第16話 魔王城の食生活改善を企んでいたら、魔王陛下から個人向けの『恐怖の手紙』が手渡されました
「お呼び出しでしょうか? でも、私室という事は何か私的なお話がされたいとか?」
イシューがゴブレットを一つ一つ丁寧に磨きながら、少し困ったように言う。
「これだけじゃ、何の話をしたいのかさっぱり分からないな」
「八つ時ですし……何かお土産でも持参致しますか?」
アランが革の手帳に書き込みながら僕に尋ねる。
魔族にとってお菓子は嗜好品らしいし、手土産には丁度良いかも知れない。
だが、料理を作る気満々で手土産に使えそうな物は何も買っていない。ピンチである。
「あぁ、だが市場では陛下のお眼鏡に叶う物など購入していないし……どうしたものか。こういう時の手土産の定番は何が正解なのやら……」
「そうですね~。やはり、嗜好品などを献上する方が殆どですかね?」
「まぁ、まだ日付も有りますし、もう少し考えましょう」
イシューとアランもお手上げのようだ。
まぁ、何とかな~れ!精神でいこう。深く考えたくない。
◇
翌昼──。
速攻で一日分の書類仕事を片づけ、万全の準備を整え向かう。
実勤務がない代わりに書類仕事が多めなのが玉に瑕だよね……、私が書類作業が得意で良かったな! 魔王様よ!
イシューが案内してくれた厨房は、意外にも清潔だった。
ようやく、調理場を確保したぞ!
「毎日私が掃除しているんですよ♪」
誇らしげに胸を張る彼を見て、僕はホッとした。
良かった、汚部屋だったらどうしようかと思ってた。
安堵が顔に出てしまったのか、イシューが口元を押さえて噴き出す。
「本当にヴェイグ様が……料理を?」
おっと失言だったか、と僕は内心で焦りつつ、慌てて補足する。
「栄養管理の一環だ。魔界の食材を研究する必要がある」
「なるほど!」
アランが手帳を開く。
「それなら記録させていただきます。どのような料理法を?」
『げっ、詳細記録なんて冗談じゃない!』
今からやろうとしているのは前世の料理だ。人間界にだってあるか分からない。
毎日、イヴェットと剣ばかり振り回していたので、この世界の料理にはあまり詳しくないのだ。
そういえば、イヴェットたちと旅をしていた頃も、僕がよくご飯を作っていた。
旅の途中で、僕が現代知識を応用した「先進的な料理」を作るたび、キュリアさんは目を輝かせてがっついていたっけ。
『お、お代わりを要求します、エルニアくん! これは光の神の奇跡に匹敵する美味しさです!』
とか何とか言って、当番制なのに自分の番をすっ飛ばして僕に作らせようとしていたのは、今ではいい思い出だ。
……いや、もしかして確信犯だったんだろうか、あのエルフのお姉さん。
対するイヴェットは……うん、基本は完璧なんだ。
剣を持たせれば最強、顔は良いし、性格も光の救世主そのもの。
ただ、僕の前でだけ見せる「料理中のあいつ」は、年齢相応のただの不器用な男の子だった。
あいつ、料理本の『肉を叩いて柔らかくする』という一文を真に受けて、愛用の聖剣(の柄)で肉を叩き、まな板ごと、文字通り消し炭のような粉末に変えたことがある。
『おかしいなニカ……レシピの通りにやったんだが……』
と、煤まみれの手で眉を下げて困り果てていた。
そんな僕たちの様子を、背後でキュリアさんが、
(……尊い。幼馴染、尊いです……! はぁ、エルニアくんに怒られて縮こまるイヴェットくん、至高の栄養素ですね……)
みたいな、何とも言えない、すべてを温かく見守るような(生温かいとも言う)表情で眺めていたのを覚えている。
あの時のキュリアさん、神に祈る時より良い顔してたな。
あのままだと食材がいくらあっても足りないし、何より二人の奇行(?)を止めるためにも、僕が自炊スキルを極めるしかなかったんだよね。
「記録する程の特別な事をするつもりはないから、他の事でもしててくれ」
「了解しました……」
アランはしぶしぶ引き下がった。
早速紙袋から昨日調達した食材を取り出す。
ピンク色の人参と芋と卵、青葉キャベツ、皮が白い玉葱。瘴気鹿肉。
どれも地球の野菜とも人界の物とも微妙に色彩が異なるが、触感や匂いはほぼ同じだ。
とりあえず、全部毒がある可能性があるので解毒魔法を掛けてみる。
「我が目の前にある障害を退けよ! アンチドート」
野菜だけでなく部屋全体に作用したようで、爽やかな風が吹き抜けた。
……いや、吹き抜けたなんて生易しいものじゃない。
ゴォッ!!! と、厨房全体を揺るがすような凄まじい聖なる突風が吹き荒れたのだ。
『え、待って待って、解毒魔法ってこんな「部屋まるごと聖域化」するような大魔術だったっけ!?』
ふぅ……どうやら解毒は成功したみたいだな、と平然を装う僕の心臓は張り裂けそうなくらいバックバクだ。
某ホラーゲームで振り向きざまにゾンビとコンニチワした時と同じくらいビックリした。
一歩間違えたら厨房ごと消滅してたんじゃないかと、自分の規格外な魔力量が本気で怖い。
魔法効果で厨房全体が微かに輝き、淀んでいた瘴気までもが根こそぎ浄化されていく。
ピンク色の人参と青葉のキャベツが淡い光に包まれ、まるで妖精の庭園に迷い込んだような幻想的な光景だ。
『いや、効果あり過ぎでは……!』
僕のやらかしの規模に、背筋を冷たい汗が伝う。
第16話をお読みいただきありがとうございました!
久々にイヴェットとキャリアさんを出せましたよ……まだまだ彼等と直接会うのは先ですので楽しみにしていただければ幸いです。闇騎士ヴェイグの魔法スペックに度肝を抜かれるエルニア。因みに彼はあまりホラーゲームは得意ではなく謎解きゲームとしてプレイしていました。
次回の第17話は、【7/26(日)の夜(18:00頃)】に投稿予定です。
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