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第21話 黒き軍服とハーフアップの死神。あるいは、ただ衛生第一で調理場に向かいたかっただけの男


手渡されたのは、この前の黒装束とはまた違った、黒を基調とした服だった。


上着には幹部を表す肩章(けんしょう)袖章(そでしょう)、ワインレッドのパイピングが上品に施されている逸品(いっぴん)だ。



なぜかヴェイグの上着は裏地もワインレッドで、少し派手めになっている。


これは一体、誰の趣味なのか……。



昨日の圧力を考えるにアランの可能性が高い。


いや、意外とお洒落なイシューの可能性も否めない。


まさか、魔王様直々のデザインではあるまいな。



上着の下のインナートップスは人によって様々で、大抵は体全体を保護するハイネックなのだが、自由にカスタマイズできるようだ。



僕は動きやすいノースリーブを選んだ。


上着は暑いし、料理する時に袖が邪魔になるのは困るからね。


衛生第一だ。



あとはエプロンかコックコートがあれば完璧である。


厨房にあるといいなぁ。



「アラン、すまないが髪を(まと)めるのに丁度良い紐か何かないか? 視界にチラついて邪魔で仕方がない」



視界に入ってくる深藍色(ふかあいいろ)を見るたびに、複雑な気持ちになる。


僕はもうエルニアではなく、魔王軍最高幹部・闇騎士ヴェイグなのだという現実を突きつけられているようで……。


それに、料理するなら集中したいから結びたい、というのもある。



「それならこちらを、宜しければお使いください。ヴェイグ様の御髪の色に合う物を選ばせて頂きました」



アランはそう言うと、懐から装飾の入った高そうな小さな箱を取り出し、(ひざまず)きながら僕へと手渡した。



「あぁ、ありがとうアラン」



アラン、気遣いナンバーワンだ。


クソ真面目担当なところが生んだ、最高のサプライズである。



だが、残念ながらヴェイグの顔はピクリともせず、冷徹な仮面を貼り付けたまま淡々と受け取って中身を確認する。



僕の中のエルニアは満面の笑みで胴上げしたいレベルで感謝しているのに、なぜか肉体は「フッ、上々だ」と言いたげな不敵な雰囲気を醸し出している。


もっとこう、尻尾をブンブン振る犬の如く感謝を伝えたいのに、どうして僕の体は勝手に「冷酷な闇騎士」をエンジョイしてしまっているのか。


表情筋と精神の完全なすれ違いに、内心で盛大に頭を抱える。



そして、箱の中には、軍服に合わせてあつらえられた、長めのビロードリボンが鎮座(ちんざ)していた。



「アラン、すまないがこれを使ってもらえるか。不器用な私がやるより、お前に任せた方が確実だ」



「──はっ。畏まりました。このアラン、魂を込めてお結びいたします」



『いや、髪を結ぶだけで魂を込めないで!?』



内心でツッコミつつも、ヴェイグの体は大人しく椅子に腰を下ろす。



背後に回ったアランの指先が、驚くほど繊細な動きで深藍色の髪を梳いていく。


上半分の髪が持ち上げられ、鋭いフェイスラインが(あら)わになった。



アランは手渡したワインレッドのビロードリボンを一切の歪みなく結びつける。


アランの手が離れると同時に、結ばれなかった下半分の長い髪がすとんと背中に流れ落ち、一瞬だけ見えていた項を再び闇の中へと隠した。



「……完成いたしました、ヴェイグ様」



促されて姿見の前に立つ。



そこに映っていたのは、思わず息を呑むような『闇騎士ヴェイグ』の姿だった。



黒基調の軍服、上着は肩に掛けているだけなので動く度にワインレッドの裏地が密やかにアクセントとして見える。


そして同じ色を宿したリボンでハーフアップに結われた深紺の(ディープネイビー)髪。


端正な容姿に「戦闘特化」の機能美が加わり、冷酷な美しさが跳ね上がっている。



だが、それを見た僕の脳裏に走ったのは、歓喜ではなく強烈な悪寒だった。



『うわああなあなあ!! このハーフアップスタイル、セドューレとの共闘バトルの時の髪型、グラフィック変更じゃんかーーー!?』



思い出した。


ゲームのイベント戦、あの悪夢のハメ技コンボを仕掛けてくる時の闇騎士ヴェイグが、まさにこの髪型だった。



両手剣のような大きさの両刃の黒剣を片手で軽く扱い、プレイヤーを空中に浮かせて行動をキャンセルさせてくる、恐ろしい姿がそこにあった。



『何度、この姿のヴェイグに一瞬で距離を詰められ、回復役を排除されてコンティニューさせられたことか……! まさか自分がそのトラウマメーカーに変身するなんて、誰が想像するよ!?』



鏡の中のヴェイグは、自身の凶悪な強さを誇示するかのように、フッと冷たい笑みを浮かべているように見えてしまう。



「お気に召しませんでしたか?」



怪訝そうに首を傾げるアランに、僕はヴェイグのいつも通りの硬質な声で返した。



「いや、完璧だ。……これなら、激しい動きをしても視界が遮られることはないな」



「勿体なきお言葉。これで軍議の者共も、ヴェイグ様の威光(いこう)にひれ伏すことでしょう」



『いや、僕はただ料理のときに邪魔にならないようにしたかっただけなんだけどね!?』



最高幹部としての威厳を限界突破させた主従は、いよいよ軍議の行われているエリアへと向かうことになる──。


第21話をお読みいただきありがとうございました!

ヴェイグ様お召し替えによりプレイヤーを散々屠ってきたグラフィック変更のお姿へ……。たまにありますよね、初見殺しの鬼畜難易度のイベントバトル。難易度が優しめなゲームだと全滅してもストーリーが進むタイプもありますが、残念ながら『ムーンレスナイト・クロニクル』は倒すまで進めないゲームだったのです。


次回の第22話は、【8/4(火)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。


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