第15話 十八歳児、お風呂で尊厳を失う。従僕の重すぎる髪愛の後に届いた、魔王からの恐怖の招待状
いや、あの……その……。
さっきのうたた寝で説得力皆無かもしれませんが、風呂は一人で入らせて……くれないみたいですね、これ。
まだ、犬や拾ってきた猫みたいに雑に洗われるなら耐えられた。
しかし、なぜかアランは鼻歌を歌いながら、テキパキと、だが丁寧にヴェイグの体を洗い清めていく。
「痒い所はないですか?」
「ない。髪が終われば後は自分でやるから、アランは他の事をしていろ」
要望を伝えてみたが、残念ながら無視。
おかしい。さっきシャンプーして泡を流し終えたはずなのに、アランは別の硝子製の瓶を取り出し、丁寧にヴェイグの長髪へ塗り込めていく。
あのー、アランさん、まだ続けるんですか?
はぁ、そうですか……まだ一種類目? もう一回やる?
そうですか……ふやけたりしないかな、僕。
私は十八歳にもなって他人の手で丸洗いされるという、貴重な体験をしてしまった。
僕の尊厳を返してほしい。貴族っておおかたこんな生活してるのかな?
やっと満足したのか、ヴェイグの深紺色──いや、水に濡れるとほぼ黒にしか見えない長い髪を手早く軽く結い上げ、アランは今度は入浴後のケアの準備を始めた。
男なのにそんなに必要なのかな?
僕とイヴェットなんて旅をしてきたから、たまに水浴びして終わりだったんだけど……。
冬の極寒の川で、どっちが先に入って水温を確かめるかで揉めたなぁ。
結局、押し合いになって二人で川にダイブしたのは、今では笑い話である。
流石にキュリアが来てからは、そんな極貧旅は女性に申し訳ないので、なるべく宿をとっていたけれど、男二人旅ならそういう事は適当になる。
それより、質の良い装備と食糧の確保にお金を掛けたい。
食べ盛り二人のエンゲル係数を舐めてはいけないのだ。
「なぁ、アラン。それは必要なのか?」
「ええ。必須項目です。ヴェイグ様、見た目というのは重要なんですよ。主人が着飾り、隙のない威厳と高貴さを示すことは、そのまま主人の『格』の証明に繋がります。それは我々従僕が出来る最大の支援なのだとお考え頂ければ幸いです」
『いや、丁寧な物腰のわりにアランから放たれる熱量がカンストしてる!』
笑顔の裏のガチなオーラに、僕のゴーストが『これ以上反論したらヤバい』って全力で囁いているんだけど!?
「本当にただの趣味ではなく、あくまで仕事だと言うのだな」
そう問い詰めると、アランは少し目を泳がせた。
「まぁ、少し、ほんの少し個人的嗜好が入っている事は否定しません。ですが聞いてくださいヴェイグ様! 折角この世の奇跡のごとき美しい髪なのです!
普段の深みある濃藍もさることながら、水分を含んだ瞬間にまるで新月の真夜中、一切の光を拒絶する深淵の黒へと変貌するあのグラデーション!
本当に、本当に素晴らしいとしか言いようがありません!
それを魔界の凶悪な瘴気や荒ぶる魔力ごときに侵され、輝きを失うなど万死に値します!
私は我らが主の髪の毛一本すら損なわれる世界など断固として認めません!!」
目に決意と楽しさと、あと何だか恐しい執念が混じり合い、爛々と輝いていた。
『だめだこの人、髪の話になるとブレーキが壊れてIQが限界突破するタイプだ!』
丁寧な顔して愛が重すぎるし、さっきよりさらに圧が強まっていてシンプルに生命の危機を感じるんだけど!?
「そうか……」
僕はそっと目を逸らし、抵抗するのを諦めた。満足行くまでやってくれ……。
幸いイシューが飲み物も用意してくれているので、至れり尽くせりだ。このブレンドティーも美味しいなぁ……、のぼせる事はあるまい。
横にいるのなら話し掛けても大丈夫だろう。
「今日、買ってきたものを調理したいのだが、どこか良い場所はないか?」
流石に城の厨房を借りるのは申し訳ない。
基本的に魔族は食事を必要としないと言っていても、兵士達は訓練で怪我等をしたら回復の為に摂取しているだろう。ただの我が儘で邪魔をするのは本意ではないのだ。
「そうですね……。イシューの私室に調合設備があるので、そこはいかがでしょうか? 火も水場もあったはずなので、調理する事も可能だとは思いますよ」
回復術を得意とするイシューは紅茶をブレンドしたりしているので、何かしらの設備は使っているだろうと思っていたが、調合とは。
「そんなに料理をされたいのですか?」
「あぁ。折角、新鮮な素材を手に入れたんだ。勿体無いだろう」
やっぱり、魔王軍最高幹部が手ずから料理するのは問題があるか。
でも、僕は残念ながらこれ以上待てない。
なぜなら、あんな直ぐ冷めていく炭の塊を料理とは言わないのだ。
前世の私は独り暮らしをしていたので自炊スキルは高い。そして、バイトも飲食系なので大量調理もお手のものだ。
たくさん量を食べたいなら、出来合いのものより大量に作って保存しておいた方が安上がりなのだ。
だから、あれには耐えることはできない。たぶん、私が初めて作った料理より酷い。
僕は何がなんでも魔王城の食生活を改善するのだ!
「分かりました。予定調整しておきますね。あと、先程ロスタが報告書を提出した際に、ヴェイグ様宛の手紙を預かったと申してました」
人が楽しい調理計画を立てているのに、手紙だと。
ヴェイグ宛に出してくる相手などかなり限られている。嫌な予感しかしない。
「魔王陛下か?」
「ええ。でもこの封蝋は個人向けの用向きの際に使う印なので、そこまで緊張する事はないかと」
『個人向け! 魔王直々の手紙! 恐怖しかない!』
えっ、休暇くれたんじゃなかったの? 待機命令だったんじゃないの。何の用だよ、マッドサイエンティスト系魔王様。
あの、実験動物を観察する様な目……苦手なんだよな。
僕だってゲーマーだったから、新しい事を発見したり、最高のハメ技を研究したりするのは楽しいし、大好きだ。だが、自分を対象に何か熱心な研究をされるのは居心地が悪い。
アランは準備が整ったのか、最後にタオルを用意している。
「先に読まれますか?」
「いい。後でイシューの淹れた紅茶でも飲みながら、ゆっくり読ませていただく。急ぎではないのだろう? 陛下から頂いた手紙を濡らす方が不敬であろうよ」
内心では嫌だ嫌だと叫んでみるけど、口からは良い感じに先延ばしの言葉が出てきてどうにかなった。
そこからがまた、長かった……。
化粧水や乳液の様なゲル体、髪にもなんか色々塗られて、最後に丁寧に髪を乾かされる。
何か詠唱したと思ったら、風魔法を利用してドライヤーの様に長くなった髪を乾かしていく。
地味に温風と冷風を切り替えながら乾かしている事に、職人技を感じる。
◇
そのあとはまた、地獄の魔界飯の時間が始まった。
それをどうにか平らげ、イシューのブレンドティーで口直しをする。
今回のは紅茶というよりはハーブティーに近いもののようで、後味スッキリだ。
アランから早速ペーパーナイフを渡されて、渋々開封していく。
その手紙の封蝋は上品な朱色で、ラメの様なモノが混ぜられ淡く輝いていた。
深呼吸をし、中身を取り出す。
魔王様は手紙の用紙にもこだわりがあるらしく、手触りが心地よい質の良い紙。そして、開封した瞬間、ほのかに薫るパルファムの様な香り。
残念ながら香水には詳しくなかったので、良い香りなのは分かるが何の香りかまでは分からない。たぶん、魔王様らしい香りなのだろう。
そこには驚愕の内容が書かれていた。
上品でありながら少し角張った几帳面な筆跡で、こう書いてあった。
【明後日 八つ時 奥の私室に来るように】
『シンプルに嫌だ!!!』
第15話をお読みいただきありがとうございました!
ドキドキサービス回⭐︎ではなくヴェイグ様の髪を褒めちぎるアランの暴走回でした。魔王様からの招待状……シンプルに嫌だ!!と切って捨てるエルニアですがまぁ、上司命令には逆らえないのです。
毎日投稿のお付き合い、本当にありがとうございました!
物語がめちゃくちゃ気になる展開の途中ではありますが……!スタートダッシュの連続投稿は本日で一区切りとなります。
気になるこの続きからは、以下の定期更新スケジュールでお届けしていきます!
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次回、第16話は【7/24(金)18:00】に最新話を投稿します。
これからもエルニアたちの活躍をじっくり描いていきますので、続きが気になる方、応援してくださる方は、ぜひページ下部からブックマーク登録や**評価(☆☆☆☆☆)**をよろしくお願いいたします!励みになります!
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