第30話 故郷消滅とイヴェットの生存。崩壊する僕の精神は、最悪の夢へと連れ戻される
──バチッと、強制的に壊れかけた起動スイッチを押し込まれたような、最悪な目覚めだった。
「がはっ……、ぁ……!?」
目を開けた瞬間、肺からせり上がってきたのは、鉄の味がする黒い血で、咄嗟に押さえた手のひらに垂れてくるのが見えた。
身体を起こそうとしただけで、胸の真ん中を赤く焼けた鉄コテで抉られるような激痛が走る。
「くっ……なんで……」
いつもの魔王の刻印の痛みじゃない。
胸の真ん中あたりに包帯がしっかりと巻かれていて、そこが灼けるように痛む。
そのうえ頭痛も止まらず、意識がまだはっきりとしない。
どうにか状況を確認しようと目線を上げると、趣味の悪い家具が目に入る。
あぁ、ここはヴェイグの私室か……。
『待て……僕のこの胸の傷は、なんだ? 刻印じゃなくて、まるで、何かで深く"貫かれた"ような──』
「……様! ヴェ……様! お気づきに……!」
アランが心配そうにこちらを覗き込んでいるのに、ようやく気づくことができた。
どうやら耳までおかしいようで、彼の言葉が上手く聞き取れない。
すぐに反応を返さない僕に何か察したのか、アランが触診するように、だが傷に触らないようにゆっくりと容態を確認していく。
「イ……、回復……を」
その言葉の後に視界に緑の光が溢れる。
イシューが回復魔法を掛けてくれているようだ。
「聞こえますか? ヴェイグ様?」
「……あぁ、すまない。助かった、イシュー」
鼓膜が修復され、耳もしっかりと音を拾う。
胸の痛みは残念ながら弱まったくらいだが、頭痛や意識の靄は綺麗さっぱり消え去っていた。
「アラン。何があったか、聞いていいか? 途中から記憶が曖昧で……」
そう言葉にした瞬間、三従者たちの表情が文字通り凍りついた。
アランは唇を強く噛み締め、イシューは悲しみに濡れた顔を急いで隠すために僕から目を逸らし、ロスタはその大きな目に涙を浮かべる。
だが、アランが覚悟を決め、ゆっくりと話し出した。
「どこまで覚えていらっしゃいますか?」
「……正直なところ、陛下とお茶会をした後から記憶にノイズが混じるというか、所々飛んでいる箇所がある。おそらく、警備任務に就いたはずだったんだが……いつの間にかレテラ村に居て……」
必死にその先を思い出そうとすると、まるで「忘却したままでいろ」とでも言うように左胸の刻印が熱く激しく脈打つ。
──いや、違う。
僕の記憶は、あの燃え盛るレテラ村でミルトレッドの絶叫を聞いた瞬間に、ブツンと回路を切断されたみたいに完全に途切れている。
ならば、この胸の凄まじい傷はなんだ?
僕が心を失って暴走した後に、一体誰が『闇騎士ヴェイグ』をここまで追い詰めて、胸を貫くことが出来ると言うんだ?
状況証拠とゲーム知識が、最悪の答えを弾き出す。
──あの場にいて、闇騎士の紫黒の鎧をぶち破り、僕の胸の中心を正確に射抜ける存在なんて、世界に一人しかいない。
「……イヴェット、なのか……?」
ぽつりと小さく漏れ出た僕の呟きに、アランたちがビクリと過敏に肩を揺らした。
それが何よりの肯定だった。
「救世主は、どうなった……!?」
声が震えて出なくなるかと思ったが、こういう時も都合よく洗脳魔法の効果で、冷たい声が淡々と尋ねる。
「敵は、我々が駆けつけた際にはすでに命からがら逃走した後でした。追撃は行っていません」
『生きてる。イヴェットは、生きてる……!』
その事実だけで、僕の崩壊しかけた精神は、かろうじて現世に繋ぎ止められた。
本当に良かった……。
「そうか。……あの、村は?」
「セドューレ閣下の軍がすでに制圧、および消火を行なっているとのことです。こちらの損害は……ヴェイグ様が重傷を負われたこと以外は軽微。投降者はおらず、人間の生存者は……確認されていません」
ロスタの言葉に、目の前が真っ暗になる。
あの優しかった故郷は、僕という『自動人形』のせいで、地図から完全に消滅したのだ──
咄嗟に何も反応出来ず、僕は唯一自由に動かせる右手で強くシーツを握りしめることしか出来なかった。
だが、その感覚にも何か違和感があり、ゆっくりと利き手を開く。
──そこには、先ほどのイシューの回復魔法の範囲外だったのか、傷が見える。
何かを強く握り締め過ぎたせいでくっきりと爪の跡があり、爪の中にも赤黒い血が残されたままだった。
それを注意深く見ようとした瞬間、また──ッジジと視界の端にノイズが走る。
意識が飛ばないように強く目を瞑り、再び開いた時に目に入ったのは、真っ赤に染まった両の手だった。
「……ッひ」
引き攣った小さな声が喉から漏れ出た。
近くにいたイシューには気付かれたようで、視線がこちらを向く。
「手がどうかされましたか? ヴェイグ様」
その言葉で、この異常な光景が自分にしか見えていない事を悟る。
それもそうだ、あの世話焼きのアランが僕の手をそのままにしておくはずがない。
では、なぜ? この手が赤く見えるのだろうか……。
その時、耳元で甲高い悲鳴がリフレインする。
《どうして!? なんで……ニカにぃ。パパとママを殺したの!?》
『あぁ……あぁそうか……僕がこの手で……あの優しいミルトレッドの両親を……』
今度は真っ黒な血ではなく、喉が灼けるように痛い。
咄嗟に真っ赤に染まった両手で口を押さえるも、すぐに溢れて酸えた臭いが部屋に充満する。
アランが琺瑯製の桶を僕の口元に当てながら、ゆっくりと背中を摩ってくれるが、呼吸が上手くできない。
喉が胃液の痛みではなく苦しさでいっぱいになる。
あれ……? 僕、今までどうやって息を吸ってたんだっけ……。
「ッひ……ひ」
「ヴェイグ様。空気の吸い過ぎです。ゆっくり、意識して空気を吐いて下さい。ヴェイグ様!!」
息が、吸えない。吐けと、言われ、ても、身体は、勝手に、酸素を、求めて吸い続ける。目の前が急激に黒く塗りつぶされていく……ぐにゃりと世界が回った気がした。
その時、何故か窓際に置かれた小さな赤い花が目に入った。
……そうだ! あの花だ!
あの花を煎じてスープに入れれば、こんな傷すぐに癒えてイヴェットの助けになれるはず……でも、今は少しだけ休ませて……。
「……美味しいもの作らなきゃ……」
それを最後に、僕はまた、苦しいだけの夢へと連れ戻されたのだった。
第30話をお読みいただきありがとうございました。
明日も【18:00頃】に第31話を投稿予定です!
(連日投稿中!)
続きが気になる方は、ぜひブックマーク登録や評価(☆☆☆☆☆)での応援をよろしくお願いいたします……!




