第44話 天井で高みの見物を決め込んでいたら、真下で幼馴染のヤンデレ化と女同士のドロ沼マウント合戦が始まりました。
「ふふふ……確かにアシュフォードの血だ! 素晴らしい! これで術式の上書き完了です!」
そう言って気味の悪い笑みを浮かべるカルさんから、改造が終わった魔法陣を受け取る。
僕には高度な魔法理論の知識が無いから何がどう変わったのかは全く分からないけれど、プロが言うんだからこれで大丈夫なのだろう。
ふぅ……魔王陛下の勅命だからと押し通し、手作りのカモミールクッキーで買収した甲斐があったぞ!
内心バレないかヒヤヒヤものだったけど、冷酷な無表情(ヴェイグ仕様)で乗り切れてよかった〜!
「助かった、カルセドニー殿。恩に着る」
「あのーヴェイグ様! この余った血は私の研究に使っても構わないですよね!? アシュフォード家秘伝の魔法陣は私も多く所有していて改変のアイデアがたくさん……」
放っておくといつまでも喋り続けそうだったので、僕はその手にある小瓶を取り上げる。
「これは返していただこう」
「あっ待って! 殺生なっ! 爪の垢ほどでいいですからッ!」
そう言って追い縋ってくるカルさんを冷酷な無表情でスルーし、僕は経理部のオフィスを足早に出たのだった。
◇
一度、魔法陣を写すために潜入していたので速やかに設置場所に到着することができた。
いやー、ヴェイグの隠密スキル様々だよね。
迷うこともないし、シスターたちとすれ違っても全くもって気付かれない。
『スムーズ過ぎて怖くなるくらいだよ! すごいなぁヴェイグの隠密力……エルニアだった頃は、ちゃんと隠れてたつもりだったのにイヴェットに「ニカ、そこにいるんだろ?」って秒で見破られてたのに。
さすが闇騎士ヴェイグの肉体、パッシブスキルの補正がエグすぎて、誰も僕の存在にすら気づいてないぞ! 完璧だ!』
某スパイ映画のBGMを鼻歌で歌い出したくなるくらいに簡単な作業だった。
ふっ、苦労してルーカスの血を手に入れた甲斐があったよ!
僕は念の為、魔法陣がキチンと作用するのかを確認するべく、供犠式が執り行われる予定の聖堂へと足を伸ばす。
流石に会場にいるとイヴェットたちと鉢合わせする可能性が高いので、横の小部屋の天井の角に心の余裕たっぷりに待機するのだった。
◇
(ルーカス視点)
オレたちはエルニアの必死なメモを手に、様々な対策を立てていた。
だが、満月教会がいい加減痺れを切らしたようで、延期になっていた供犠式を行うようにとせっついてきたのだ。
イヴェットはレテラ村襲撃事件のとき、エルニア……いや、闇騎士ヴェイグによってかなりの重傷を負わされている。
まだ治りきっていないというのに、定期的に行うべき儀式を疎かにするのは許さないと言われれば、こちらも従うしかない。
イヴェットはあまり、この供犠式に仲間を付き添わせるのが好きではないようで、王都でパーティを一時的に解散させた。
エルフのキュリアは最初は少し不満そうな顔をしていたが、王都に新しい流行の食事があると聞きつけると、すぐさまそちらへと向かっていった。
「キュリア、エルニアの作るご飯が好きだったから……美味しい物に飢えてるんだろうな」
イヴェットがどこか懐かしそうに、苦笑いを浮かべながら語る。
かつて三人で旅をしていた頃、エルニアの手料理によく舌鼓を打っていたキュリアの姿を思い出したのだろう。
ほんの一瞬だけ、イヴェットの暗かった表情に柔らかい明るさが戻った。
オレはそれを見届けて、小さく息をつく。まあ、あいつはあいつで王都でやりたいことがあるのだろう。
「ルーカスも行って来ていいんだぞ?」
「いやいや、オレ様はつい最近まで王都に居たから特に用事はないし、寂しがり屋のイヴェットを独りにしないさ」
わざと茶化すように言って、オレは無理矢理、供犠式へと同行できるように仕向けたのだった。
◇
何度来ても、この重苦しい空気は好きになれない。
オレはイヴェットの後ろで、ウンザリする気持ちを切り替えるために大きくため息をついた。
供犠式を行う満月教の総本山である聖堂は、厳かな雰囲気に満ちていた。
まだ儀式が始まるまでは時間があるようで、教会の信徒やシスターたちが忙しなく準備に追われている。
「ありゃ〜、まだしばらく時間がかかりそうだな」
イヴェットの様子を確認するために、軽く肩を叩いて話しかけようとした──その瞬間、彼は何かを見つけたように目を見開き、慌てて走っていってしまった。
「おい! 待てって、イヴェット!」
準備の最中の喧騒もあって、オレたちが会場から出ていったことに気づく者は誰もいなかった。
それが、果たして幸運だったのか──今でもオレには、判断をつけることができない。
(アイツ……何を必死に追いかけてるんだ?)
足を懸命に動かしながら前を走るイヴェットの視線の先に、印象的なアッシュピンクの髪が映る。
その人物は聖堂横の小部屋へと滑り込み、少し遅れてイヴェットが吸い寄せられるように続いていった。
オレは慌ててその跡を追い、部屋へ足を踏み入れる。
そこにいたのは、レテラ村襲撃事件から行方知れずだったミルトレッドだった。
だが、その瞳に光はなく、濁った目でイヴェットに膝を貸し、まるで幼子をあやすように背中を優しく撫でていた。
変わり果てたミルトレッドの姿に衝撃を受けつつも、オレは思わず声をかける。
「ミルちゃん……! 無事だったのかっ……!?」
安堵の息を漏らした、まさにその瞬間だった。
ミルトレッドは壊れた人形のように口元を歪めると、膝の上のイヴェットの頭を愛おしそうに抱き込み、その両手でイヴェットの目と耳を「ふわっ」と優しく覆い隠した。
五感を塞がれたイヴェットの頭上から、ハイライトの消えた不気味な水色の瞳が、ぎょろり、とオレだけを射殺すように向けられる。
そこには、イヴェットに向けていた慈愛の微笑みなど微塵も残っていない。
長年積み重ねられたドス黒い執着と教会の狂信が混ざり合った、冷徹な蔑みの表情。
ミルトレッドはイヴェットに聞こえないよう、極小の、しかし恐ろしいほど明瞭な声で囁いた。
「……男のフリをして二人に擦り寄っていた泥棒猫さんが、今更、なんの御用ですか?
遅かったですね。ニカにぃは化け物になりました。そしてイヴェットさんは今、わたしの手のひらの中で、こうして綺麗に壊れていくところです。
──あはは。あなたの入る隙間なんて、最初からどこにも無かったんですよ、お貴族様?」
(……コレは誰だ? こんな剥き出しの敵意、受けたことがない。あの村でイヴェットたちの後ろに隠れていた少女は、こんな顔をする子だったか……!?)
こちらが絶句して立ち尽くしている間に、ミルトレッドは何事もなかったかのようにイヴェットの耳を解放し、可憐に微笑んだ。
「私はもう大丈夫ですから。ルーカス様もイヴェット様もお身体には気を付けて。いつでも満月教は二人を癒し、迎え入れる準備を整えておりますので」
そう言い残して上品にお辞儀をすると、彼女は軽やかに跳ねるような足取りで奥の間へと消えていった。
第44話をお読みいただきありがとうございました!
今回はエルニアの天井裏でのんきなスパイごっこと、真下で展開されるホラー級の修羅場&ヤンデレ覚醒という、情緒がバグり散らかす回となりました。
ミルちゃん、昔はあんなに後ろで隠れていた可愛い女の子だったのに……。
「イヴェットさんは今、わたしの手のひらの中で、こうして綺麗に壊れていくところです」
という笑顔のセリフ、怖すぎませんか!?
そんなドロドロの修羅場が真下で行われているとは露知らず、
「スムーズすぎて怖いな〜!」
と、優雅にスパイ活動を満喫しているエルニア。
……お前、ちょっと下を見ろ。
【読者への質問(投票)】
Q. 真下の修羅場に全く気づかず、天井の角で優雅に高みの見物を決め込んでいたエルニア。もしこの後、ミルトレッドの恐ろしい本性を知ったら、どんな反応をすると思いますか?
①「え、あの清楚で可愛いミルちゃんが……!?」と純粋にビビり散らかす
②「いやいや僕の知ってるミルちゃんと違うんだけど!?」とゲームの設定改変を疑う
③「ていうか僕の安全なスパイ活動の邪魔しないでくれよ……!」と自分を最優先に心配する
ぜひあなたの予想をコメントで教えてください!
そして、ここでちょっとお知らせです。
シルバーウィークということで、次回から2日間連続更新します!
次回・第45話は、明日9/21(月)の18:00頃に投稿予定です。
さらにその翌日、9/22(火)にも第46話を更新予定です!
45話では、今回の天井裏での出来事から一転、エルニア側にも大きな出来事が起こります。
そして46話では、その直後から始まる三従者視点へ。
普段は冷静沈着な闇騎士ヴェイグと、彼を溺愛する三従者たち。
この二日間、どんな方向へ話が転がっていくのか、ぜひ続けてお楽しみください!
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次回もどうぞよろしくお願いいたします!
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