよう手配致します」
『流石だアラン、行動が早い』
イシューが紅茶を入れ直しながら、朗らかに言う。
「ぜひ私に案内させて下さい! 市場での珍しい食材など、ご紹介できますよ!」
『助かる! 地理オンチの僕にはガイドが必須だからね』
席を立とうとした瞬間、ヴェイグの身体が一瞬重くなった。
……もしや、洗脳の抵抗力が働いているのだろうか。
『休暇中にまで上司面をして偉そうにするのが嫌だな……。でも、しょうがないか』
「承知した」
短く返すと、二人が恭しく頭を下げた。
部屋を出ようとすると、窓際に植木鉢が並んでいるのに気づく。
赤黒い花を咲かせた見慣れない植物だ。
あれも魔界産の観賞用だろうか。
どこか不気味ではあるけれど、ちょっと気になるな。
◇
午前中を執務室での書類整理で過ごし、待ちに待った正午。
イシューが用意した外出着は、漆黒のマントと膝丈の上着、それに顔を隠すためのフード。
かなり目立つ。何処の暗殺者スタイルだコレ。
というか、これではまるでコスプレイベントだ。
そんな突っ込みが頭をよぎるが、もちろん口には出さない。
「それでは参りましょう」
城門を抜けると──眼前に広がった光景に、思わず足が止まった。
『うわ、これこそ魔界の本領発揮だ』
夕暮れのような薄闇の中、無数の露店がひしめき合っている。
紫の灯火が地面に落ち、石畳の通りには瘴気混じりの霧が流れていた。
人間界なら狂気の沙汰と言える環境だが、ここでは皆平然と暮らしているのだ。
「これが南区の『黄昏市場』です」
アランが静かに解説する。
灰色と青と黄色が混ざった瞳が、市場を冷静に見据えていた。
「瘴気が比較的薄く、市民生活の中心地となっています。交易路としても重要で──」
「すごいな!」
ヴェイグの顔で呟く。
「こんな活気が魔王領にあるとは」
心の中では『凄すぎでしょコレ!』と驚愕が止まらなかったが、こんな最悪な環境で商売繁盛しているなんて、魔族たちは一体どういう神経をしているのだろうか。いや、彼等にとってはこれが通常運転なのだろう、たくましい限りだ。
そした、市場を埋める住民たちも、人間とはかけ離れているものが多くいた。
翼の生えた蜥蜴のような商人が金貨を数え、頭に角を生やした老婆が、怪しげな粉末を鍋で煮詰めている。
巨大な蟹の甲羅を背負った少年が、果実の様なものを売り歩いていた。
「あれは?」
「海魔族の一種でしょう。潮汐型の魔素を感知する器官を持っています」
アランが淡々と答える。
「ほへぇ……」
人間界には絶対に存在しないタイプのヒト、いやモンスターだ。
生態系が根本的に違いすぎる。
露店を覗き込むと、さらに驚愕するものが並んでいた。
赤黒いスライム状の肉塊を串焼きにした屋台。
水晶に封じ込められた生きた昆虫。
腐敗した果実のような異臭を放つ瓶詰めジャム。
「そ、それは一体……?」
「『崩壊肉』と呼ばれます」
「崩壊!?」
「加熱処理で安定します。滋養強壮に最適で──」
「じゃあ、その昆虫は? 生きてるよね?」
「『雷噴虫』ですね。水晶内で電気を発生させ、火種になります。出先などで薪の代わりに使うのです」
食用じゃないのか。というか火種。魔界マップに入ると滅茶苦茶襲われた覚えがあったが、そんな使い道があったのかと感心してしまう。
次に目に入ったのは半透明の球体。
透き通った液体の中に、人間の胎児のような物体が浮かんでいる。
「え゛っ!?」
思わず叫んでしまい、慌てて手で口を塞ぐ。
おいおい、倫理観はどこにいったんだ、この魔界は。
「これは培養種ですよ」
イシューが苦笑しながら解説する。
「食用ではなく鑑賞用です。与えられる魔力波動によって成長しますが、完成するまで数十年かかる希少品でして……」
趣味が悪すぎる。いや、すごいけれどシンプルに怖い。
「こちらは?」
棚に積まれた小さな緑色の球根を指さす。
人間界のショウガに似ている。
「『碧光根』です。発酵させると人間界の醤油のような調味料になります」
アランが即答した。
「醤油……ここにも存在するのか」
「ただし魔界産のものは、熟成期間が十倍長く掛かります」
魔界では時間が倍速で進行しているという都市伝説が前世にあったが、本当だったんだな。
次々と質問を浴びせる僕に対し、二人の従者は淀みなく答えてくれる。
しかも、時折笑みを浮かべながら。
「ヴェイグ様は随分と熱心ですね」
イシューが目を細める。
「いや……ただ、興味深いだけだ」
自分の好奇心旺盛さは認めざるを得ない。
ただ、この旺盛な好奇心の先にある目的は、すべて「脱ゲキマズ飯」のためだった。
その時、馴染みのある芳しい香りがしてきた。
ふらふらとそちらに足が向かっていく。
そこには青色で少し不気味だが、どこからどう見ても焼きとうもろこしが売られている屋台があった。
思わず買ってしまったのは、前世の記憶がこれが焼きとうもろこしだと教えてくれたからだ。
とうもろこしが魔界にもあるなんて、これは嬉しい誤算だ。
「美味しそうですね」
「懐かしい匂いです」
二人の声に、思わず振り返る。
え、焼きとうもろこしを知っているのか。
人間界の食べ物のはずだけど。
「……食べてみたことはあるのか?」
尋ねると、二人は顔を見合わせた後、小さく頷いた。
「人間界に出向いた際に一度……」
『人間界に行けるのか!? ……しかも、この二人が!』
その時、ヴェイグの身体が強烈な拒否反応を示し、左胸の刻印が痛む。
洗脳が働く兆候だ。
これ以上の深掘りは命に関わる危険がある。
「いや……後で詳しく聞く」
顔を背けて歩き出した。
「はい……お役に立てず申し訳ありません」
アランが丁寧に頭を下げる。
謝ることじゃない、むしろ情報収集に付き合ってくれて感謝しかないよ、と心の中で呟きながら、僕はまた歩調を速めた。
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第10話をお読みいただきありがとうございました!
いよいよ、魔界のゲキマズ飯改善の為に動き出しました。市場には見た事ないモノばかりでついつい、目移りしていたら従者二人がまさか人間界に行った事があるなんて!?次回も市場探索は続きます。お楽しみに
次回の第11話は、【明日のお昼(12:00頃)】に投稿予定です。
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