表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梅田迷宮譚  作者: カノンみわ
1章
PR
3/6

3人目 終電を逃した男『井上大輔』

 また北新地に戻ってきてもた。


 でも、もうええか。


 終電もとっくになくなったし、どこかから出てタクシーで帰ろ。


 そう思い、適当な出口を探すことにした。




 俺は井上大輔、38歳。


 旅行会社で経理をしている。


 もう入社して15年はたち、肩書きは主任になったけどやってることは新人と一緒。


 金の動きを見て会社の経営状態は把握してるけど、この間の感染症でこの業界は本当に不安定なんやと思い知る。


 もともと旅行業界に興味があったわけじゃない。


 俺が大学を卒業して就活をした頃は、なんたらショックで氷河期真っ只中だった。


 あの時はどこの会社も新卒採用を控え、何とか内定をもぎ取ったのが今の旅行会社だったと言うわけだ。



 そして今は……。


「なんやねん。今年の初任給」


 インバウンドを取り込むために会社が外国人向けの日本旅行を企画し出してから、幸い業績は右肩上がりだ。


 それに伴って人手不足は深刻になる。


 新卒を採用しようとしても、やっぱり旅行業は不安定と学生にも見抜かれてるからか、なかなか志望者は来ない。


 だから会社も初任給や福利厚生を手厚くする。


 そして今年の初任給が俺の今の給料とそんなに変わらないと今日聞いて、同期と北新地でやけ酒をしていた。


 それでつい飲みすぎ、終電を逃したと言うわけだ。


「俺はなあ、これでもずっと真面目に経理やってきたんやで」


 北新地の閉じた改札を前に、壁を背もたれに座り込む。


「なんやってん、俺の15年……」


 ぼやきが止まらない。


「どこ行ってん、俺の主任手当て。……おまけに去年入社した福原、結婚するって? ええなあリア充は」


 深々とため息をつく


「俺も結婚したいわ。彼女もおらんけど」


 今日飲んだ同期で今年結婚したやつがいるが、そいつの出会いはマッチングアプリだった。


 勧められたから半信半疑で始めてみたけど……。




「全滅やんけ」


 毎月安くはない月会費を払ってるのに、一向に女子とマッチングしない。


 写真があかんのか?と思い明るいものにしてみたり、簡素だった自己紹介を埋めてみると、ようやくポツポツとマッチングするようにはなった。


 けどメッセージのやり取りで9割は消える。


 マッチングしとんのに返事来えへんって何でやねん。


 何とか会うまでこぎ着けたのは2人いるけど、1人はその後音信不通、1人は露骨な勧誘やった。


 ……もう何年彼女おらんのやろ。


 再来年には40になる。


 今より明らかに不利になるという焦りもある。


「……ほんま、飲まなやってられへんで」


 俺の呟きは誰もいない地下道に変に響いた。





─────────────────────




 しばらく座り込んだあと、ようやく腰を上げた。


「そろそろ行かなあかんな。地下道閉まるかも知れへんし」


 ふらついた頭を何とか支え、壁に手を当てて何とか立ち上がる。


 すると──────



 少し先に阪神百貨店の紙袋が置いてあった。


 あんなん、さっきからあったっけ?


 忘れ物かな。


 そう思い近寄って上から覗き込む。


 丁寧に包装された中身、試しに持ってみてピンと来た。


 これはワインや。


 百貨店でこんな立派な包装されてるんやったら、贈答用のええワインなんやろな。




 ……ちょっと気になるけど。


 と思い、あかんと頭を振って軽く目が回る。


 いつもやったら届けるけど、今日はええわ。


 明日誰かが見つけるやろう。


 そう思いそこから重い足取りでドーチカの方へ向かい出口を探した。



─────────────────────




 北新地は大阪屈指の歓楽街だ。


 高級クラブやラウンジなど遊べばそこそこ金のかかる店も多いけど、最近は俺らみたいな安月給サラリーマンでも飲める店も増えてきた。


 そんな煌びやかな北新地だが、最寄りの北新地駅は地下にあり、白い床と白い天井の無機質な作りだった。


 おまけに今はその改札も閉まり駅員の姿も消え、照明も消されている。


 ただでさえ素っ気ない作りやのに、人気がないとさらに物寂しさが増す。



 そんな北新地から繋がるドーチカは、堂島地下街のことだ。


 飲み屋や定食屋が並びいつも仕事帰りのサラリーマンで賑わっているが、さすがに今はもう全ての店は閉まり人っ子一人歩いていない。


 ドーチカやったら出口があったはずやけど、と思い動きの鈍い頭で考える。


 目につく出口から出ようとしたけど、それはビルへの入り口になっていて、出口は閉まっていた。


 あれ、出られへん?


 ちょっと嫌な予感がしながらも静まり返ってるドーチカを歩いていく。


 出口の表示があってもことごとく閉まっていた。


 どこかに出られる出口は……と思いふらふら歩いてドーチカのどん詰まりに着いてもた、と思ったら無機質な壁と床、そして煌々と明るい照明。


 そして目の前には閉まった改札。


 これ北新地の改札やんけ。


 何でドーチカ突き抜けたら北新地に戻るねん。


 意味分からん。



 しょうがないので今度はディアモールの方へ行ってみる。


 ディアモールはドーチカとは打って変わり、高い天井とおしゃれな柱、ちょっと外国風な雰囲気があり並んでるお店も女性向けの服屋か雑貨屋などだ。


 ……まあ今は全て閉まってるけど。


 このままJRの方に抜けたらどこか出口はあるやろ。


 そう思ってたのに、たどり着いた先にあるのはまた北新地の改札だった。


「何でやねん」


 思わず途方にくれる。


 俺まっすぐ帰られへんくらい酔ってるんか?


 いつもこれくらい飲んでるけど……と思ったけど、おぼろげに日本酒も飲んでたことを思い出した。


 ビールと酎ハイと日本酒チャンポンはそら来るか……。


 北新地の改札を前にまた俺は壁を背にズルズルと座り込んだ。




「兄ちゃん、酔っとるんか?」


 いきなり話しかけられ驚く。


 誰もおらんと思ってたのに。


 そこにはやたら目力の強い警備員、そしてその肩の上には───────



「……メダマンですか。久しぶりに見たな」


 警備員は答えない。


 少し眉を上げただけだ。


「昔、テレビでメダマン天気予報ってやってませんでした? 目の数で明日の降水確率が分かるみたいな。0%の日は目がなくてただの青と赤の塊やって……」


 言いながら少し笑う。


「……いや、ちゃうな。どうやったっけ……」


「兄ちゃん。梅田から出たいか?」


 突然の警備員の質問にゆっくり顔を上げる。


「梅田から? そら出たいですよ。早よ帰らな明日も仕事やし……」


「そうか」


 警備員は淡々とした口調で答える。



「なら、早よ行かな。梅田が動き始めてるで」


「……? どういう意味ですか?」


「そのまんまの意味や」


「はあ……」


 頭が動かへんねんから、謎解きみたいなん止めてほしいねんけど。


「……分かりました。行きます」


「兄ちゃん、ひとつ言うわ」


「はい?」


「諦めたらあかんで」


「……」


 なんやろう。前向きな励ましなんやけど、モヤっとする。


「それじゃあ」


 そう言って俺はまたドーチカの方へ向かった。


 次は西梅田の方に行ったら大丈夫やろ。


 あっちにも改札があるんやから、外に出られる出口もあるはず、多分。


 そう思って西梅田を目指した。




 ……そして目の前には北新地。



 マジ何なん?


 酔ってることを加味しても、おかしないか?


 もうワケわからんわ。


 そう思ってると、さっき見つけた紙袋が目に入った。


 思わず近寄る。


 紙袋の中から包装紙に包まれたワインを取り出した。


 もうこれは全部夢かもしれん。


 本当はとっくに家に帰って寝てるんちゃうか、俺?


 そやったら何してもええやん。


 そう思った直後、俺の手は勝手に包装紙を破っていた。





─────────────────────



 警備員が北新地の改札の前に戻ってくると、紙袋と破り捨てられた包装紙、そして空になったワインのボトルが転がっていた。


「……ごみはちゃんと片付けなあかんやろ」


 呟きながら肩の上のメダマンを見る。


 さっき新しく、メダマンの目が増えていた。


 そして警備員はまたワインのボトルに目をやる。



「……酒に飲まれたら、梅田にも呑まれるんやで」




 3人”目” 井上大輔 完



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ