第49話 魔王「反抗したら激痛で思考上書きね」……記憶をぼかされた僕は、日本語の暗号メモとお刺身の野望で対抗します
美味しい朝食を平らげ、猛烈な胃もたれ(精神的な意味で)を感じていた僕の前に、アランが一枚の綺麗な羊皮紙を恭しく差し出してきた。
「……これは何だ?」
僕が低く端的に尋ねると、アランは微塵の隙もない完璧な一礼と共に優雅な笑顔で答えた。
「本日より導入いたします、ヴェイグ様の『極密療養期間中』における専属護衛表にございます」
『えっ、シフト表ってこと……!? バイトか何かなの!?』
羊皮紙を広げた僕は、そこにぎっしりと書き込まれた文字を見て言葉を失うしかなかった。
【早朝〜昼:イシュー(定期触診・魔力調律・薬湯給仕)】
【昼〜夕方:アラン(書類代行・室内警護・読書のお相手)】
【夕方〜夜:ロスタ(特製栄養食調理・室内清掃・マッサージ)】
【夜間〜翌朝:アラン(寝室前立ち番・定期生存確認・魔力漏出チェック)】
『待って待って待って!! 24時間誰かしらが僕の部屋か真横に張り付いてるスケジュールなんだけど!? 隙間時間が1分も存在しない!! 最後の定期生存確認の「魔力漏出チェック」って何!? 御老人の安否確認かよ!』
冷や汗をダラダラ流しながら、僕は必死に平静を装って口を開いた。
「アラン。お前の心遣いは嬉しく思うが……これではお前たちの本職である近衛の仕事が滞るのではないか?」
闇騎士ヴェイグは近衛担当の最高幹部だ。
僕が暇なのはともかく、現場を仕切る彼らまで仕事を放り出して僕にベタ付きしていたら、魔王軍の警備がガタガタになってしまう。
イヴェットたちが来る前に陛下に謀反を企てていると思われては面倒だ。
だが、アランは誇らしげに胸を張って言い切った。
「ご安心ください、ヴェイグ様。すべては日頃よりヴェイグ様が残してくださった『業務の手引き書』と『人員配置の最適化』のおかげです。書類の鋳型の作成や、効率重視の陛下のお好みに合わせた勤務の可視化──あのお気遣いによって、末端の兵士たちまで意識改革がなされ、我らが出張らずとも完璧に現場が回る工程が完成しております!」
『あ、あ〜〜ッ!! 自分が暗躍しやすくするために前世の現代の経験を活かして職場環境を極限までホワイト化したツケが、こんな形で返ってくるなんて……!!』
自分が撒いた「優秀すぎる業務効率化」の種によって、完全に退路を断たれた瞬間だった。
自分の首を自分で見事に締めるというドツボにハマった図である。
しかし、こんなことでめげてはいられない。
僕は何としても前世のゲーム知識を使ってイヴェットの手助けをせねば……僕はとりあえず目の前の従者たちに指示を出し、表向きはアランに渡されたシフト表を粛々と受け入れたのだった。
◇
『原作の展開なら、次にイヴェットが魔王軍と戦うのは──』
──思考を巡らせようとした瞬間、脳の奥でジジッ、と小さな砂嵐が跳ねた。
『……待て。なんで僕は、こんな重要なイベントを今まで意識すらしていなかった? 救世主の故郷崩壊(レテラ村)や、あの時(――砦での悪夢。こっちに関しては未だに記憶が汲み出せない)のこともそうだ。原作知識を持っていた僕が、あんな大事なフラグや記憶を、都合よく忘れているはずがないのに……』
背筋を冷たい汗が伝う。
脳裏に浮かんだのは、あの優雅にティーカップを傾けていた魔王ユラシーズの笑顔。
『アイツ……ホワイトお茶会で僕の精神をケアするフリをして、僕の頭から「都合の悪いゲーム知識」や「不都合な記憶の解像度」だけを巧妙にぼかし、麻痺させてたのか……!』
魔王の姑息なカラクリに気づき、腹の底から激しい怒りが湧き上がる。
──ふざけやがって、あんなお茶会なんて二度とごめんだ! 次に会ったら絶対に文句を言ってやる……!
その瞬間だった。
ジジジッ、と脳の奥で激しい砂嵐が跳ねると同時に、左胸の漆黒の刻印が焼け付くように激しく脈打った。
「ぐっ……あっ……!?」
耐えがたいほどの激痛が思考の芯を焼き焦がし、先ほどまで燃え盛っていた反抗心や怒りを、まるで冷水を浴びせたかのように無理やり引き剥がしていく。
頭が真っ白になり、目の前がグラリと揺れた。
……あれ? 今、僕は何に怒っていたんだっけ?
痛みが引いたあとに残ったのは、妙にスッキリとした、気怠いほどの思考の静寂だった。
いや、陛下の厚意であるハーブティーの効果で、日頃の疲労が抜けただけか。
そう……陛下は僕の体を気遣ってくれているのだから、余計な邪推をするべきではない。
「……っ、はぁ、はぁ……」
なぜか噴き出ている冷や汗を拭いながら、僕は荒れた息を整える。
何か劇的にHPが削れたような、そんな違和感を覚える。
隣の部屋で作業をしてくれるようになったアランへ聞こえないよう、必死に声を押し殺したつもりだったが、その異変を察知したのか、彼は俊敏な動きで現れると僕の背中を優しく労わるように摩ってきた。
「やはり……まだ体調が万全ではないのではないですか!?」
僕よりも顔色を悪くして覗き込んでくるアラン。
彼がすかさずイシューを呼ぼうと伸ばした手を、僕は必死に止める。
「……いや、いい。瘴気とはまた別の要因だ。しばらくすれば治る、気にするな。作業に戻れ、アラン」
「しかし……っ!!」
声を荒げて静止させようとする彼を制し、僕は机の上の書類と向き合うフリをして不動を貫いた。
やがて諦めたのか、アランは何度もこちらを振り返りながら、苦渋の表情で隣の部屋へと戻っていった。
『心配をかけて大変申し訳ないんだけど……。この洗脳魔法の後遺症?みたいなのは、アランたちに相談したところでどうにもならないし、余計な心労を背負わせたくないんだよね』
だが、やっと訪れた千載一遇の暗躍チャンス! これを逃すわけにはいかない。
僕は懐から、わざと日本語──この世界の人々からすれば幾何学的な暗号にしか見えない文字──で書いたメモを取り出し、激痛の余韻に耐えながら思い出せた事象を素早く箇条書きしていく。
・自由都市グラナーダの大侵攻
・イヴェットVSカルさん
・イヴェットVS闇騎士ヴェイグ&セドューレさん
『……とりあえず、今思い出せるのはこれくらいかな。書き出しただけでも、イヴェットの苦難はまだまだ続くわけだ……』
特に「自由都市グラナーダの大侵攻」は、満月教会の庇護下にある領域ではなく、中立の自由都市で発生する魔王軍と冒険者ギルドの激しい衝突だ。
偶然居合わせたイヴェットがその渦中に巻き込まれていくイベントだったはず。
『ゲームではグラナーダの街が大きな被害を受ける大惨事になったけど……僕の知識を使えば事前に対策を打てるはず。何としても食い止めねば!』
忍び寄る洗脳の痛みに耐えながら、僕は隣の部屋にいる有能すぎる従者たちの目を盗み、新たな目標に向けて静かに、そして泥臭く暗躍を開始するのだった──。
頭の中でゲーム画像の自由都市グラナーダを思い浮かべる。
『確かグラナーダは海が近かったはず……お刺身食べれるかな? 魚醤があるといいな。お醤油とは違うけどこれはこれでアリなんだよね』
第49話をお読みいただきありがとうございました!
自分がホワイト化した職場のツケに綺麗にハマって自爆していくエルニアの姿、いかがでしたでしょうか?
真面目にホワイト企業を作った過去の自分が最大の敵になるという、なんとも不憫な主人公ですが、本人はめげずに裏工作と食い気(お刺身)ランデブーへ走り出します!
次回の第50話は、【10/4(日)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。
次回から新章(グラナーダ編)へ突入! 24時間監視の過保護シフトをかいくぐり、エルニアは無事にお刺身(と裏工作)にたどり着けるのか……!?
ちょっと気になったのですが、
「皆さんは旅行先のご飯で『これだけは絶対に外せない!』という定番の食べ物(お刺身やご当地グルメなど)はありますか?」
ぜひお気軽にコメントで教えてくださいね!
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