第43話 二日酔いで字がガタガタなだけなのに!? 置き手紙を残して去ったら幼馴染たちが血を吐くような決意をしていました
チュンチュンと雀のような小鳥の鳴き声が聞こえる。
ムンクロの世界にも雀っているんだな……なんてゲームの設定に感心しながら、激しく痛む頭を抱えて目を開く。
視界いっぱいに広がったのは、幼馴染のルーカスの寝顔だった。
『はっ、えっ……ここどこ!!』
ヴェイグの鉄仮面仕様のお陰で、突然の事態に驚いて叫ぶという醜態を晒すことはなく、どうにかルーカスを起こさずに済んだ。
その間に蘇ってくるのは、昨日の思い出したくもない記憶たち。
そうこうしているうちに、頭だけではなく気分すらも悪くなってきた……これは間違いなく二日酔いの症状だ。
前世ではあまり体験したことのない不快さに嫌気がさす。
今度からお酒を飲むときは十分に注意しよう。
平和になったら、信頼できるイヴェットに頼んで自分のお酒の許容範囲を確かめてもらおう、と心に決めた。
さぁ! のんびりしている暇はない。ルーカスに気付かれる前にこの部屋から出ないとね。
僕はあらかじめ彼女へと渡すために用意しておいた、これから役に立つであろう情報をまとめたメモを取り出した。
これだけだと彼女は情報の信憑性を疑うことが大いに考えられたので、末尾にメッセージを添えることにしたのだが、二日酔いの恐ろしさに眩暈がする。
『うぐっ……頭が割れるように痛い……胃が裏返りそうだ……』
必死に意識を保ちながら、羊皮紙に羽ペンを走らせる。
だが、最後のメッセージを書き終えるところで、ヴェイグの肉体をもってしても抑えきれない二日酔いの震えが手を襲った。
『ごめん、イヴェットを助けてあげて』の文字が、まるで激震に襲われたかのように派手にガタガタと乱れてしまう。
『あっ……やばい、めちゃくちゃ字が汚くなっちゃったな。まるでミミズがのたくったみたいな字……! でも書き直してる時間はない! ルーカスが起きたら元も子もないし、まあ読めればヨシ!!』
すっと枕元の目立つ場所にメモを置き、昔イヴェットとルーカスから誕生日プレゼントとしてもらった腕輪を文鎮代わりにした。
『よし……っ! これで僕が書いたっていう動かぬ証拠になるし、風でメモが飛んでいく心配もない! 本人証明と文鎮の一石二鳥……ふふん、僕ってば天才じゃない!?』
二日酔いの眩暈に耐えながら、心の中で完璧すぎる自分の手際に盛大なドヤ顔を決める。
ドアから出ると間違いなく気配でバレるので、前々からイメトレしておいた魔族特有の転移魔法を展開する。
字は汚くなったけれど、魔法の方は問題なく発動してくれた。
視界が黒く染まっていく中、僕は誇らしげに胸を張ったのだった。
『これでイヴェットたちも安全に旅を進められるし、僕がこちら側に来ている利点を活かした、完璧な潜入(血の採取)作戦、大・成・功!!』
◇
(ルーカス視点)
転移魔法が発動し、その痕跡が完全に消えたあと、オレはゆっくりと身体を起こした。
「ふっ、相変わらず詰めが甘いよ、エルニア」
先ほどまで変わり果てた幼馴染が眠りこけていた、まだほんのり温かいベッドに触れながら、つい独り言をこぼしてしまう。
自分の幼馴染たちに何が起きてしまったのかは、ある程度調べればすぐに分かることだった。
二人の故郷であり、我がアシュフォード家の領地であるレテラ村をエルニア自らの手で焼き捨てさせるとは、魔王の極悪非道さには反吐が出る。
怒りで頭が支配されそうになるのを振り払うために大きく息を吸った際、何か光るものが目に入った。
枕元に残された銀の腕輪を拾い上げ、オレは息をのむ。
アシュフォード家に伝わる特殊な魔法陣を、銀の装飾に偽装して刻み込んだ特注品。
幼い頃、気恥ずかしさとエルニアに余計な不安を革かせないため、『ただの腕輪だ』と誤魔化してイヴェットと二人で渡した誕生日プレゼントだ。
銀細工に隠した加護の陣……あいつは効果を知らないまま、純粋な『俺たちとの思い出』として肌身離さず着けていたんだ。
……いや、待てよ。アシュフォード家に伝わる、精神保護と状態異常緩和の術式。
満月教の教理が示す通り、聖なる加護を帯びた陣は、魔族や瘴気を纏う者にとっては灼けるような不快感をもたらすはずだ。
(……ヴェイグの体でありながら、あいつはこの腕輪を肌身離さず着けていた。オレたちとの絆を守るため、どれほどの苦痛に耐えていたというのか……ッ!?)
腕輪の中央に嵌め込まれた、美しい紺色の魔石に自分の指先が触れる。
かつて、エルニアの澄んだ瞳と同じ色だからと、イヴェットと二人で一目惚れして選んだ石だ。
――しかし、今や魔王の瘴気に染まったヴェイグの瞳が紫色へと変わり果ててしまっているのに対し、この腕輪の石だけは、あの日のままの美しい紺色を湛えている。
(本来の『お前の色』すら奪われて……それでも、この腕輪だけは肌身離さず守り続けていたというのか……ッ!?)
そして、その下に隠されるようにして置かれた走り書きを、ようやく手にした。
【残されたメモ(羊皮紙)】
・救世主パーティの現在地と、この先待ち受ける「グラナーダ」の回避ルート
・魔王城内部の構造図(闇騎士私室、および魔王の間への最短ルート)
『ルーカスへ。
ごめん。僕はもう、自分じゃどうにもできない。
頼むから、イヴェットを助けてあげてくれ』
「アイツ……こんなメッセージだけ残しやがって」
手に残った腕輪を強く握りしめ、胸の奥から押し寄せる衝動を抑え込む。
(待っていろ、エルニア。お前が命がけで繋いでくれたこの道、決して無駄にはしない……!)
急いで荷物をまとめ、部屋を出る。
酒場を通り抜ける際、宿屋の亭主が「やあお兄さん、昨夜の連れはもう行ったのかい? いやぁ激しかったねぇ」などと何やら下品な笑みを浮かべながら揶揄ってきたが、今のオレにはそんな戯言に付き合っている余裕も気力もなかった。
一刻も早く、イヴェットのもとへ向かわなければ。
◇
──数時間後。救世主パーティのキャンプ地。
「ルーカス……ッ!? 無事だったのか!?」
泥と汗に塗れて合流したオレの姿を見て、イヴェットが弾けたように駆け寄ってくる。
「イヴェット。二人だけで話があるんだ」
オレが真剣な顔でそう告げると、彼は察したように他の仲間たちへ声をかけ、すぐに人払いをしてくれた。
周囲に人がいなくなったのを確認し、オレは息を整える間もなく、懐からあの羊皮紙と紺色の魔石が嵌め込まれた銀の腕輪を取り出し、イヴェットの手に押し付けた。
「イヴェット、落ち着いて聞け。オレは王都でエルニア……いや、闇騎士ヴェイグと接触した」
「な……ッ! エルニアと!? あいつは、無事なのか!?」
「奴は魔王の洗脳と支配に苛まれながらも、正気を振り絞ってこれだけの情報をオレに託してきた。そして……これを」
イヴェットが、震える手で腕輪とメモを見つめる。
前半の精密な地図データとは一変し、最後の『ごめん』の一行だけが、まるで激痛と狂気に耐えかねて指先を血に染めながら叩きつけたかのようにガタガタに乱れているのを見て、イヴェットの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「これ……俺たちが12歳の誕生日にあげた腕輪だ……。エルニアの目と同じ、紺色の……」
「ヴェイグの体で、アシュフォードの加護の陣を身につけ続けることがどれほどの苦痛か……お前にも分かるだろ。あいつは、オレたちとの絆を守るためにその激痛に耐え続け……そして今、限界を迎えてこれだけを残していったんだ」
「エルニア……ッ! 『ごめん』なんて謝るなよ……! 自分を失いそうになりながら、俺を助けろなんて言うなよ……ッ!! どうしてお前はいつも……!」
イヴェットはメモを胸に抱きしめ、天を仰いで叫んだ。
その瞳には先ほどまでの迷いは消え去り、血を吐くような凄まじい決意の光が宿っていた。
「待ってろエルニア……! 俺が絶対に魔王の鎖を引きちぎって、お前を奪い返してやる!!」
(※その頃のエルニア:『ふぅ〜、無事に魔王城に戻れたぞ〜! イシューにもらった二日酔いの薬を飲んで寝よ! メッセージちゃんと届いたかな〜?』)
第43話をお読みいただきありがとうございました!
今回の被害者(?)はエルニアの胃袋と、勝手に聖遺物扱いされた12歳の誕生日の腕輪でした。
本人は「完璧な潜入作戦大成功〜!」と盛大なドヤ顔をキメていますが、周囲の好意的な(そして重すぎる)勘違いによって、どんどんハードモードの救世主ルートに引きずり込まれていくエルニアの明日はどっちだ……!
【読者への質問(投票)】
Q. 二日酔いの勢いでガタガタになったエルニアの文字、作中のシリアスな雰囲気の中に放り込むとしたら、何に見えるのが一番ヤバいと思いますか?
① 怨念がこもった呪いの文字
② 地震速報のリアルタイム波形
③ 単に文字を書く気力がゼロだった一般の酔っ払い
ぜひあなたの予想をコメントで教えてください!
次回の第44話は、【9/20(日)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。
続きが気になる!と思ってくださった方は、ページ下部から【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】、一言コメントをいただけると大変励みになります!
皆様の応援ポチが、何よりの執筆の原動力です……!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!
※本作は「なろうチアーズプログラム」に参加しています。画面下のボタンから応援チアをいただけると非常に励みになります!




