第25話 救世主という名の贄①──解読した古文書に記された、最悪の裏設定
──なぜ、歴代の救世主は全員『青年時』で謎の不審死を遂げているのか?
漆黒の帳がヴェイグの私室を包み込み、読書灯だけが僕の手元を照らしていた。
床にまで及ぶ赤紫の絨毯が足音を吸い込み、壁を飾る歪な彫刻像が陰影を踊らせている。
全てが悪趣味だと内心舌打ちしている僕──いや、今は私か──の目の前に、息を切らしたロスタが駆け込んできた。
「ヴェイグ様っ! お待たせしました! 例の古文書ですよっ!」
彼は両腕で抱えた分厚い革表紙の束を差し出してきた。
黒く変色した羊皮紙は所々虫喰い痕があり、金縁の文字が掠れている。
タイトルは《黎明期魔術師協定》と読めた。
「遅いぞ」
僕の唇が冷たく動く。
今までの僕なら「ありがと!」と笑うところだが、ヴェイグモードだとこうなる。
『遅くないって! あんな広大な書庫で! 大変だったろうに……偉そうにしてしまってる、ごめん!』
内心ではそう焦っているのに、口からは違う言葉が勝手に出てしまう。これが洗脳効果なのか……。マジで塩対応過ぎるだろう。
ロスタは背後からさらに数個の木箱を運んできていた。箱には史書と巻物がぎっしりと詰まっている。
敵組織とはいえ、こうした資料保存はしっかりしてるあたり、あのマッドサイエンティストの魔王様の几帳面さが滲み出ている。
そして、『ムンクロ』の歴史考証班はガチ勢だったんだろうなと、頭の片隅で思っていた。
「これで全部か?」
「はい! でもヴェイグ様、なんか妙なんです」
「妙?」
「預言とか救世主のくだりになると……妙に詳細に記されてて」
アランが横から咳払いをし、「ロスタ、説明は要点を簡潔に」と指摘した。
この兄貴分風の言い方はゲーム時代と変わらない。
アランはいつもこうだ。真面目すぎるほど真面目で、時には空気を読まなすぎるのが玉に瑕。
それでもここが大事な局面だからこそ、ちゃんと仕事してくれているのが伝わるし、少しの安心が胸に灯った。
「わかりました!」
ロスタは背筋を伸ばして答えた。
「こちらは特に『満月教』と『救世主制度』を批判した学者の蔵書群です。内容は……」
「後で確かめる」
僕は低く遮った。二人の従者が同時に一歩下がる。
その古書を何気なく見ていたら、ロスタが抱えた一冊の表紙に目が留まる。
「選定者……否、呪縛者……?」
金色で描かれた翼を持つ青年の姿に何か引っかかる違和感を覚えつつ、ページを繰れば、すぐに答えは出てきた。
──救世主とは天より遣わされた聖なる存在にあらず。彼らは神託によって意図的に選ばれた『贄』であり、王国が負担すべき罪悪を一身に背負う『呪縛者』なり。
血の気が引いた。視界がぐらつく。
この古文書には明らかに救世主制度の裏側が書かれていたのだ。
なぜこんな資料が魔王城に?
◇
血が逆流する感覚があった。
クラッと一気に世界が遠のく感覚に、眩暈すら覚えそうだ。
古文書の一文に指先が震える。
「救世主とは──神聖なる者にあらず。彼らは霊脈を巡る穢れを吸い上げる【器】であり、世界の負債を一身に背負う生きた濾過装置なり」
僕の表情が凍りつく。ロスタとアランが怪訝な顔で互いを見る。
『はぁ!? なに言ってる……? イヴェットが……!?』
喉奥で別の声が密やかに囁く。
『器として使い捨てられる宿命だ』
──違う。そんなはずない。
前世でそんなメリーバッドエンド(メリバ)要素があったなんて聞いてない。
だが、ページをめくるたびに否定材料は崩れていった。
───《 霊脈と聖剣に関する記述 》───
◆ 各地の霊脈には瘴気溜まりが存在し、定期的な浄化を必要とする ◆
◆ その浄化手段こそ『救世主』の役割なり ◆
◆ 触媒となる武器──聖剣タキサシオンは穢れを集積させる呪具 ◆
◆ 集積した穢れが臨界点に達すると──呪いへと転じる ◆
───────────────────────
「臨界……呪い……」
頭蓋骨を直接握られたような痛みが走る。
もしかしたら、魔王に洗脳された時より激しい痛みを覚えたかもしれない。
自分が傷つく分には構わない。でも、大切な親友──イヴェットが苦しむのは看過できない。
つまりイヴェットは霊脈浄化のために各地を回り、その剣で瘴気を吸収してきたってことなのか……。
だけどそれが最終的に本人を蝕む毒になっていくなんて……ゲームには絶対に描かれなかった裏設定だ……。
気付かぬうちにかなりの力が指に入っていたらしく、表紙を強く押さえつけていて、革が軋む鈍い音が響いた。
「……ロスタ」
「はっ!」
「この聖剣タキサシオンに関する記述を探せ」
「了解しました!」
ロスタが慌ただしく書庫へ向かう。
アランが静かに僕の傍らに跪いた。
「ヴェイグ様……御顔色が……」
「問題ない」
『嘘だ、問題しかないけど!』
でも、ここで狼狽えるわけにはいかない。今、一番苦しんでいるのはイヴェットなんだから。
ヴェイグの仮面が、今は感情を隠す防壁として働いたのが幸いだった。
エルニアとしての僕のままでは、この荒れ狂う心の動揺を抑え込むことはできなかっただろう。
今は、洗脳されてヴェイグになっていることすら感謝したいくらいだ。
ここでボロを出すわけにはいかない。もっと、情報が必要だ。僕がここにいる意味を活かさなければ……。
「……イヴェット……救世主殿は今何処にいるかの続報は入っていたな?」
唐突な僕の問いに、アランが僅かに目を見開く。
「救世主殿ですか? 現在は教会区にて祈願の儀式の為、滞在中だと調査報告が」
「あの儀式……正確には何をしている?」
アランの眉が微かに動く。従者の直感だろう。
ヴェイグの中に違う誰かがいることに、薄々気づき始めているかもしれない。
だが、今はそれどころではない。少しでも情報が欲しい……。
「祈りを捧げることでマナ供給を安定させると聞いておりますが……」
『嘘っぱちだ!』
あれは儀式という名の、ただの定期メンテナンスだったのだ。
確かにあの儀式の後、イヴェットはいつも少し調子が悪そうにしていた。
あれは緊張で疲れていたのではない。救世主の身体が瘴気に耐えられているかを、教会が品定めしていただけだったんだ。
ページをさらに開くと、そこには供儀式について細かな記載があった。
そこにはどこかで見たことがあるような神経質な字が、乱雑にメモ書きを残していた。
───《 供儀式に関する研究記録 》───
◆ 祭壇に置かれた救世主の触媒剣へ、祈祷を行うことで穢れの一部を浄化する ◆
◆ ただし完全浄化には至らず、蓄積量は増加の一途。長期運用におけるリスク管理が不可欠 ◆
(乱雑な手書きの追記)
『──最終段階:救世主の自我喪失および身体機能停止。』
───────────────────────
「自己消滅……!?」
反射的に立ち上がった拍子に、椅子が音を立てて倒れた。
金属製の脚が大理石を打つ甲高い音が、静まり返った室内に無残に反響する。
『これって、イヴェットが死ぬってことじゃないか!次の供儀式っていつだ!?』
第25話をお読みいただきありがとうございました!
救世主制度のえげつない裏設定が判明してしまいました……。
裏から真エンドを目指しているエルニアですが、前世知識にないメリーバッドエンド要素の登場で大ピンチです。
ここで読者の皆様に質問です!
Q. 「推し(親友)が実は生きた濾過装置(使い捨て)でした」という展開、皆様は好物ですか……!?それとも絶望派ですか……!?
ぜひコメント欄で「自分ならこう叫んでる」「メリバ展開ゾクゾクした!」など、感想を教えていただけると嬉しいです!
次回の第26話は、【8/14(金)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。
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