第7話 闇騎士ヴェイグは普通に歩けない② ── 配属された専属従者三兄弟、キャラの癖が強すぎて中身のツッコミが追いつかない
「ご無礼致しました、ヴェイグ様。お怪我はございませんか?」
いつの間にか背後に控えていた使用人が、深々と頭を下げて謝罪してきた。
表情には不安よりも畏怖の方が強く滲んでいる。闇騎士という肩書きの重さを、改めて感じる瞬間だ。
「問題ない。新しいものを用意してくれ」
努めて冷静に答える。声は相変わらず、ヴェイグの低く凛々しい声質だ。
だが内心では舌打ちしたい心境だった。
『こういう時のオートボイスってホント厄介だよな……カッコよく決まるけど、僕としては全然嬉しくない。それに、彼は悪くないのに謝らせてしまって申し訳ない』
新しい水差しとゴブレットを受け取ると、一口含む。
喉の渇きが潤されて、ようやく落ち着いてきた。
それと同時に、先程の胸痛の原因について考察する。
もしかしたら、イヴェット達が再起を図った可能性が高い。
あるいは、単なる魔王からの牽制なのかもしれない。
どちらにせよ、無視できる問題ではなかった。
正式に配属された従者たちの動きを見極めつつ、唯一の突破口を探る。
それはきっと──イヴェット達との接触だ。
◇
「ヴェイグ様。挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか?」
危ない……。目の前に人がいるのに考察に気を取られてしまっていた。
視線を戻すと、いつの間にか使用人が三人に増えている。
「改めてご挨拶申し上げます、ヴェイグ様」
眼前に控える三人の従者は一斉に頭を垂れた。
よく見れば、彼らの髪色はそれぞれ異なっている。
まず真ん中の男は、真っ白い髪にグレーと黒のツートンが特徴的。
右側の男は、灰羽色のベースに白いインナーカラーがアクセントとなっている。
最後の左側の男は、漆黒の髪に前髪部分だけグレーメッシュが入っていた。
『うわ……何だこいつら全員染めすぎだろ!? トリオ漫才師かよ! 待てよ、魔族なのだからこれは地毛なのか……?』
だが驚いたのはそれだけじゃない。
顔立ちや雰囲気までそっくりなのだ。
まるでDNAレベルで同一人物と言わんばかりの類似性である。
「白髪基調の私、アランでございます」
『基調ってどういう事!?』
「灰羽色担当のイシューです」
『担当って何だよ!』
「黒髪代表、ロスタです」
『もう全部一緒じゃん! 区別するのが難しい!!』
……ダメだ、くだらない突っ込みでも頭の中で回してないと、恐怖とプレッシャーで押し潰されそうになるな、集中集中!
三人はほぼ同じタイミングで顔を上げた。
三つの同じ顔が、三方向から同時に見つめてくるという未知の恐怖。
「我々三人、古よりヴェイグ様にお仕えする一族の末裔であります」
『え? 僕? そんな設定あったか?』
彼らが一歩前に出ると、仄かに麝香のような香りが漂った。
上品だが妙に妖艶な芳香。
どうやら高位魔族には、それぞれ個性的な体臭が備わっているらしい。
「本日より正式に従僕としてお傍にお仕えさせて頂きます」
三人が一糸乱れぬ動きで片膝をつき、再度礼をする。
まさに完璧なハーモニー。
まるで訓練された合唱部さながらのユニゾンだった。
『ちょっと待ってほしい。僕は誰かに仕えられる立場じゃないんだが? いや、ヴェイグは魔王軍幹部だから必要なのかな? 分からなくなってきた』
内心で焦りまくるが、当然口から出るのはヴェイグの尊大な返答だ。
「……了解した。アラン、イシュー、ロスタと申したな。以後頼む」
『ああもう! また自動口調モード発動かよ!』
とはいえ、ここで突っ込んでも意味はない。
というか下手に否定して怪しまれる方がまずい。
現状維持が最善策だろう。
「承知いたしました」
再び三つの声が揃う。
相変わらず息ぴったりだ。
それぞれ個性的な髪色なのに、統一感があり過ぎて逆に怖い。
◇
「あの……質問してもいい?」
これ以上の困惑は脳に悪い。
シンプルな疑問から攻めるしかない。
アランが代表して返事をした。
「何なりとお訊ねください」
「君達って兄弟なのか?」
『あ、やべっ。驚きすぎてヴェイグ口調にするの忘れた!』
さぁ、直球勝負だ。さすがに否定されるだろ。
ところが、彼らは互いに顔を見合わせクスクスと笑い始めた。
まるで照れる姉妹みたいだぞこの感じ。
だが、どう見ても僕よりは上に見える成人男性。
脳が理解を拒む。
「いえいえ、血縁はありません。偶然同じ顔立ちになってしまっただけでして」
「幼少期からずっと一緒に育ちましたからねぇ」
「最早兄弟以上の絆がありますが」
『つまり全然関係ないただの他人ってことか!? それでこの一致率? 遺伝子検査したほうが良くない? 生き別れの兄弟とかじゃないの!?』
困惑していると、イシューが微笑みながら補足した。
「我々の一族には“同胞同貌”という習性がございまして」
「簡単に言えば、近しい仲間が似てくるんです」
「環境遺伝子の相互作用と申しますか」
『いやいや聞いたことないわその法則。何でもありなのか……魔界』
それでも彼らの説明は合理的に聞こえるから困る。
魔族ならではの生態なのかもしれない。
「ちなみに髪色は、本人の特性を表しております」
「白黒の私は堅実型」
「灰白インナーは中庸型」
「黒グレーメッシュは冒険型ですね、好奇心旺盛です」
最後のロスタが満面の笑みで締める。
『何そのパーソナルカラー診断みたいな区分け! 全然違うだろ絶対!』
だが、よくよく彼らを観察すると、内心では妙に納得してしまう自分もいた。
アランのツートンは確かに安定感があるし、イシューの柔らかな灰羽色も穏やかな印象だ。
ロスタの前髪グレーメッシュだけが若干尖って見えるのも……まぁ、言わぬが花だろう。
「そうか。とてもわかりやすい説明だ、ありがとう」
よし、僕も大人の対応ができたぜ、と心の中で小さくガッツポーズを取っていると、不意にアランが真剣な表情を見せた。
「実はヴェイグ様のご様子がおかしいと陛下から仰せつかっておりまして」
『きたか……監視役確定か』
思わず身構えるが、彼らは続く言葉を発しない。
どうやら魔王から詳しく指示されてはいないらしい。
ならば今のうちに情報収集しておくべきだ。
「おかしい……とは具体的にどういう事だ?」
『さあ、乗ってくれ。この餌に』
アランたちは一度互いの顔を見合わせると、慎重に話し始めた。
「例えば……思索に耽る時間が多い」
「行動パターンに微妙な変化が見受けられたり」
「考え込むクールな表情が素敵という報告も」
『全部バレてるじゃん!』
という戦慄を置き去りにして、思わず口が動いていた。
「……ん? 最後のは、ただの個人的な感想ではないか?」
「えへへ、お耳汚しを」
ロスタが照れくさそうに頭を掻き、アランがコホンと強めの咳払いを挟む。
……しまった、いけない、ついツッコミを入れてしまった。
冷や汗が背筋を伝う。
まさか初日の時点であんなにもマークされていたとは。
平静を装わなければ。
「しかし陛下は“様子を見よ”と仰いましたので」
「我々としても普通に接するようにと」
「ヴェイグ様って笑ったりするんですか?」
『くっそ……やっぱただの忠臣じゃなくて魔王の斥候か。でも利用しない手はないよね』
「ありがとう。心遣い感謝する」
表面上は落ち着いて返しつつ思考を巡らせる。
ここで下手に警戒心を見せたら逆効果だ。
むしろ彼らから情報を引き出すチャンスかもしれない。
イシューがふと小首を傾げた。
「それと最近、魔王様の気配が少し……」
「「イシュー!」」
アランとロスタが同時に被せるように制止する。
一瞬見えた動揺と伏せられた瞼──。
『なんだ……? 何か言いかけた?』
「すみません、失礼致しました」
慌てて頭を下げる三人組。
まるで示し合わせたかのようなシンクロっぷりだ。
はっきり言うのが怖くて止められたのだろうか?
それとも僕に聞かせたくない情報がある?
いずれにせよ重要なヒントには違いない。
「構わん。続けてくれ」
あえて促してみる。すると、今度はロスタが恐る恐る口を開いた。
「実は最近、魔王様が頻繁に外出なさる様子でして」
「かつ、従者を連れずに単独でいらっしゃる」
「これは過去に例の無いことで」
単独行動……? あの用心深そうな魔王が? 何の目的で?
疑問符が脳内で渦を巻く。
魔王が自分のテリトリーを離れ、積極的に動くというのはあまりにも異質な行動だ。
「理由については?」
「いえ、詳細は存じませぬ。ですが――」
「「「どうかご用心ください」」」
三人の声が完全に一致した。
寸分の狂いもなく、同じ口調、同じ表情で。
まさしく魔界合唱団の十八番といったところか。
見慣れてきたとはいえ、何度見ても奇妙な光景である。
用心……ね。言われなくても十分注意してるつもりだけど。
胸中の刻印がちくりと疼いた気がした。
やはり魔王の不在には、何か企みがあるに違いない。
それとも、純粋に息抜きでもしているのだろうか。
どちらにせよ、このチャンスを逃す手はない。
「分かった。肝に銘じておく」
よし、言質は取った。後はこいつらを利用して動くだけだ。
三人は安堵したように肩の力を抜いた。
そして、それぞれ持ち場に戻るべく礼をしながら散っていく。
「では、私は厨房にて夕餉の支度を」
アランが言えば、イシューがそれに続く。
「私は洗濯物を確認して参ります」
「私は書庫で資料整理を」
最後はロスタが締めくくった。
待て待て、やる事全部バラバラじゃん!
そこは去る時も一気にいけよ、シンクロ三兄弟。
内心で突っ込みつつも、さすがに口には出さない。
代わりに、一つのアイデアが閃いた。
「ロスタ」
呼び止めると、黒髪にグレーメッシュの彼が振り返る。
「書庫に行くなら、ついでに古い文書を探しておいてくれ。歴代の“救世主”に関する記録だ」
イヴェットたちの情報があるかもしれない、という期待を胸に詰め込む。
彼の瞳が僅かに揺れた。
だが、すぐに平静を取り戻す。
「承知しました。必ず見つけ出して参ります」
「ありがとうございます」
何故か感謝された。命令されたのがそんなに嬉しいのだろうか?
三人が退出すると、室内は再び静寂に包まれた。
窓の外には赤黒く淀んだいつもの空が広がっているが、魔王の不在のせいか、その境界がほんの僅かに揺らいでいるように思えた。
『さてと……次はどう動くか』
胸元の刻印にそっと触れる。
魔王が不在の今こそ絶好の機会だ。
とはいえ、迂闊に動けばすぐに察知されるリスクもある。
慎重に、でも迅速に行動しなければならない。
まずはイヴェットたちとの連絡手段を確保しないとな。
それから、まだ合流してない救世主一行の動向、あと……あと……あーもう! やる事多すぎる!
ため息をつきつつも、思考を切り替える。
幸運にも、協力者候補(?)が三人も増えたんだ。
これを無駄にしてはいけない。
「頼むぜ三兄弟……いや、三従者」
呟きながら窓辺へ歩み寄る。
遠くで鐘楼が夕刻の調べを響かせ始めていた。
いつまでも、ここに捕まっているつもりはない。
拳を握りしめ、決意を新たにする。
胸の奥の痛みはまだ残っているが、心は折れていない。
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第7話をお読みいただきありがとうございました!
新キャラ三従者はいかがでしたか?設定が決まってからの彼等は楽しく動かせてしまってドンドン活躍が増えて大変でした。これからもアラン達従者とエルニアのデコボコ主従をお楽しみに!
次回の第8話は、【明日のお昼(12:00頃)】に投稿予定です。
現在、スタートダッシュを懸けて毎日更新中です。
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