4人め 過去を懐かしむ老人『佐藤秀司』
俺いつからここに座っとったやろう。
スマホの充電も切れたから時間が分からんわ。
そう思いながら俺はぼんやりベンチに座り、道行く人を見つめた。
俺は、佐藤秀司。
今年82歳になる、立派な後期高齢者だ。
今は神戸在住だが、今日は用事があって久しぶりに梅田に出てきた。
昔はよう梅田の地下街歩いたんやけど、もうすっかり変わってしもたな……。
知ってる店はほとんどなくなって、新しい店がひしめいている。
人通りの多さは相変わらずやし、若い人、サラリーマン、女性グループ、みんな楽しそうに歩いてるのもあのときと同じや。
用事を済ませ、せっかくやからと泉の広場に着いて愕然とした。
まさか噴水がなくなっとるやなんて。
噴水があった場所はあのときのまま円形の広場になってるし名前も泉の広場のまま、でもその象徴やった噴水は跡形もなく消え、そこには銀色の木のオブジェがあった。
……そういえば、ばあさんが噴水なくなったって言っとったっけ。
今ごろ思い出す。
ようここで、結婚前はばあさんと待ち合わせたな。
あっちはちょっと遅刻グセがあり、俺はいつもここで待たされた。
その間噴水の縁に座って、ばあさんが来るのを待っとったな。
でも今やそこには、その銀色の木の幹があるだけ。
相変わらずそこは待ち合わせスポットらしくたくさんの人が待ってたけど、座れる場所はなくかつての落ち着ける雰囲気ではなかった。
……と思ってたんやけど。
「あれ?」
いつの間にか幹の下にベンチがあった。
あんなんさっきあったっけ?
でも周りの人はそこに座る様子もなかったので、せっかくやから座らせてもらうことにする。
歳のわりに足腰は丈夫な方やと思うけど、さすがにここまで歩いてくるときついものがあった。
そこに座って広場全体を見つめる。
こうやって座ってると昔を思い出すな。
ばあさん。
もうすぐ一周忌やな。
ばあさんがおらん生活にも少し慣れてきたで。
家事はそこそこやってきたからそないに困ることはないけど、食事はばあさん頼みやったな。
最近は宅配弁当やヘルパーさんに頼んでなんとかやってるけど、こないだ卵焼きは上手に焼けたんやで。
ばあさんの卵焼きには全然かなわへんけどな。
息子夫婦たちが一緒に住まへんかって言ってくれるんやけど、奥さんや孫たちに気を遣わせるの分かってるから断ってんねん。
一人は寂しいけど、気楽な方が俺はええんや。
そう思いながら通路の角にある店を見る。
あそこは昔喫茶店で、ばあさんはあそこのアップルパイが好きやったな。
でも今はそれもなくなり、別の飲食店になっている。
ばあさんとの思い出はこうやって消えていくんやろか。
そう思いながら俺はぼんやりベンチに座っていた。
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通り過ぎる人たちはみんな楽しそうに、そして忙しそうにしている。
あるサラリーマンは「こないだのツアー、春節見越してたみたいやけどいまいちみたいやな」と電話で喋りながら歩いていた。
俺もああやって仕事に追われとったな。
家のことはばあさんに任せっきりやったから、退職したあとはばあさんに家事を教わった。
「私の方が長生きすると思うけど、家事は覚えとった方が損はないから」
ばあさんはそう言っとったけど、自分の方が肺炎であっさり逝ってもたやん。
まあ、そのお陰で一人でもこうやって生きていけるわけやから、ばあさんには感謝やな。
「じいさん、大丈夫か?」
突然声をかけられる。
最近耳も遠いから、何度か声を掛けられてようやく気づいた。
そこにいたのはやたら目力の強い警備員だった。
肩には青と赤のぬいぐるみを乗せている。
「……ああ、メダマンか。前の万博の時人気やったな」
思わず呟く。
警備員は少し眉を上げた。
「俺、昔万博で働いとったんやで。海外との仕事やってた関係でな。やから懐かしいわ」
「じいさん。大丈夫か?」
改めて突然質問されて戸惑う。
「……何がや?」
「いや、なんでも。あまり無理せん方がええで」
「おおきに。もう少ししたらそろそろ行くわ」
そう言うと警備員は、軽く頷いて離れていった。
……ほんまにそろそろ行かなあかんな。
ここから家までそこそこ時間かかるし。
そう思ったときやった。
「秀司さん、お待たせ」
目の前に若い女性が現れた。
くるくる巻いた髪を結い上げ、赤いワンピースを着ているかわいい女性だった。
こんな若くてかわいい女性が、こんなジジイになんの用事や。
その女性は満面の笑顔で続けた。
「早よ行こ。映画が始まってしまうで。マイフェアレディ、楽しみやな」
そういって俺の手を引っ張る。
その女性、見たことがあると思ったら
「ばあさ……やない、順子さん」
そこにおったのは若い頃のばあさん、順子やった。
「どうしたん? 早く行こ」
戸惑いながらも促されて立ち上がる。
すると、いつも立ち上がる時にきしむ膝や腰がすんなりと動いた。
あれ?
そしてここに履いてきてたはずのスウェットが、いつの間にか当時よく履いてたジーンズに変わっていた。
上の服もチェックの柄のシャツに変わってる。
俺の戸惑いをよそに、順子はにこにこと微笑んだ。
「なあ、映画のあとは何食べる? 私、オムライス食べたい。阪急百貨店のなかに新しい洋食屋できてんて」
「……そうか、なら行こか。俺もオムライス食べたい」
そういって振り向くと、そこには噴水が水をたたえてキラキラ光っていた。
ああ、やっぱりこれがないと梅田は始まらんで。
角にある喫茶店から漂うアップルパイの香りをかぎながら、俺たちは通路を歩いていった。
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去っていく2人の後ろ姿を警備員は見つめていた。
メダマンに目をやったが、メダマンに変化は起きなかった。
ただじっとメダマンは警備員の肩に乗っているだけだ。
そして2人の姿が消えた通路の方へ目をやる。
「……まあ、生きてる人間しか、”目”にはなられへんからな」
4人め 佐藤秀司 完




