師匠と大師匠の好意
「なあ、おまえ、ポーション作れるんだってな」
「は、はあ」
真由は後ずさりながら嫌がっているのだが、男は気にも留めていないようだった。
垂れた前髪が左の眼を隠し、半身に構えた体から妙な色気がダダ漏れていた。
男の後ろには3人、それぞれ個性的な美人が立って、クロウという名の若い冒険者に微笑みかけている。
「俺のクランに来いよ、な、うち今ちょうど薬師がいなくて優秀なやつ探してんだ、な、ミラ」
ミラと呼ばれた女性がにこりとして話を引き取った。
「クラン、ゴールドソードのミラといいます。
クランのメンバーは現在40人です。パーティーに別れて仕事を請け負っていますが、クランホームには専門職もいまして、武器・防具修理、鑑定、装備管理、薬師の席があります。
今回、薬師の方が実家のある村に帰ってしまわれまして、優秀な方を探しております」
う~ん、これは~。駆け出しの冒険者を安く使い倒して、1,2年経って色っぽい「女性」薬師が見つかったら、「おまえもういらないから」とか追い出される?だよね?
「はあ、ありがとうございます」
「そっか、じゃ、とりあえず俺のクランハウスに行って話を詰めようぜ」
と、追い込みに掛かる男に何とか言葉を押し出した。
「はい、あのですね、僕今はまだ錬金術の師匠についていまして、どこかのパーティーやクランに所属するには師匠の許可がいります。
許可をもらってきますのでちょっと待ってもらえますか」
そう言いながら、後ろの3人に素早く鑑定を使った。
ビキニアーマーを装着して、癖毛の赤い髪を左でひとつに結わえた双剣使いは、流し目が似合いそうな妖艶な美女だ。
聖女の白いローブを着ているのは細面に薄化粧の美人だ。職業はヒーラー。銀の髪を首の後ろで結っているのは清純をイメージしているのだろう。
3人目がミラで、高価そうなローブを纏い、背丈を越える長さの杖には髪の色と同じ緑の大きな石がはめ込まれている。魔術師だ。顔をわずかに傾けて真由を品定めするように見つめている。
鑑定をしながら目の端に映った鑑定内容に驚き思わず二度見した真由の顔から血の気が引いた。
3人とも、所属クランの名の後に、なにげに「リーダー・コリンの恋人」と書きこまれていた。
「あら、いつ頃になるかしら?」
ミラが聞いてくる。
「はい、師匠はたいがい大師匠の離れにいますので、今日中に許可はもらえると思います。
明日、ゴールドソードに行きますので、よろしくお願いします」
と、答えた。
心の中ではすでに逃げ出すと決めていて、宿を引き払いマリエットに別れの挨拶をしたら日が暮れる前に街を出ようと決めていた。
なにか言われるかと思ったが、リーダーはあっさりと
「じゃな、待ってるぜ」
と、言い残し、ビキニアーマーの腰に手を回してギルドから出ていった。
真由は宿を引き払い、師匠マリエットに別れの挨拶をするためにいつもの離れを訪れた。
「師匠、町を出なきゃいけなくなった」
「え?ちょっとまって、キルエット師匠呼んでくる。クロウが町を出ると言ってきたら呼びに来るようにいわれってっから、ここにいて」
そう言い残すと、マリエットは師匠、真由にとっては大師匠の館に飛び込んで行った。
錬金術師キルエットは、お菓子を焼いていたようでエプロン掛けでまだ温かいバターケーキをトレイに載せ、甘い匂いと一緒にマリエットに与えられている離れにやってきた。
「クロウ、まあお座りなさい。
マリエット、お茶をおねがい、ちょうどお菓子を焼いていたから焼きたてをいただきましょう」
そう言って、テーブルの上に置きっぱなしの食器を手早く台所に運び、3人でお茶を飲めるように片付けた。
「クロウ、町を出るんですって?」
「はい大師匠、申し訳ありません」
キルエットはお茶とレモン風味のバターケーキをすすめてくれた。一切れ食べて甘味で落ち着いたところで、突っ込んだ質問をしてきた。
「クロウ、男の形をしているけど、女性よね。年齢も18歳より上よね?」
え?知っていた?そう思ったが、今更隠す気もなかった。
「はい、申し訳ありません、大師匠。本名はコウサカ・マユ、女性です。騙していてすいません」
「あら、騙されてなんかいないわ。私たちは錬金術師よ、もちろん鑑定も持っている。
きちんとした成人女性だとわかっていたからこそ、マリエットの研究室に出入りを許可したのよ、ね、マリエット」
「はい。師匠。
クロウ、ううん、コウサカって呼んでいい?
もちろん知ってたよ。じゃないと下着まで洗ってもらわないし」
「はは……、ははは、そりゃそうよね、ごめんね。
師匠、マユって呼んでもらえますか、コウサカは家族の苗字なんです」
「うん、わかった、マユ。
何か訳ありなん?でっしょ?家事は上手、料理はおいしい、覚えはいいし、すごくありがたい最初の弟子だし」
マユはほっとしていた。異世界でようやく結んだ糸のように細い縁を断ち切ることになると寂しい思いをしていたからだ。
おいしいお茶とお菓子にリラックスして、事情を話し始めた。
「前に住んでいたところで結婚するつもりでいた家族同然の人に裏切られて、まだ男性に近寄るのが怖いんです。
その人は私の従兄で、幼馴染、年が同じで10年も恋人だったんです。」
「え?」
「従兄は私じゃない人と結婚したんですけど、相手の人と結納を交わした後も私の部屋に泊まっていたんです。
あ、結納を交わすって、婚約を正式なものにするってことです。
そのことを知らなくて、家族からいきなり従兄の結婚式に出席しなさいって。
友達からも別れた理由を聞かれるし、本当につらくて」
「ひえ~、なにそれなにそれ」
「さっきギルドで仕事を探してたら、ゴールドソードっていうクランに薬師として誘われたんです。
コリンって人がクランリーダーで、一緒に3人女性が来てたんです。ちょっと焦って、女性たちの方を鑑定してしまったんです。そうしたら、3人ともリーダーの恋人って……
それで、他人のことだとは思うんですけど、複数の女性を恋人にしている男性の近くに寄るとか、まだできないんです」
「ううーん、マユ、もうどうしよう」
「師匠、ありがとうございます。聞いていただいて少し胸のつかえがとれたかもしれません」
マリエットは、我慢できなくなってマユの頭を抱いて頬を擦りつけてしまった。
「わかったわ、マユ。ゴールドソードはマリエットから断らせるわ、いいわね、マリエット」
「はい、師匠」
「確かにゴールドソードは、あまり評判のいいクランじゃないわね。
リーダーのコリンが女好きで、クランメンバーに手を出すのも知っている人は知っているしね。
マユがそういう理由で嫌なのなら、クランハウスに住むなんてできっこないわねぇ」
「お師匠さま、マユはしばらくどこかに避難したほうがいいですよね」
「そうね、マリエット。ポーション類を作れる薬師は貴重なのよ。ましてマユは製薬道具を作り始めていて、すでに錬金術師へと踏み込んでいるわよね。
コリンも諦めないでしょう。
師匠はマリエットだってことは知っているだろうから、ここに来たら、
”クロウは残念がっていたけど、前から西の辺境伯領内の村へ派遣することが決まっていて、もう出発させた”
と答えるのよ」
「はい、わかりました、師匠」
「私にとってもマユは孫弟子。大切な弟子に違いないわ」
「マユ、これはまじめな話だけど、キルエットの保証がついたシールが孫弟子に許されたのは2人目なんだ、私も直弟子として本当に誇らしく思ってんだよ」
「師匠、大師匠、お世話になります、ありがとうございます」
マユはシールのことは薬師ギルドで聞いて知っていて、とても感謝していた。
ふたりの師匠に心から頭を下げた。
「それで、マユはこの先どうするの?」
「そうですね、どうしましょう。私はこの先どうしたらいいのかな」
「それなら、本当に辺境伯領に行ってみない?
西の辺境伯領で薬師を探しているのは作り話じゃないのよ。行くところを思いつかないなら、マリエットが教えたHPポーションの腕で辺境の村を助けてあげてくれない?」
真由は、キルエットの提案がとてもありがたいものに思えた。またあの居心地のいいウッドハウスを展開して、異空間に収納しっぱなしの巨木も外に出したい。
「大師匠、ありがとうございます。
ぜひお願いします」




