第18話 消えた捕虜と裏ダンジョンの謎(前編)
【特別更新】
今回は前編・後編の分割構成のため、明日(水曜)も特別に後編を更新します!
調理中もずっと考えていたが、解毒魔法が広範囲に発動した通り、魔界では常に体が瘴気などの毒に晒されているのは間違いない。
窓の外に目を向けると、薄暗い空と歪んだ樹木群が広がっている。
そこには人影はなく、ただ息を潜める静寂のみがあった。
これが魔界だ。
生存適性ゼロのはずの人間だった僕が、なぜここにいて普通に呼吸できるのか。
考えれば考えるほど恐ろしい。
ヴェイグ化の影響が思いのほか強力すぎるということか、それとも……。
突如、背筋に悪寒が走る。
誰かに監視されているような感覚。
いや、間違いなく監視されている。
この城のどこかにある魔王の目が、今もこの会話を聞いている可能性すらあった。
『はぁ、息が詰まりそうだ』
このお茶は確かに美味しいのだけれど、喉を通るたびに胃の底がヒヤッとする。
瘴気というか、魔力のようなものが体に浸透してくる感覚だ。
僕は私室のソファの肘掛けに寄りかかりながら、イシューが淹れてくれた林檎風味の紅茶をゆっくりと飲み干した。
カップを置くと同時に、ふと浮かんだ疑問が口をつく。
「アラン」
「はい」
即座に従者が背筋を伸ばした。
「以前読んだ報告書の中にあった、捕虜収容所の記述……あれは誤情報か?」
「収容所ですか?」
彼の眉がわずかに寄る。
「現在、魔王国領内には公式な捕虜収容施設は存在いたしません。かつてはいくつか稼働していましたが、陛下のご意向により三年前にすべて閉鎖されました」
ん? ゲームの設定と違うぞ?
前世の記憶が蘇る。
『ムンクロ』の後半クエストでは、魔族に攫われた人間を救出するのが必須だったはずだ。
『救出しなければ解放の秘宝が入手できない!』みたいな緊迫感があったのに。
そう思った瞬間、急に目の前の景色が歪む。
……ッまたあの頭痛だ。
『うわぁっ! 今いいところなのに……!』
「なるほど……過去の産物か」
痛みに耐えつつ平静を装う。
今は少しでも情報が欲しい。
「ならば人間を捕虜にする場合はどうするのだ? 情報収集が必要だろう」
アランは手帳に目を落とした。
「短期的な拘束であれば地下牢を用いることもあります。しかし……」
彼の言葉尻が濁る。
「長期的な運用は現実的ではありません。理由はご存じでしょう?」
『ええ知ってますとも! 人間は魔界の瘴気でもたないからね!?』
ああ、なんという悲しい現実。
「肉体の脆弱性だな」
ヴェイグとしての立場を意識し、淡々と言う。
「はい」
アランが頷く。
「新鮮な空気や清浄な水源が必要不可欠であり、莫大な維持費がかかります。そのため現在では、投降者以外の長期収容は原則として行っておりません」
僕はソファに沈み込んだ。
『おいおいおいおい……つまり、ゲームで救出した行方不明者たちはどこに行ったってんだよ!?』
だって居たんだよ本当に! あの村人も兵士も冒険者もみんな……。
脳内で前世のゲーム画面がフラッシュバックする。
助け出された人々の安堵の表情。
しかし、ここでは「そもそも存在しない」ことになっている。
この食い違いが怖い。
そして、もっと恐ろしいのは──。
もしも情報収集が目的じゃないなら、別の用途ってことだよね?
最悪の可能性が浮かび上がる。
人体実験、生贄、あるいは魔王軍の餌。
考えたくないけれど、この世界では有り得る。
あの魔王様ならやりかねない。
現に僕自身が、洗脳された実例としてここにいるわけだし……。
「なあ、アラン」
「はい」
「過去に大量に搬入された人間たちが、忽然と消えた事例はあるのか?」
アランの顔色が変わった。
イシューも湯気立つポットを持ったまま静止する。
しばし、沈黙が部屋を支配した。
「……その質問には、明確なお答えができません」
彼は珍しく、曖昧に言葉を濁した。
「公式記録にはありませんが…… 噂としては存在します。たとえば……」
一旦言葉を切り、彼は周囲を警戒するように視線を巡らせた後、僕の耳元に唇を寄せた。
「北の禁足地にて"新しい兵科"の実験が行われているとか……あるいは──」
禁足地、実験。
脳裏に湧く単語。
それはまさに、ゲーム終盤の裏ダンジョン名と同じではないか。
「──いや、憶測で申し上げることはできません」
アランが素早く身を退いた。
「いずれにせよ、ヴェイグ様のお耳に入れるべき話ではございません」
「……そうか」
納得したフリをしながら、内心は嵐だ。
『絶対、隠蔽されてるだろこれ!』
もしかして僕がエルニアからヴェイグになったのも、その"実験"の一環ってわけか?
思考が加速していく。
第18話をお読みいただきありがとうございました!
ゲキマズ飯改善計画をしながら考えていた、瘴気耐性とヴェイグの身体。
自分は確かに人間だったはずなのに、なぜ普通に魔界で呼吸出来ているのか……。
新しい兵科実験という謎、そしてアランたちにも言葉を濁される違和感。
隠匿された真相とは──!?
後編の第19話は特別に、【7/29(水)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。
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