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閑話 この店では、あなたの思いが旨味に変わります

梢が去った後、再び静まり返った店内で、ジェイドがボソッと呟いた。


「……ねぇ、オーナー。さっきの『熟成された物語』ってのも悪くないけどさ。なんかこう、バシッと決まる、うちの店ならではの『決め台詞』みたいなのがあったらカッコよくない?」


総一郎は、洗い終えたばかりのワイングラスをクロスで磨きながら、少しだけ手を止めた。


カウンターに反射する微かな光を見つめ、静かに、けれど確かな重みを持ってこう言った。


「そうだね……。迷える夜も、傷ついた心も、すべてはこの一皿で溶けてしまえばいい。……『この店では、あなたの思いが旨味に変わります』……なんて、どうだい?」


総一郎が磨き上げたグラスを光にかざしながら、静かに、けれど深い実感を込めてそう口にした。


その言葉が店内の空気に触れた瞬間、ジェイドは鳥肌が立つのを感じた。


単にキザなだけじゃない。チーズという「発酵」と「熟成」を経て、独特のクセが最高の美味しさに変わる食べ物を扱う彼らだからこそ言える、重みのある言葉だった。


「……それだ! それだよ。オーナー! 『孤独』を否定しないで、旨味の一部だって言っちゃうあたり、なんかこう……心にくるな」


ジェイドは興奮気味に、カウンターをパシッと叩いた。 一人で泣いていた梢の孤独も、ライターの男が背負っていた仕事の重圧も、すべてはこの店で熟成され、深みのある「人生の旨味」に変わっていく。


「ふふ、気に入ってくれたかい? チーズも人間も、一筋縄ではいかない部分があるからこそ、面白いのさ」


「よし。じゃあその台詞、ストリート・バルの本番で僕がトチらないように、今から練習しといてやるよ!」


「ああ、期待しているよ、ジェイド」




グゥ〜ッと、おなかが盛大に音を立てた。


「オーナー、おなか減った」


「さっきまかない食べただろう」


「あんなん来たら食べた気しないよ」


総一郎は小さい息をついて、冷蔵庫を開けた。


「パンならあるよ。少しだけコンテでも乗せて、トーストしようか?」


ジェイドは、さっきまでの気怠さが嘘みたいに顔を上げた。


「食う!」



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