第6話 闇騎士ヴェイグは普通に歩けない① ──肉体が勝手に模範的(エレガント)な最強ムーブをかましてくる件
何回か手を握ったり開いたりして、本当に僕の意思で動かせるのか確認する。
謁見の間を出た僕は、わずかに動く足を引きずるように歩き出した。
門が開かれると、そこには長い廊下が続いていた。無数の影のような衛兵が静かに控えている。
逃げる……なんて無理だよな、今の僕じゃ。
それでも、この状況から抜け出す方法を考え続けなければ。
どんな手段でもいい。たとえほんの少しでも、隙があれば──。
ふと振り返ると、玉座にはもう誰もいなかった。
代わりに、低く冷徹な魔王の声が耳元で囁いたような気がした。
『期待しているぞ……私の可愛い操り人形よ』
──ゾクリ、と全身の毛が粟立つ。
恐怖と屈辱が入り混じった感情が、洗脳された身体と思考の狭間で暴れていた。
これ以上この場にいて、また完全に操られたら堪らない。
僕はヴェイグの肉体が出せる限界の速さで廊下を進む。
しかしその足取りは、まるで舞踏会にでも出かける貴族みたいに優雅で、妙に絵になる男のものだった。
これがヴェイグの癖なのだろう。無駄にカッコつけた動作がデフォルトになっているらしい。
普通に、もっと自然に歩きたいというのが本音なんだけどな。
そう思った矢先、突然頭の中で火花が散ったような感覚が走る。
次の瞬間には、僕の意思を無視して勝手に口が動いていた。
「私室に戻る。湯浴みの用意を頼む」
「はっ、ヴェイグ様」
いつの間にか背後に控えていた、お仕着せ姿の男性型の魔族が、こちらに向かって深々と礼をする。そして、まるで目の前から闇に溶けるように消え去った。
『えっ、消えた!? 魔族の人って誰でも転移魔法が使えるのかな……。羨ましいなんて、全然思ってないんだからね!』
──と、他人の魔法に感心している場合ではなかった。頭がズキリと激しく痛む。
それと同時に、さっきの魔族が使った転移魔法の「感覚」が、知識として脳内にドロリと流れ込んできた。
どうやら、ヴェイグとしての肉体なら僕も同じように使えるらしい。その感覚は後で覚えておこう。
だけど、問題はそこじゃない。
『って、ちょっと待って何勝手に喋ってるんだよ自分!? それに湯浴みって何!? 僕、そんなこと一言も考えてないんだけど!』
内心で大パニックを起こしても、既に遅い。
なぜか僕の声帯から紡ぎ出されたのは、流麗な低音で発せられた、完璧な命令口調だった。しかも内容が完全にヴェイグらしい上流階級っぽいセリフだ。どんだけ上品キャラなんだよ闇騎士ヴェイグ。
自分の口から飛び出た言葉に驚愕する間もなく、足は勝手に目的地に向かって進んでいく。
◇
薄暗い廊下を抜けると、そこは魔王軍の兵士たちが訓練をしている中庭だった。
磨かれた石畳の上に僕が姿を現した瞬間、全員が訓練を中断し、こちらに向かって直立不動の敬礼を捧げる。
兵士たちの目には、底知れない敬意と恐れが混ざっていた。
なんでこんなところに来たんだろう。訓練場って……まさか僕に戦えってこと!?
慌てる僕をよそに、一番前に立っていた隊長らしき大柄な魔族が進み出て、恭しく頭を下げた。
「ヴェイグ様。ご活躍の噂はかねてから聞いております。是非ともその剣技、我らにご指導いただけませんか」
『指導って何!? 僕が!? 無理無理無理!』
だが、喉の機能は僕のパニックを綺麗に無視する。
「良かろう。手合わせを願おう」
『おいちょっと待て!』
抗議する暇もなく、ヴェイグの身体はスッと動いた。
腰の鞘から抜かれたのは、黒銀に輝く巨大な剣だ。
片手で軽々と振り上げると、その刃が淀んだ光を反射して冷たく煌めき、人形のような紫水晶の瞳が、戦意によって鋭く輝く。
重さを感じられないその剣の感覚と共に、脳裏に電流のような情報が流れ込んできた。
【闇騎士ヴェイグ専用武器『断罪剣ブラックエスパーダ』:重量軽減・耐久性∞・闇属性付与】
思考が追いつかないまま、魔族の兵士が二人、前に出た。彼らもそれぞれ得物を構え、臨戦態勢を取る。魔族特有の青白い肌と尖った耳が、独特の緊張感を醸し出していた。
これ、人間業じゃなくないか、怖い!
内心でガタガタ震えているのに、身体はまったく別の反応を見せていた。
迫り来る二人の攻撃に対し、素早く半歩下がると同時に、左手で鎌槍の一撃を完璧にいなし、右足で地面を蹴って跳躍。空中で身体を捻りながら『断罪剣ブラックエスパーダ』を一閃させる。
風圧だけで空気が裂ける感触がした。
『おお……身体が勝手に動いてくれるのはありがたいけど……なんか末恐路しいな、これ!』
着地と同時に、今度はこちらから攻め込んだ。闇騎士の剣捌きは滑らかかつ獰猛だ。次々と繰り出される流麗な連撃に、魔族の兵士たちも防戦一方となる。
漆黒の鎧が太陽の光を吸い込み、紫水晶の眼差しは氷のように冷徹だ。その一挙手一投足は、まるで精巧な絡繰り人形のようで現実味がない。
凄いな……昨日までの僕じゃ、絶対にこんな風に捌けなかった。
身体のスペックの高さに感動しつつも、かつての自分の無力さを思い出して少しだけ胸がチクリとする。
汗が飛び散る中、手合わせを終えた隊長が興奮した声で叫んだ。
「素晴らしい……これが噂に聞く闇騎士の真骨頂ですか!」
『いや全然嬉しくないし、むしろ圧倒的な実力差で無双しちゃって申し訳ない気持ちしかないんですけど……』
内心では焦りっぱなしでも、表に出るのは悠然とした態度だけだ。剣を肩に担ぐ仕草さえも上品で優雅にきまっている。
「まだまだ粗削りだな。基礎体力から鍛え直す必要があろう」
『言っちゃったよこの口! 何の教官気取りだよ……!』
「ご指導感謝致します、ヴェイグ様!」
去っていく僕の背中に、兵士たちの割れんばかりの敬礼が飛ぶ。
なんだか妙に強くなっている気がする。っていうか元々ゲーム内でも最強クラスの設定だったもんな、闇騎士ヴェイグ。
僕は心の中で自嘲気味に苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇
やっとの思いで割り当てられた私室に戻り、一人になれた空間に入った途端、深いため息が漏れた。
「はぁ……今日は色々あり過ぎた」
部屋の隅にある湯浴み場所へ向かうと、脱衣籠にはすでに完璧な着替えとタオルが用意されていた。さっきヴェイグの肉体が勝手に頼んでいたやつだ。ここまで準備万端にされると逆に申し訳ない。
薄暗い室内にランプの灯りが揺れる浴室に入ると、ひんやりとした湿気が包み込んだ。
広々とした大理石造りで、浴槽からは高級な香油の匂いが漂う。
うわっ、贅沢過ぎる設備じゃないか。まぁ魔王軍幹部様の部屋だし、当然と言えば当然か……。
ふと、磨き抜かれた鏡が目に入る。そこには、ヴェイグの姿が映っていた。
エルニアの時より逞しく均整の取れた肉体。深藍色の長い髪と、光を失った紫水晶の瞳。
別人すぎる……。ゲーム画面越しに見ている時はカッコいいと思ってたけど、リアルになると複雑だな。というか、この長い髪の毛はどうやって乾かせばいいんだ?
──その時。
鏡の中のヴェイグの姿が、一瞬だけ血塗れになって崩れ落ちるようなバグっぽい映像が見えた。
え? 今、返り血?
うわ、悪趣味なホラー演出仕込んでるなこの鏡。それともただのグラフィックのバグか? 死んだ魚の目より濁ってる自分の顔にビビっただけかもしれないけどさ。
軽く首を振っておぞましいインテリアセンス(?)をスルーすると、湯船に浸かった。温かいお湯で疲れた筋肉がほぐれていく。
だけど、頭だけは冴え渡っていて考え事が止まらなかった。
イヴェットたちは無事だろうか。逃げ切れているといいんだけど。
洗脳された時の、あのイヴェットの絶望と怒りが入り交じった表情がフラッシュバックする。同時に、強い罪悪感が心臓を締め付けた。
「どうにかして、元に戻れないものか……」
大きいため息と共に水面に波紋が広がる。今の状況だと全く希望が見えない。
でも、メソメソしてても始まらないよな。魔王城の移動許可はもらったんだ。だったら、この城のマップを完璧に把握して、いつかみんなが攻めてきた時のための最強の内通者になってやる!
そう前向きに決意し、身体を拭き、用意されていた洗練された衣類を身につける。部屋のゴテついた豪奢な家具を見回し、やっぱり成金趣味で好みじゃないな、僕はもっとシンプルで使いやすい家具が好きなんだけどな、と小さくごちた。
◇
「お風呂上がりの一杯の水は健康のためにも飲むのを習慣にしましょう」
全く関係のない前世の知識を思い出して憂憂鬱な気分を切り替え、水差しからゴブレットへと水を移す。
それを口元へ運ぼうとした、その時だった。
左胸の刻印が、急激に焼けるような激痛を放った。
「ぐっ……、あ……!?」
唐突に力が抜け、取り落としたガラス製のゴブレットが床で派手に砕け散る。
鋭い破片が飛び散る中、それに構う余裕もなく、僕はその場で膝をついて激しく喘いだ。
『なっ……なんだこれ……痛い! 熱い……!』
まるで炎が皮膚の下で渦巻いているようだ。視界がチカチカと点滅し始め、耳鳴りが轟く。
左胸にある、魔王に与えられたあの忌まわしい紋章が、生き物のように赤く脈打っていた。
『まさか……魔王の遠隔操作!? いや、さっき無意識に『元に戻りたい』って強く願ったことに反応したのか……!? だったら判定厳しすぎませんか魔王様! もう迂闊に本音も抱けないのかよ……!』
幸い、部屋の防音と魔力感知遮断の結界のおかげで、外の警備兵が入ってくる気配はない。痛みに悶える情けない姿を見られずに済んだことだけが救いだった。
数十秒後、ようやく激痛の波が引いていく。
額の脂汗を拭いながら立ち上がると、胸元の刻印は既に沈静化し、微かな光を帯びるだけに戻っていた。
「くそ……一体何が起きているんだ?」
動悸を抑えながら、散らばったゴブレットの破片を拾い集めようと手を伸ばした──その刹那。
「ご無礼致しました、ヴェイグ様。お怪我はございませんか?」
音もなく、いつの間にか背後に控えていた使用人の魔族が、深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べていた。
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第6話をお読みいただきありがとうございました!
魔王城をマッピングするぞ!と気合を入れていたらまさかの自動操縦で手合わせしたり、お風呂入ったりとツッコミが絶えません。エルニアの魔王城攻略?はまだまだ続きます。
次回の第7話は、【明日のお昼(12:00頃)】に投稿予定です。
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