n人目 梅田の案内係『大倉芳江』
最近はやたら目が乾く。
ずっと目薬をさしてるから減りも早い。
コンタクトを入れてるせいもあるけど、地下は空気が乾いてることも多い。
換気もしてるはずやけどやっぱり人が密集してるし、行き交う人を見てると目が疲れる。
まあ、もう慣れたけど。
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私は大倉芳江、27歳。
梅田地下街のインフォメーションで案内係をしている。
毎日何十万と行き交う人々を見ながら、訪れた人に道案内をする。
案内先で多いのがトイレ、駅の改札、○○ビルに行きたい、そしてお店の場所。
「一番近いお手洗いはそちらの通路の左手になります」
「HEP FIVEへはこちらの通路を進んで右手に行くと直接繋がる入り口がございます」
「申し訳ございません。そちらのお店は先月閉店しておりまして」
隣に座っている先輩、望月さんと手分けして対応していく。
インバウンドが増えてから、外国人の問い合わせも圧倒的に増えた。
私も英語はそこそこできるけど、望月さんは中国語、韓国語も堪能だから、どんなお客様が来ても淀みなく対応していく。
簡単な道案内は私も韓国語なら何とかなるけど。
「トイレや駅の案内は簡単やけど、お店は困るな。しょっちゅう入れ替わってるし」
お客様が切れた合間で望月さんと雑談する。
「そうですね。ちょうど年度末だと特に閉まるお店も多いし。それに今も『噴水のある広場はどこですか?』って聞かれますけど、『泉の広場はあるけど噴水はなくなりました』って伝えると、驚かれる方多いですよね」
「そうやな。もう噴水なくなったの7年前やねんけどな」
言いながら望月さんは後ろを向いて軽く欠伸をする。
それを見て私もまた目が乾いてるのを感じた。
目薬を取り出して、目にさす。
「最近目薬よくさしてんな」
「はい。やたら目が乾くんで。最近めちゃくちゃ消費が早いんですよ」
「目は1つちゃうからな。そりゃ減るわ」
「……まあ、そうですね」
そんな会話をしていると、定期的に巡回している警備員さんがやってきた。
いつも肩の上にメダマンのぬいぐるみを乗せている。
「お疲れさん」
「お疲れさまです。今日はお客様多いですよね」
「世間は三連休やからな」
「……そうですね。ここにいると曜日や日付の感覚なくなります」
「……そうやな。ここはいつも変わらんから」
そんな会話をしている間も、メダマンのたくさんの目はあっちこっちキョロキョロ動いていた。
最初はぎょっとしたけど、見慣れてくるとかわいく思えてくるのが不思議だ。
「メダマン、今日はご機嫌やねえ」
話しかけるとメダマンの目が一斉に閉じて、パッと開いた。
メダマンなりのYESの返事らしい。
「こいつ、こないだも3人呑んだからな。それで機嫌ええんや」
「……そうですか」
そうして警備員さんは腕時計をチラッと見て、「そろそろ行くわ」と言って去って行った。
その後ろ姿を見て何となく呟く。
「あの警備員さんもここ長いですよね。2~30年はいるのかも」
「そんなんやったっけ?」
言いながら望月さんは手荷物をまとめ始めた。
そろそろ望月さんは帰る時間だからだ。
それを見て私はまた目が乾いてるのを感じた。
目薬をさそうとして、中身が空になってるのに気づいた。
あれ? さっき開けたとこやんな?
もう空?
そんなにさしたっけ?
「大倉さん、じゃあお先に」
「はい、お疲れさまです」
「……大倉さんは、いつ帰る予定?」
「え?」
いつ?
いつ帰る予定?
……ていうか私、いつからここにおったっけ。
私が黙り込む様子を見ながらも、望月さんは気にしていないようだった。
「大倉さん」
「は、はい」
望月さんはニコッと微笑んで言った。
「また、目が増えてるで」
n人”目” 大倉芳江 完




