もう1人のn人目 『望月智美』
あ、また大倉さん、目が増えてる。
隣に座ってる後輩、大倉芳江さんのうなじに増えた目を見ながら、私はぼんやりそう思った。
私は望月智美、年齢は忘れてしまった。
大倉さんと並んでインフォメーションで案内係をしている。
昔から海外が好きであちこち飛び回った結果、英語、中国語、韓国語がそこそこできるようになったのでここで働くようになった。
いろんな人と話せるのは楽しいかと思ったけど、結局いつも同じやり取りの繰り返しだから単調でもある。
でも高度成長期からバブル崩壊、長く続いた氷河期、上向いたかと思った景気はまた落ちて今は円安でインバウンドも増えた。
ここにいるだけで経済のアレコレが見えてくるのも面白い。
「目が乾きますよね。目薬1日1本じゃ足りないです」
言いながら大倉さんは左手の甲に増えた目に目薬を足している。
「そうやね。業務用があればいいねんけど」
「業務用の目薬って何ですか」
そう言って二人で笑い合う。
大倉さんは目が増えるスピードが早いと思う、私はまだ太ももとお腹だけやから。
「化粧品メーカーがアイメイクをいろいろ提案してるけど、あれって顔についてる目限定やんな。他の目はどうしたらええんですか?って疑問やわ」
「服や髪で隠れてるならアイメイク要らんでしょ。背中にもできたとき後ろが見えて便利かなと思ったけど服に隠れるし、寝るとき邪魔なんですよね」
「そうやなあ。せめてどこにできるかコントロールできたらええねんけど」
「でも今、うなじに増えたのは便利そうです。振り返らなくても後ろの時計見えるから」
「大倉さんボブやから、毛先が目に入らへん?」
「入ってます。実はチクチク痛くて」
「アップにする? ゴムあるけど」
「ありがとうございます」
そう言ってる間に時間は過ぎ、私の退勤時間になった。
大倉さんはまだここに残るけど、私は帰る。
まあ、どこに帰るかは私も知らんねんけど。
「……すみません」
声をかけられて振り向く。
そこにはまだ若い女性のお客様がいた。
「はい。どうされました?」
「あの、ここに案内係募集って求人貼ってますよね。まだ募集されてますか?」
私はにっこり微笑んだ。
「はい、募集してます。ご興味がおありですか?」
「はい、英語は好きなのでそれを活かしたいと思ってます」
よかった。
どこも人手不足みたいやけど、案内係もなかなか人が集まらなくて困ってたから。
「あ、ひとつお聞きしたいんですけど」
私の質問に、その女性は軽く頷いた。
「はい、何ですか?」
「……長く、勤めていただけますか?」
もう1人のn人"目" 望月智美 完




