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第3話 祭りのための五皿

オーナーは、神宮の言葉を噛みしめるように視線を落とした。完璧主義な彼らしい懸念が口をついて出る。


「お誘いは大変嬉しいことですが、今からメニューを考えるとなると……。バルの開催まで時間は限られていますし。納得のいく質を保てるか、不安が残ります」


その言葉に、神宮は豪快に笑い飛ばした。


「バルで提供するメニューは5品程度でいいんだよ。気張りすぎることぁねぇ。むしろ、お前さんの店の『顔』になるようなものを、手際よく出してくれるのが一番の賑やかしになるんだ」


「5品……。たった5品で、うちの店を表現するということですか」


そんな二人のやり取りを、ジェイドが身を乗り出して遮った。


「オーナー! 5品ならいけるよ! ひとつはさっきの『醤油チーズおにぎり』で決まりだし、あとは……そうだな、子供が喜ぶ甘いやつと、お酒が進むちょっとクセのあるやつ。それに、とろけるスープもいいんじゃない?」


ジェイドは指を折りながら、次々とアイデアを吐き出していく。その勢いは、地下の静かな空気をどんどん地上へと押し上げていくようだった。


「ふむ、ジェイド君といったか。なかなかのプロデューサーぶりじゃないか。……どうだい、オーナー。この街の『胃袋』を、お前のチーズで温めてはくれんかね?」


神宮の力強い一押しに、オーナーはようやく小さく、けれど確かな笑みを浮かべた。


「……承知いたしました。寿司勝様の舞台に恥じぬよう、精一杯務めさせていただきます。ジェイド、明日から試作だ。寝る暇はなくなると覚悟して」


「やったぁ! 望むところだよ、オーナー!」


地下の店内に、かつてないほどの活気が満ちていく。雨上がりの静かな夜は、賑やかな秋のお祭りに向けて、大きく動き出した。


オーナーが参加を決意した瞬間に、店内の空気はピリリとした「戦場」のそれに変わった。


「とはいえ、どんなメニューがいいのかなぁ。それと、ただ出すだけじゃなくて、寿司勝さんの舞台に負けないくらい『映える』ショー用のメニューも必要だよね」


ジェイドが腕を組み、うーんと唸る。


地下の静かな店とは違い、外の祭りは視覚的なインパクトも重要だ。そんな少年の心配を余所に、オーナーの瞳には既に職人としての計算が火花を散らしていた。


「ジェイド。ショーのメニューにはいくつか考えもある。いいかい、明日これを揃えてきてくれないかい」


オーナーは手早くメモを書き走らせ、ジェイドに手渡した。


オーナーから手渡されたメモを覗き込み、ジェイドは眉をひそめて首を傾げた。


「ええっと……オーナー、こんなもの何に使うの? チーズ料理を作る道具には見えないけど……」


その疑問に、オーナーは不敵な、それでいて少年のように悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。


「いいから、明日はこれを買っておいで。僕も楽しくなってきた。ジェイドが戻ったらすぐに取りかかれるように、こっちも整えておくね」


「ええっ、気になるなぁ。……わかったよ、明日、揃えてくる!」


「で、どんなものが出来上がるの?」


「寿司勝さんの舞台を借りるんだ。中途半端はできないね。解体ショーの代わりになるような、最高にダイナミックな『とろける』を見せるよ。名付けて……**『大輪のフロマージュ・炎舞えんぶ』**だ」


「炎舞……! かっこいい! オーナー、本気なんだね!」


神宮もまた、「ほう」と感心の声を漏らして、新しく注がれたグラスを揺らした。



「あとは任せたよ。オーナー、私は特設厨房の設営を急がせるとしよう。……今年のバルは、これまでで一番熱い祭りになりそうだな」


オーナーは、先ほどまで神宮が座っていたカウンターの上の、空になったグラスをそっと見つめていた。






◆◆◆◆◆

通常営業の明かりを落とした後、店内の空気は一変する。


静まり返ったフロアに響くのは、ナイフがボードを叩く規則正しい音と、バーナーの青い火がシュンシュンと唸る音。


新しいメニューの試作と、最高の食材を求めて市場を駆け回る買い出しの繰り返し。


そんな怒涛の日々が続き、ついにジェイドはカウンターに力なく突っ伏した。


「メニュー開発が、こんなに大変だなんて……」


その声はカウンターの木目に吸い込まれそうなほど掠れている。


手元のメモ帳には、何度も書き直された「5品」の構成案と、味のバランスを書き留めた殴り書きがびっしりと並んでいた。


オーナーは、そんなジェイドの横にそっと、温かなスチームミルクを置いた。


「料理は一瞬の芸術だけど、その一瞬を生み出すには気の遠くなるような時間の積み重ねが必要なんだよ、ジェイド」


「……わかってるけどさぁ。でも、昨日作ったソースも、今朝の市場で見つけたチーズも、なんだか『あと一歩』足りない気がするんだ」


ジェイドが顔を上げると、その目の下にはうっすらと隈ができていた。


けれど、その瞳の奥にある好奇心の火はまだ消えていない。


「いいかい、ジェイド。その『あと一歩』を埋めるのは、技術じゃない。」


「食べてくれる人の顔をどれだけ具体的に想像できるかだ。……例えば、あの日雨宿りに来たお客さんが、もう一度笑ってくれるような、そんな味をね」


オーナーはそう言うと、冷蔵庫から見たこともないほど大きなチーズの塊を取り出した。


連日の試作と買い出しで、ジェイドの体力は限界に近かった。仕込みの合間の静かな午後、店内に柔らかな陽光が差し込む。


「ふぁあ……」


ジェイドは大きなあくびをしながら、カウンターにひじをついてぼんやりと扉を眺めていた。頭の中では「5品」のメニュー名がぐるぐると回っている。


――カランカラン


乾いた鈴の音と共に、一人の若い男性が入ってきた。


ラフなスウェットにリュックを背負い、手には大きなカメラバッグを提げている。


少し癖のある髪を無造作にかき上げながら、彼は店内の雰囲気を探るようにゆっくりと見回した。


「……ここか。『心、溶ける』店っていうのは」







ジェイドのオーバーヒートを癒やす:蜂蜜と黒胡椒のパルメザン・スチームミルク

これは料理というより、戦う者のための「液体状の休息」です。


【材料】(マグカップ1杯分)

成分無調整牛乳:200ml

パルミジャーノ・レッジャーノ(粉状):小さじ2

蜂蜜(アカシアなど癖のないもの):小さじ1

黒胡椒(挽きたて):少々

仕上げのバター:ひとかけ(約3g)


【作り方:総一郎の工程】

ミルクを「空気」で包む 小鍋に牛乳を入れ、弱火にかけます。ここで総一郎はミルク

フォーマー(または小さめの泡立て器)を使い、表面にきめ細かな泡を立てます。総一

郎の助言:「液体を飲むのではなく、温かな『空気』を飲むように仕立てるのです。それが、浅くなった呼吸を整えてくれます」

甘みとコクの調合 ミルクが温まってきたら、蜂蜜とパルミジャーノを投入します。チーズは溶かしきらず、ミルクの泡の中に「旨味の粒子」として漂わせるのがコツです。

「熱」の封じ込め カップに注ぎ、最後にひとかけのバターを浮かべます。バターが溶けて表面に油膜を作ることで、スチームの熱を逃がさず、最後まで温かさが持続します。

覚醒の一粒 仕上げに、挽きたての黒胡椒をパラリと。総一郎の助言:「甘さと温もりの中で、黒胡椒の刺激が脳の霧を晴らしてくれます」


ジェイドの復活コメント

「……ふぅ。甘いだけじゃなくて、パルメザンの塩気が絶妙に脳の糖分補給を加速させる。バターの油分が喉を保護して、黒胡椒が神経を『再起動リブート』させる感じ……。オーナー、これ、僕の演算ユニット専用の冷却液にしてよ」



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