第11話 闇騎士ヴェイグは普通に歩けない⑥ ── ちょっと魔界の市場へ買い食いに出かけたら、不穏なポーカーフェイス男に遭遇しました
ふと目を留めたのは、黒いパンの山だ。
形こそ歪だが、普通の小麦粉のように見える。
店番の女性がこちらに気づき、快活な声を掛けてきた。
「お客様! こちらは魔界小麦を使った『昏闇パン』です。焼きたてですよ!」
「魔界小麦……」
「ええ! 瘴気を吸って育つ特別品種で──」
また出た、瘴気パワー。
それで品質保証をするという方式は、元人間の僕からすればマジで謎すぎる。
あれかな、前世で言う有機野菜とかのイメージで良いのだろうか……。
「四つ貰おう」
ヴェイグの硬い声音で購入を決める。
なんだかんだ言っても、結局は好奇心には勝てない。
店員は嬉しそうに微笑み、手際よく袋に詰めてくれた。
「魔界小麦はそのまま食べると歯茎が溶けますから、注意が必要です」
イシューがさらっと恐ろしい情報を挟んでくる。
「おいおい……」
「冗談ですよ?」
くすくすと楽しそうに笑うイシュー。
冗談のタチが悪すぎる。
こうして、魔界市場での奇妙な買い食いツアーが始まった。
分かったことは、見た目がまともだからといって油断してはいけないということだ。
紫色のトマトのような果物が山盛りで売られている店を見つけ、「これは生で食べられるのか?」と訊いてみたのだが──。
「あー……あまりお勧めしませんね。高濃度の魔力を含むので、乾燥させて少しずつ薬として使うものです。生で食べるなら、その横の『歌を歌っている果実』ならみずみずしくて美味しいですよ」
といった具合に、これまでの人間界の常識で考えると基本的にはハズレを引くばかりだった。
ただ、何度も店を巡るうちに大体の法則が分かってきたのだった。
紫色や赤色は高魔力で薬用、あるいは高級品。ただし味は保証しない。
逆に青色やど派手な蛍光色は、見た目こそ最悪だが比較的人間界の食材の味に近い。
◇
では、肉は焼けばいけるのだろうか。
視線を向けた肉の屋台からは、串刺しにされた様々な肉が焼かれ、食欲をそそる香ばしい煙を漂わせていた。
店主と目が合って軽く会釈すると、彼も威勢よく声を張り上げる。
「お客さん! お目が高いねぇ! おすすめは『瘴気鹿』のフィレだよ!」
もう慣れたものだった。
瘴気鹿、すなわち「中毒性はあるけれど美味しい肉」くらいの認識で十分だ。
「串を六本くれ」
注文すると、店主が手際よく肉を鉄板に乗せ始めた。
「お兄さんは見慣れない顔だね。旅行かい?」
店主が軽口を叩く。
隣でアランがピリッと警戒を強めるのを感じたが、僕は軽く首を振ってそれを宥めた。
「いや……ただの散策だ」
ヴェイグらしくぶっきらぼうに答える。
魔界で「ただの散策」という言葉がどれだけ通用するかは分からないけれど。
肉が焼ける音と共に、立ち上る煙はやはり紫がかっていた。
紫──。やっぱり、普通ではない。
「あっ、そうだ!」
店主が思いついたように手を打った。
「お客さんにサービスでこれをやるよ」
ポンと手渡されたのは、手のひらサイズの小さな巾着袋。
その中で、何かがかすかに蠢いている。
「え?」
思わず受け取ってしまった。
「お礼にこいつを持って行ってくれ。飢えた時の非常食だ」
『非常食!?』
生きた蟲とかだったら最悪すぎる。
恐る恐る袋の中身を覗き込むが、予想を裏切るものが入っていた。
「……卵?」
透明な殻に包まれた蛍光ピンク色の球体、それが三つほど詰まっている。
「魔界の田舎の方で採れる【幻獣卵】だ。孵化させれば魔物騎乗用の雛になるぞ!」
いや、孵化させない。というか、こんなところで孵化したら大惨事だ。
「ありがたく貰っておく」
ヴェイグの抑揚のない声で答えると、店主は満足そうに笑った。
「ところで、君の連れの二人は侍女かい?」
『侍女!? 違う違う、従者だ。しかも男だ』
アランが反射的に拳を握り、それを察したイシューが慌てて彼の袖を引っ張る。
「ははは……違いますよ。私の部下です」
「部下……?」
店主が片眉を上げた。
ヴェイグの纏う漆黒の装束と、従者たちの隙のないフォーマルな服装を見比べる。
「そりゃあ、随分な大物さんだな」
店主は納得がいったように、悪びれずに笑った。
なんとか誤魔化せたようでホッとする。
だが、これからは迂闊に買い物もできないなと気を引き締める。
支払いを終えて店を離れ、串を手に持ちながら市場の奥へと進んだ。
串の肉は、見た目こそ禍々(まがまが)しい朱色だったが、味は上質な牛ステーキに近く──意外にも美味しかった。また、市場に来たら買って帰ろう。
瘴気鹿なんて不吉な名前だが、素材が良ければちゃんとした味になるのだ。
「ヴェイグ様……その卵、どうされるおつもりですか?」
アランが心配そうに尋ねてくる。
もちろん、孵らせたりはしない。常識的に考えて。
でも、せっかく貰ったものをこの場で処分するのも気が引ける。
「研究用だ」
「研究……ですか?」
「魔界の生態系に関心がある」
アランが深く感心したように頷き、隣でイシューが小さく吹き出した。
嘘ではないけれど、ちょっと大袈裟に言い過ぎてしまったかもしれない。
◇
そんな会話の最中──突然、背筋が凍るような気配を感じた。
ヴェイグとしての本能が、鋭く警告を発している。
『敵か!?』
振り返るが、視線を感じるのは露店の影だ。
人混みの奥、佇む黒装束の男が僕たちをじっと見据えていた。
一体誰だ。
ヴェイグの目は闇夜のような紫紺。
その瞳が捉えたのは、鋭い爪を持つ手だった。
男がそっと、自身の指を噛む動作を見せる。
あの独特の不審なポーズ、前世のゲーム知識にあるぞ。
あれは間違いない、人間界で救世主イヴェットのバックアップを担当している主要組織──『満月教』の隠密だ。
なぜ満月教の人間がこんな魔界の市場にいるんだ?
だが、魔界での活動をする為の薬があると教えてくれたのも満月教だったな……。
そう考えると斥候がいるのも変ではないか。
アランとイシューも同時に気づいたようで、静かに身構えた。
こんな衆人環視の中で襲ってくる気だろうか。いや、違う。あれは──。
男の口元が微かに歪んだ。
……あ、いや待て。思い出したぞ!
あいつ、公式のキャラクターQ&Aで「極度のコミュ障で表情筋が死んでおり、真面目な時ほど顔が引き攣って凶悪な嘲笑に見えてしまう」って弄られてたNPCだ。
意味、今のもただのド緊張か?
ゲーム画面のドット絵でも再現されていた残念なポーカーフェイスだが、リアルで見るとただの不穏な暗殺者にしか見えない。心臓に悪すぎるだろ。
単身で魔界に消えた男の背中を見送りながら、僕は内心で戦慄していた。
「追いますか?」
アランが小声で問いかけてくる。
僕は静かに首を横に振った。
「今追っても逃げられるだけだ。まずは情報収集を優先する」
どうせこちらに用があれば尾行してくるのだろう。
というか、あんな壊滅的な顔面コントロールでよく魔界に潜入できたものだ。
即座に職質されて処刑されないか、味方側の人間ながら逆に心配になってくる。
──と、そこまで考えて、僕はふと重大な事実に気づいてしまった。
待てよ、僕も他人のことは言えないぞ。
今の僕は洗脳のせいで顔の筋肉がガチガチに固定されており、ヴェイグとしての『冷酷無比な鉄面皮』しか出力できない状態じゃないか。
つまり実質、僕の表情筋も完全に死んでいる。あの男と同類だった。
まさかの特大ブーメランが自分に突き刺さる。
『僕だって、イヴェットたちと過ごしていた時みたいに普通に笑いたいわ!!』
内心でめちゃくちゃ激しく落ち込む僕をよそに、アランが深く感銘を受けたように頷いた。
「かしこまりました。さすがはヴェイグ様、敵の揺さぶりにも一切動じぬその冷静沈着さ、恐れ入ります」
「……ああ」
動じてないんじゃない、自虐でそれどころじゃないだけだ。
なんとかヴェイグの声で平静を装う。
「次はあの店に行ってみよう」
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第11話をお読みいただきありがとうございました!
次回、市場を巡るエルニアたちに大ピンチ到来!? 市場が急に戦場になります。
明日も同じ時間に更新しますので、お楽しみに。
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