1人目 東京から来た青年『高橋直樹』
このタリーズ、何回目だよ……。
俺は今どこを歩いてるんだ。
たかが地下街じゃないのかよ。
そんな考えが頭をぐるぐるしながら、俺はひたすら目的地を目指した。
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「高橋くん、明日梅田行くん?」
そもそもの始まりは職場の先輩、野本さんとの昼食を取りながらの何気ない会話だった。
「はい、友達が肥後橋に住んでて泊まりで家飲みに誘われたんです。僕、大阪に来るの初めてだし」
俺は高橋直樹、24歳。
東京在住で部品メーカーの営業になって3年目だ。
今は工場がある大阪に1ヶ月だけ研修に来ている。
「肥後橋ってことは、四つ橋線?」
「はい、西梅田ですよね」
「……チャレンジャーやな」
今、俺がいる工場は阪急の十三駅から徒歩10分のところにある。
十三と書いてじゅうそう、と読む。
難読地名が多い関西でもトップクラスに難読だ。
初見では絶対読めない。
1ヶ月滞在するマンスリーマンションも会社が近くに借りてくれたので通勤は徒歩、そして俺はまだ梅田地下街へは行ったことがなかった。
「……チャレンジャーって大袈裟な。梅田地下街はややこしい?って聞きますし、西梅田は阪急からちょっと離れてるみたいですけど、案内に沿って行けば問題ないですよね?」
カレーを掬うスプーンを止めて野本さんはこっちを見た。
「……まあ、行ったら分かるわ。頑張りや」
その翌日の土曜日、俺は十三から梅田へ出た。
この間は2駅、5分くらいで着く。
十三は阪急の乗り換えターミナル駅で人は多いけど、梅田はさらにその上をいっていた。
けどこれくらい東京と比べたら大したことはない。
梅田駅で降り、こんなに磨く必要ある?と思うくらいピカピカのホームを歩いて、中央改札から出た。
そして正面のでかい階段を降りそのまま地下へ入った。
正面は店が並んで行き止まりなので、右か左かへ行く事になる。
右へ行けば御堂筋線とJR、四つ橋線は左と案内が出ていたのでそれに従い、さらにその先のエスカレーターで降りる。
そろそろ今地下何階なのか分からなくなってきた。
そもそも阪急の改札は何階だったっけ?
それでも人の流れに乗り通路を歩いていく。
そこはホワイティノースモールとあり、飲食店がずらっと並んでいた。
昼から開いてる居酒屋、大阪らしいお好み焼き屋、小洒落たカフェもある。
地下街だけど下町っぽい、わいわいとした雰囲気が伝わってきた。
野本さんはああ言ってたけど、全然大したことないじゃん。
俺がよく行くドトールやタリーズもあり、パッと見どちらも満席のようだった。
東京もカフェは混み合うけど、どこも同じだな。
そう思っていると通路が交差する広い空間に出た。
ここからどっちに行けばいいんだ?
案内を探すが見当たらない。
慌ててスマホを見たが圏外だった。
何で今圏外なんだよ。
たくさんの人がいろんな方向から来て、いろんな方向へ進んでいく。
そのなかで俺は一人途方にくれた。
するとその一角に一人の警備員が立っているのが見えた。
微動だにせず立っているその人は普通の警備員に見えたけど、肩の上に目を引くものを乗せている。
青と赤の特徴ある配色、丸っこい体、そしてやたら多い目。
あれは確か……。
まあいいや、あの人に聞こう。
そう思いその警備員に声をかけた。
「すみません、西梅田へ行きたいんですがどっちへ行けばいいですか?」
警備員は答えない。
俺の声が聞こえないのかこっちを見ることもなかった。
ただその代わり────
肩の上のぬいぐるみの目のひとつがこっちを見た気がした。
え?と思っていると、おもむろに警備員がこっちを見た。
目力の強い目で見られ少し怯む。
「兄ちゃん、西梅田行きたいんか?」
普通にタメ口で喋られて一瞬戸惑う。
「はい、案内が見当たらなくて」
「そやろな。案内は気まぐれやから」
「……?」
何言ってるんだろう、この人。
「西梅田は右に曲がってまっすぐや。ええか、まっすぐやで。案内に騙されたらあかん」
案内が騙すって何なんだよ。
色々突っ込みたいけど、とりあえず「分かりました」と答えた。
ただひとつ気になるのはその肩の上のぬいぐるみだ。
「あの、その肩の上のぬいぐるみって去年で終わったんじゃ……」
「これはメダマン。大阪の魂や」
「メダマン?」
「ここは、うめだ、やからな」
「ああ、そういう……」
納得しそうになって、そういうものか?と疑問もわずかに湧く。
「ところで警備員さん、俳優さんに似てるって言われません? 遠藤憲……」
「言うたらあかん」
警備員さんの声が一段階低くなった気がした。
ちょっとゾクッとしたけど、ここで長居をしても仕方がない。
「……ありがとうございました」
そう言って俺は警備員さんが教えてくれた通路を歩いていくことにした。
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警備員さんに教えてもらった通路をまっすぐに歩いていく。
さっきのホワイティは飲食店が多かったけど、今歩いてる通路は洋服や雑貨屋が多かった。
少しおしゃれな雰囲気になった気がする。
そして人がさらに増えてきた。
JR大阪駅に繋がる広い空間に出たのだ。
ただそこは本当にカオスだった。
阪神電車の表示もあり、振り返れば阪急百貨店の案内もある。
御堂筋線の改札もあり、よく分からない通路も放射状に伸びていた。
あれ、俺どこから来たっけ?
まっすぐってどれがまっすぐ?
思わず回りを見ると、西梅田はこちらと言う案内があった。
それを見つけほっとした俺は、その案内に従って通路を進んだ。
いろんな方向からやってくる人混みを抜け、阪神百貨店を横目に通路を行く。
そう言えば阪神百貨店のイカ焼きがうまいって聞いたな。
ちょっと小腹が減ったけど、今はやめることにした。
とりあえず今は少しでも早く西梅田に着きたい。
そうして歩いていると通路の雰囲気が変わり、また飲食店がずらっと並ぶ下町っぽい感じになった。
通路によって店の並びや雰囲気に特徴があるのはさすが大阪と言う感じがする。
ただ──────
「あれ、この居酒屋、さっき見なかったっけ」
チェーン店なのかな?
東京でも同じ店の別店舗が近くにあるのはよくあることだし、と俺は最初は気にしなかった。
でも。
「このお好み焼き屋も、このカフェも……」
そしてドトール、タリーズ。
さっき見たのと同じ並びだ。
こんなこと、ある?
そしてさっきとそっくりの広場に出た。
いや、そっくりじゃない。
だってそこには、あのメダマンを肩に乗せた警備員さんが立っていたから。
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あのメダマンを肩に乗せたやたら目力の強い警備員さんが立っている広場。
あー、俺どこかで道間違えたんだな。
ぐるっと回ってまた同じ道に戻ってきたんだ。
東京でも地下街が繋がってて変なところに出るのはあるあるだし。
でも念には念をいれて、俺はまたその警備員さんに聞いてみることにした。
「あの……」
するとさっきとは違い、警備員さんはすぐにこっちを見た。
「……兄ちゃん、戻ってきたんか」
「はい。道間違えちゃったみたいで。梅田がややこしいって言われる理由が分かった気がします」
「……ややこしい、か……」
それだけ言って警備員さんはまた前を向く。
いや、それで終わると気になるんだけど。
「あの、途中の大阪駅と繋がる広場みたいなところで分からなくなっちゃったんですよね。どっちに行けばよかったんですかね?」
「まっすぐ言うたやろ。まさか案内信じたんか?」
「……はい。どれがまっすぐか分からなくなって」
「あと大阪駅ちゃうで、JRな。この辺は梅田やから」
「え? でも駅名が大阪ですよね」
「あれはJRや」
「……はあ」
会社の人にも大阪駅って言うと絶対梅田って言い直されるんだよな。
大阪人あるあるなんだろうか。
「兄ちゃん、まさかイカ焼き食ってへんやろうな」
「イカ焼き? 阪神百貨店のですか。有名なんで気にはなりましたけど、食べてないです」
「ならええわ。あそこのイカ焼き食ったら、それが始まりやからな」
たまに何言ってるんだ? この人。
「……でも大阪グルメは気になります。551は絶対食べたいと思っていて」
すると警備員さんはその目力のある目をさらに見開いた。
「551? 実在すると思っとるんか?」
「え? ……あ、『ある時ない時』ってそういう?」
そう言うと警備員さんはまたスッと前を向いた。
いや、だから言うだけ言って話切るのやめてくれよ。
「……ありがとうございました。今度は道を間違えないようにします。いざとなったら地上に出たらいいですしね」
「甘いな」
再びこっちを見た警備員さんの目力は、さらに増していた。
「地上に出てもニ国があるで」
「二国?」
「国道2号線。ふっとい道や。でもそれを渡る信号も歩道橋もないから、結局地下に戻るしかない。出口を出ても逃げられへん。それが梅田や」
「……」
もうついていけない。
俺は軽く頭を下げて警備員さんから離れ、さっきと同じ通路を進んでいった。
でも、またあのカオスな広場に出ると方向が分からなくなり、案内に従って通路を行くとまたホワイティに戻される。
この居酒屋、お好み焼き屋、ドトール、タリーズ……。
もう何回通ったか分からない。
メダマンの警備員さんも相変わらず立っているけど、もうこっちから話しかけることもなかった。
あっちもこっちを気にする素振りを見せない。
もうどれくらいの時間さ迷ってるんだろう。
スマホもずっと圏外だ。
だんだん腹も減ってきた。
阪神百貨店の横を通ったとき、もう我慢できず中に入ってフードコートでイカ焼きを注文した。
これぞ大阪と言う感じの粉ものでイカとソースの相性が抜群だ。
腹も膨れたから、まだ行ける。
そうして俺はまた通路に戻り、西梅田を目指して歩き始めた。
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肩の上のメダマンが少し震えた。
警備員はそんなメダマンを見つめる。
メダマンの皮膚の一部が盛り上がり、スッと一筋の線が入る。
そこがパカッと開いて新たな目が開いた。
それを見て警備員は呟いた。
「あいつ、イカ焼き食ったんやな。……また一人、梅田に呑まれたか」
1人”目” 高橋直樹 完




