47.5話 前編 番外編 昔の「半分こ」の約束を守って激痛で倒れただけなのに、親友の瞳から光が消えて【世界の救済より僕の奪還】を優先し始めました
※本日、47.5話は【前編・後編】を一挙同時投稿しています! 前編をお読みいただいた後は、ぜひそのまま後編もお楽しみください!
(イヴェット視点)
供犠式は、昔からあまり好きではない。
完璧な救世主だと崇められ、祭壇の前で聖剣を掲げるたび、自分の中の何かが少しずつ摩耗していく気がするからだ。
儀式のたびに襲う、全神経を叩き起こされるような激痛。
(あまりの痛みに正気を失いそうになりながらも、それでも「救世主」として皆の前で微笑み続けなければならなかった)
これまでは、儀式が終わったあとに横で笑い、疲れた俺を誰よりも心配して手を取ってくれる親友がいた。
だが、もうアイツはいない。
(この拷問のような痛みを、これからはたった独りで耐え続けなければならない──)
俺はそう覚悟を決めていた。
──だが、来ない。
聖句が終わり、儀式が完了しても、いつもの体を蝕む苛烈な激痛は一向に訪れなかった。
「……イヴェット? 大丈夫か……!?」
駆け寄ってくるルーカスの憂いを帯びた声を遠くに聞きながら、俺は一人祭壇の前に佇み、自分の掌を静かに見つめる。
痛みなど、どこにもない。
それどころか、まるで冷えた身体を温かい光で包み込まれているかのような感覚すらあった。
(一体、なぜ……?)
困惑する思考の隙間から、ふと、遠い日の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
(この世界には、「勇者」なんて言葉は存在しない──)
アイツが、あの日、俺に優しい嘘をつくまでは。
◇
(過去の回想)
救世主としての厳しい訓練と、周囲の大人たちからの冷たい視線に耐えかねて、物音のしない聖堂の影で一人膝を抱えて泣いていた幼い日の記憶。
そこへ、心配そうな顔をしたエルニアがやってくる。
「イヴェットが救世主になるのが辛いんだったら、僕と一緒に魔王を倒せる『勇者』になるのはどう? ドラゴンとか倒して冒険するんだよ!」
「……ゆうしゃ……って、なに……?」
当時のイヴェットにとって、友の口にした言葉はまるで異次元の言語のように聞こえた。聞いたこともない単語を、涙目をこすりながらオウム返しに繰り返す。
エルニア自身、頭の中に浮かんでは消える「誰も知らない不思議な言葉」の意味をすべて理解していたわけではないのだろう。
ただ、どこか突拍子もない言葉を使っては村で少し浮いてしまっていたエルニアは、困惑したように苦笑いを浮かべながら、拙い言葉で必死に意味を伝えようとしていた。
大好きな友人を元気づけたい一心で、ぽんぽんと優しくイヴェットの頭を撫でながら、言葉を紡ぎ続ける。
「えっ、うーん……実は僕もよく分からないんだけどさ。でも、みんなを守って困ってる人を見捨てない、すごーくカッコいい人のことだと思うんだ! たぶん!」
「ふーん……エルニアは、きゅうせいしゅより『ゆうしゃ』の方が好き? カッコいいと思う?」
どこか困ったような、けれど見ているだけで不思議と心が温かくなる微笑みを向けて、エルニアは言った。
「イヴェットが泣かないなら、どっちでもいいけどさ。イヴェットがどっちになっても、僕はイヴェットとずっと一緒だよ。辛いことも、痛いことも、楽しいことも……みんな半分こして笑ってれば大丈夫だから」
◇
(現在へ復帰)
あぁ、そうだ。
俺の「勇者」は、最初からお前だったんだ、エルニア。
満月教会も、この世界も、押し付けられた救世主の使命だってもう、どうでもいい。
(暗闇の中にいた俺を救ってくれたのは、お日様のようなあの日のお前の言葉だけだった)
「……半分こ、か。嘘つきめ。全部持っていくつもりかよ……」
静寂の中、ぽつりと溢れ出た呟き。
自分の痛みが綺麗に消えた理由。
(そして、この場にかすかに残っていた、あの愛おしいほど懐かしい気配──)
エルニアが今もどこかで、あの日の約束通り『俺の痛みを肩代わりして泣いている』のだと確信した瞬間──俺の琥珀色の瞳から光が消え、底知れない狂気と昏い情熱が確かに宿った。
(待ってろよ、エルニア。俺が絶対にお前を連れ戻す。俺の痛みを奪っていった罰として……今度は俺が、お前の絶望を全部奪ってやるから)




