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梅田迷宮譚  作者: カノンみわ
1章
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2/6

2人目 買い物に来た主婦『山口奈美子』

「あーあ、帰りたないなあ……」


 タリーズで通路が見えるカウンター席に座りカフェオレを飲みながら、私は呟いた。




 私は山口奈美子、44歳。


 15年前に結婚して中学生の娘が一人いる専業主婦。


 ずっと家事育児をワンオペでやってきて、ようやく一人娘の莉子が中学生になり一人の時間も持てるようになってきた。


 こうやって一人で梅田に来るのは何年ぶりだろう。


 今日は旦那の両親が喜寿になるから、そのお祝いで渡すワインを探しに阪神百貨店に来た。


 阪神百貨店はワインの取り揃えが豊富だから義両親の好みを伝え、店員さんにワインと合うおつまみも選んでもらって包装もしてもらった。


 発送も頼もうかと思ったけど、実物を見せないと旦那はぐちぐち言いそうやから持ち帰ることを選んだ。


 ……でも、ここに来て後悔してる。


 フルボトルのワインは結構重いし、割れ物を持って電車に乗って帰るのは結構しんどい。


 おまけに梅田に行くと言ったら莉子が


「梅田のキディランド限定のちいかわグッズが欲しい」


 と言うものだから、わざわざ行く事になった。


 キディランドは阪急三番街にあるから、阪神百貨店から結構距離がある。


 だから途中のホワイティのタリーズでこうやって一息いれているところだった。


 せっかく梅田に来たんやからおしゃれなカフェやホテルの喫茶店に行っても良かったんやけど、つい勿体ない精神が動いてこうやって手頃なカフェに入ってる。


 こうやって無意識に染み付いた節約根性や家計のやりくりを、旦那も莉子もどこまで理解してるやら。


 そもそも今回の喜寿お祝いも旦那はめんどくさそうだった。


 いや、あんたの親やろ。


 何で私が気を回さんとあかんの?


 義父母はええ人たちやからまだこうやって私が動いてるけど、私にその義務ないんやで?



 毎日がこんな感じだ。


 家事も育児も全て私がやって当たり前。


 それは私が専業主婦だから。


 でもそもそも私が仕事を離れたのは莉子が生まれ、保育園が見つからずお互いの両親も頼れず仕方なく私が仕事を辞めることになったからだ。


 それはお互い了承してたはずなのに、今ごろ旦那は「専業主婦は楽でええな」とか抜かしてくる。


 確かに旦那の給料で生活費と莉子の学費は賄えてるけど、でも余裕があると言うわけでもない。


 そろそろパートでも探すか……。


 そう思いながら通路を行き交う人々を見る。


 今日、私は数年前に買ったニットにロングスカートをはいてきた。


 これにした理由はひとつ、入る服がこれしかなかったから。


 40過ぎて太りだし身だしなみもあまり気にしてこなかったから、いざ梅田に来て気恥ずかしくなった。


 目の前を歩いていく女性たちは若い子はキラキラ輝いてるし、私より年上っぽい人もきちんとした身なりで颯爽と歩いてる。


 10年以上家の事しかしてない私はすっかり置いてけぼりやな。


 そう思って、またカフェオレを一口飲んだ。



────────────────────



 通路を行く人をぼんやり見つめながらカフェオレを飲んでいると、ついにカップが空になった。


 もうどれくらいここにおるやろう。


 スマホはいつの間にか圏外になっていた。


 格安のキャリアにしてるからか、たまに電波が圏外になることがある。


 だからあまり気にしてなかった。


 というか、常に誰かと繋がってるというのは便利やけどしんどくもある。


 電波も届かない完全な一人の状態は心地よかった。


 と言ってもいつまでもここにいるわけにも行かない。


 夕飯の準備もあるし、もう行かなあかん。


 空のカップを持ち、重いワインの入った紙袋を持ち上げる。


 先にキディランドに行ってからワインを買えば良かった。


 ほんま要領悪いな、私。


 その時、目の前をリュックを背負った若い男性が通りすぎるのを見た。


 あの子、さっきから何回も通ってるけど道に迷ったんやろか。


 ……まあ、梅田やしな。ここは。


 そう思いながら席を立ち、空のカップを片付けて店を出た。



─────────────────────



 通路を歩き、そのまま阪急三番街へ入る。


 前に来たのはいつやったっけ。


 その時も確か莉子にせがまれてキディランドに行った気がする。


 私の行動はいつも家族のためやな。


 そのままエスカレーターを上がりキディランドに着く。


 相変わらずの広さ、これでもかとグッズが並べられた棚、そしてひしめく客。


 聞こえてくる言葉も外国語が多いから、グッズを求める観光客も多いのかも。


 平日やのにこんなに混んでるんやな。


 そしてお目当てのちいかわグッズは一番目立つところにあった。


 莉子に送られた写真を見ながらグッズを探す。


 ふと、この間の莉子との口喧嘩を思い出した。


 反抗期に入った莉子は最近本当にやりづらい。


 この間の口喧嘩では「ババアうるさいねん」と言われ、さすがに固まった。


 莉子も言いすぎたと思ったみたいだったけど、その後なにも言ってこなかった。


 その数日後、何事もなかったようにちいかわグッズをねだってきたのだ。


 この甘えが莉子なりの仲直りなのか、なにも考えてないのか分からない。


 昔は素直でかわいかったんやけどな……。


 そう思いながら見つけたグッズを手に取り、レジで会計をした。




─────────────────────



 レジで袋を追加で購入し、いくつか買ったちいかわグッズを入れてもらって店を出た。


 ほんま、私何やってるんやろう。


 私は誰のために生きてるん?


 それを考え出すと止まらなくなった。


 ……あかん、気分転換に何か食べよう。


 この下にフードコートがあったはずや。


 重いワインの紙袋、そしてちいかわが入った袋を下げ私はエスカレーターを降りた。


 そこに広がる大きなフードコート。


 こんなに大きかったっけ?


 見渡す限り椅子とテーブルが並び、その回りをぐるっといろんな店が並んでる。


 うどん、ラーメン、豚カツ、お好み焼き、そして洋食、カレー、エスニック、スイーツまで選び放題だった。


 店を見ながら回っていたせいか前を見てなかった私は、人と派手にぶつかった。


 思わず転けそうになった私の腕を、誰かが引っ張って支えてくれた。


「す、すみません……」


 そこにはやたら目力の強い警備員さんがいた。


 どうも私はこの人にぶつかったらしい。


 どうにか体勢を立て直し、ようやく一息着く。


「すみませんでした」


 改めて謝るとその警備員さんは表情を変えず淡々と答えた。


「人が多いから、気い付けなあかんで」


「は、はい……」


 ふと、その警備員さんの肩に青と赤のぬいぐるみが乗っているのが目に入った。


「あ、メダマンや」


 思わず呟く。


 それを聞いて、警備員さんの表情が少し動いた。


「懐かしいですね。メダマン。小学生の時ぬいぐるみ持ってました。あれ、どこ行ったんかなあ……」


 思わず思い出に浸りそうになったけど、警備員さんが無言で見つめてくるので我に返り、慌ててお礼を言った。


「ありがとうございました。それじゃ……」


「何か食うんか?」


「……はい。お腹空いたので」


 すると警備員さんは少し間を置いて答えた。


「そうか。まあ、ゆっくりしてったらええで」


「……ありがとうございます」


 そして警備員さんのもとを離れ、適当な席にキディランドの袋を置いて席取りをしてから食べるものを買いに行った。



 ……結局頼んだのは、串かつだるまの串かつ定食だった。


 痩せなあかんなと思ったのに、ガツンとしたものを選んでることが笑えてしまう。


 でも、ええよな。


 今日はめっちゃ歩いたし、たまには好きなもの食べたいわ。


 そうして口に運んだ串かつは、サクッとした衣と特性のソースが絶妙だった。


 揚げたての揚げ物なんて食べたのいつぶりやろう。


 いつも揚げたら旦那と莉子に食べさせて、私はあとから食べてたな。


 ほんまに私、疲れたわ。


 ゆっくりしたい。


 そう思ってふと隣に置いた荷物を見て、その時にワインを入れた紙袋がなくなってることに気づいた。


 あれ?


 キディランド出たときは持ってたよな?


 ここに来たときは?


 どこで失くした?


 周りを見てみたけど、どこにも見当たらなかった。


 やばい、どうしよ。


 何気なくキディランドの袋に入れていたちいかわグッズを見て、それらが全部メダマンになってることに気づいた。


 え? 何で?


 キディランドにメダマンなんか売ってた?


 こんなん持って帰ったら旦那に絶対文句言われるし、莉子の機嫌も損ねるやろう。



 ……でも、もうええか。


 もう、楽になりたい。



 そう思った瞬間、袋に詰め込まれたメダマンたちの目が一斉にこっちを見た。



 ─────────────────



 テーブルで串かつを食べる奈美子を、警備員は見つめていた。


 そして肩の上のメダマンが微かに震える。


 警備員がメダマンに目をやると、新たな目がパカッと開いた。


 そして警備員がまた奈美子の方に目をやると、そこには誰もいなかった。



「……まあ、自分から梅田に呑まれたい人もおるやろ」





 2人”目” 山口奈美子 完


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