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イヤです  作者: 倉名依都
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お礼は1回で、って言ったよね! え?本人に言ってない?

2024年1月、加筆


真由が送り込まれた季節は、この地では真冬だったのだろう。

たまに雪が降り、2回ほど足首までの深さに積もった。

真由はカタログを眺めてはウッドハウスの模様替えを楽しみ、カラーコーディネイトに凝ったり、家具を入れ替えたり。

なにしろ巨木にMPを注いでイメージを送り込むだけで気に入った家具をいくらでも生成できるし、イメージ通りでないときは無限収納で回収してお蔵入りにするだけだ。

楽しすぎて時間を忘れるほどだった。

リージェント風を試してウッドハウス向きじゃないと納得し、あんのん風を試してさすがにここまで若くないとお蔵入りにし。あれこれ試して結局北欧風で落ち着いたのは、ウッドハウスだけに当然かもしれなかった。


春の光を感じるころ、巨木に祈って実らせた春の花の種の袋をボウル一杯にあけて、花咲か爺さんよろしく庭に振りまいた。フラワー・ゲリラが有効に花を咲かせるのだから、多分これで行けるだろうな~と甘い見込みで大量の花の種をまき散らしてみた。

庭の巨木にツリーハウスを作りたいという欲望にかられたが、そこは耐えた。アイテム生成機能にトラブルが生じてはたまらない。

隅っこに湧いていた小さな泉を石で囲い、水を導いて水たまりを作り、小鳥のために麦を置いた。

結界があることに気が付いて、斜め横、高いところにいくつか穴をあけてみた。なかなか難しくて、魔力操作のいい練習になった。

ひとりでいることは、真由を静かに癒していった。



いつの間にか春が訪れ、真由的にはチェーン・イベントがくっついてきた。

それは美しい春の朝で、揚げ雲雀が空に舞いそうなすばらしいお天気だった。

世はすべてこともなし、であってほしかったのだが。


「コウサカ殿、こちらはコウサカマユ殿のお宅であろうか」

声のデカい男がやってきた。コウサカマユと呼ぶことができるなら、王族閣下の関係者以外にない。


真由がレースのカーテンに隠れてそっとのぞき見してみると、男は馬に乗って来たらしく、美しい黒馬の口を引いた従者を伴っていた。

騎乗服が似合う苦み走ったいい男ではあったが、開いた両手を口元に添えて叫んでいるところがちょっと難ではあった。

「コウサカ殿ー、王家の使いで参りましたー、礼状とお礼の品を持参しておりますー、お願いいたしますー、どうぞお姿をお見せくださいー」

余りにうるさいので、音声遮断を付与して、認識阻害を掛けようとしたが、この手の男は話を聞くまで何回でも来るだろうな、と、そのくらいの見当はついた。王家の使いが相手に会えないですごすご帰るとかたぶんあり得ない。


真由はやむなく外に出て、結界のところまで歩いた。

「おお、コウサカ殿であられるか」

「はあ、そうです」

「王弟殿下をお助けいただいたとのこと、誠にありがとうございます」

「は?王弟殿下?」

「はっ、リオン・ド・サイオン王弟殿下であらせられます。

急に降って来た雪の中、落馬なされて隊を見失い、コウサカ殿にお助けいただいたとのこと。

我ら一同、王家の皆様一同、心より感謝いたしております」

「はあ」


とてもそんな雰囲気ではなかったが、まあ、大人は建前で生きるもの。そういうことでいい。それにしても状況を擦り合わせるのにこんなに時間がかかるとは、いったいどういう……いや、いけない、深入り禁物。お礼1回、菓子折り1個で済ませるのだ、断固。

「つきましては、王家よりの礼状と礼物をお持ちいたしております。本来宮廷文官が正使、私のような者が副使として隊列を組んでまいりますところを、王弟殿下の固い制止があり大勢で行くなとの仰せでしたので、このように静かに参りました」


静かに?どこが、と思いつつも。

「はあ、まあとりあえず中へどうぞ。遠いところよくおいでいただきました、おつかれさまです」

「勅命でありますれば、お気遣い無用にございます」

真由は、とにかく何事も突っ込まず言われたことを聞くだけでさっさとお帰り願おうと、それだけを考えていた。


男は王宮騎士団長と職位を名乗り、王名での感状と銀のメダルを渡して帰って行った。

不思議なほど何も質問せず、このメダルは勲章でこれを示せば王都門、貴族門、王宮表門を自由に出入りできる、と告げて、表に彫られているのが王家の副紋章であることを説明し、裏にコウサカマユと彫られているのを見せた。


やむなく映画で見たことがあるだけのカーテシーみたいなものを披露して、捧げ持って頂いたが、それでよかったのかどうかもよくわからなかった。

ちょっと変っているな、と思ったのは、王弟殿下がお使いであったという湯浴み場所を見せてほしい、というリクエストだった。ご自由にどうぞと応えて庭で待つ従者にお茶を持って行って、馬に水をあげる場所を教えている間に、どうやら家中を見て回ったらしかった。身元を確かめていたのだろう。


くっそ~、菓子折りどうした~。としか思わない真由だった。



菓子折りはなかったが、お礼は受け取ったからもう誰も来るなと唱えてみたが、無駄だった。


「コウサカさまー、おいでですかー。王宮から参りましたー」

またもや大声が響いたのは、団長が帰ってから1月もしない頃だった。

声がデカくないと王宮で雇ってもらえないのだろうか?

真由がレースのカーテン越しにうかがうと、今度はどこのルイ16世よ、と言いたくなるほど派手な貴族服を着た男が、従者、警護兵、合計4名を連れ、馬も5頭とにぎやかだった。この人数、この派手な装いで村を通って来たのかと思うと、そろそろ引っ越し時かもしれなかった。


「遠いところをお疲れさまです」

真由は、使者本人だけを結界の中に入れ、ウッドデッキに続く大きなフランス窓の近く、ソファへと案内した。

とりあえず紅茶を出して向かい合わせに座ると、一言挨拶をして黙って相手の出方を待った。


使者は物珍し気に透明で歪みのない大きなガラス窓、大胆な植物柄のカーテン、ガラスとステンレスのコーヒーテーブル、南洋の花が描かれたテキスタイルを使ったカウチなどを観察していた。

「王弟閣下と騎士団長が口をそろえておっしゃる通り、すばらしい品の数々、驚きました」

「はあ」

「わたくし、メリアクセル・フィンスレイと申します。爵位はナント子爵、王陛下の宰相を承るフィンスレイ侯爵嫡男が継承する名誉爵位です。

本日は、王弟殿下の招待状をお持ちいたしました」

「コウサカ・マユです。爵位はありません」

そのまま沈黙で待った。こちらから話すことは特にない。


「こちら、王弟殿下よりの王宮への招待状です、どうぞお改めください」

ナント子爵は、胸の金ボタンをひとつ外し、内懐から皮の書類入れを引き出した。封蝋に指輪によると思われる印章がくっきりと押された封筒を丁重に取り出す。飾り文字で美しく「レディ・コウサカ」と宛先が書いてある。

はあ、だーれがレディだって?庶民だ庶民、と思いつつ、真由はため息をついて立ち上がりレター・オープナーを持ってきた。封蝋を壊すわけにもいかないし。

回転式オープナーで封筒のサイドを切り、蔓草模様で縁取られた二つ折りのカードを取り出してテーブルの上に置いた。

「確認いたしました」


「お返事を聞かせていただけますか」

「はあ、王宮へ来いとのことですが、何故でしょう。褒賞はもう頂きました」

「こう言うとコウサカ殿は驚かれるかもしれませんが……」

「はあ」

「王弟殿下は、王宮に帰還なさって以来、コウサカ殿にお会いしたいと大変なご執着で。

こうしてお会いしますと、殿下のお気持ちがわかります。大変愛らしい方でいらっしゃいますので」

高貴系微笑ががっちりついている。好感と賞賛がほどよくミックスされた技巧的な微笑だ。

「はあ」

ロード・ナントは、王弟殿下が思いを寄せていると伝えられた女性なら、誰でもはにかんで喜ぶだろう、まして社交で鍛えた自分の洗練された微笑に抵抗できるはずもないと思っていたから、真由のうんざりした感情が垣間見える反応にちょっと気を悪くしていた。


真由はもちろん、誰にもときめかなかった。旅行中だから多少は大目に見るとしても、風呂にも入らず、シラミ除けの香油を髪に擦りこみ、体臭をごまかす香水がプンプン匂う。香油と香水そして体臭が混じり合った匂いに当てられて、頭が痛くなりそうだ。

とりあえず首根っこを引っ掴んでバスタブに放り込み、シャンプーでガシガシに頭皮をこすり、麻編みのボディタオルにボディソープを泡立て、足の指の先から耳の裏までがっちり磨きたいとしか思わない。あ、歯も磨けよ、よろしく。

現代日本の清潔感を舐めてもらっちゃ困る。時代は無臭、せいぜいハーブの香りなのだ。


「レディ・コウサカ、つかぬ事をお尋ねいたしますが、もしやイェシーバ帝国にご縁がおありでありますまいか」

「イェシーバ帝国? いえ、全く」

「ですが、レディ、その御髪おぐしは」

「え? ありがちですよね?」

子爵は、怪訝な顔をしているが、真由の知ったことではなかった。


「あの、ここから王都まで片道何日かかりますか?」

「はい、馬車で10日ほど、雨が降らなければ騎馬で7日というところでしょうか」

真由はこの時点で引っ越しを決めた。香水と香油の匂いの中で10日もいられるわけがない。

もう大嘘でいいやとすばやく状況を組み立てた。

「王弟殿下からお聞きかと思いますが、私は師匠に言われてそこの」

と、神さま大放出サービスの巨木に目をやった。

「大きな木のお世話をするために送り込まれてきました。

ここを理由なく空けることは許されていませんので、師匠の許しを得るまで少々お待ちいただきたいです」

「は、確かに最近おいでになったとお聞きしましたが」

「はあ」


説明しすぎると粗が出るかもしれない。あとは宰相の嫡男殿で名誉子爵さまの想像に任せよう。

「師匠であられる方はどちらにお住まいですか?お許しをいただくにはどのくらいかかりますか?」

「そうですね、お疑いないように今ここで手紙を書いて送りましょう。

魔法で届けますので、師匠が反対しないなら2,3日で返事が来るでしょう。代わりの弟子を送ってもらわなければなりませんので、返事次第となりますが」


そう言って再び席を立ち、引き出しを漁って千代紙の折り紙を持ってきた。魔法の紙に見えるだろうか?

宰相の嫡男殿は興味深げにレター・オープナーを手に取って眺めていたが、千代紙を見るとさらに興味津々という様子になった。

真由は、水性ボールペンで千代紙の裏に文を書き、宰相の嫡男殿に見せた。

「師匠、王宮に登城せよとのお召しで、お迎えが来ています。片道10日かかるらしいですので、しばらくここを空けていいでしょうか。管理のために妹弟子を送ってくださると助かります。マユ」

それを鶴に折り、ふっと息を吹き込んで魔力を込めたふりをした。そして、ベランダから風の魔法に乗せて巨木に向けて飛ばす。

鶴は、うまく木の裏に隠れ、異空間に飛んでいったように見えないこともなかった。


「ナント子爵さま、返事が来るまで少々お待ちいただけますか」

紋切口調で強めに言い、結界の外へ送り出した。



王弟殿下が身分担当、騎士団長が筋肉担当、宰相嫡男殿が知性担当とすれば、後は美形担当の神官だろう、いつ来るのかな?美形神官、と思いつつマップ機能で行く先を検討した。

背後は深い森、南に歩いて村を抜ければ馬車の通る幅の道が整備されている。

東への街道は村や町、城塞都市を結びながら王都へ続いている。

西への道は丘陵地帯を通り、村々を経て辺境伯領へと続く。その先は国境、隣国だ。


真由は考えていた。

ウッドハウスも巨木も、無限収納に収容すれば移動は問題ない。だが、どこに行こう。

街道を女一人で旅するのは危険すぎる。男装がいいだろう。ワークパンツにシャツ、ベスト、肩から袋でも掛けて歩いて行こう。


ただ、子爵の発言のうち、髪の毛に関する内容に危険を感じた。もしかして、このバイカラーの髪の毛には、何か意味があるのかもしれない。髪は肩口あたりで切って、念のために濃い色の方、鳶色に魔法で染めておくことにした。そして、フードか帽子に押し込んでおけばいい。


目指す方向はむしろ王都の方がいいのではないだろうか。消えたコウサカを探すなら、王都方向は死角になるだろう。


次の日の夜明け前、真由は旅に必要となりそうなものや、村や町で無難に現金化できそうなものをこまごまと袋別けにして収納に入れ、旅装に着替えた。結界に認識阻害を掛け、ウッドハウスと巨木を収納する。

巨木を土ごと収容した跡が、巨大な穴になった。

そうなのか~木は枝と同じ大きさの根を地中に伸ばしているのというのは本当だったのか~、と夜明けの光の中で感動してしまうほど大きな穴だ。

のぞき込むと、水が湧いている。うん、うん、これはいいね、と真由にアイディアが湧いた。


水魔法で穴に水を満たし、できたばかりの穴に見えないように縁を軽く崩したり石を埋めたり小細工。苔を少し石に張り付けてどんどん増やし、雑草を移植し、もとからあった泉から水草をもってきて浮かべてみた。

要するに、ここにはウッドハウスも巨木もなかったのかもしれない、幻影の家だったのかも、と思ってもらえれば勝ちだよね、とか、わりと安易に真由は考えたのだった。


最後に地面を浅く掘り、王家拝領メダルをチョコレートの空き缶に入れて埋めた。

メダルには何かの魔法が掛けてあって、自分の居場所がわかるようになっている可能性は高いと思っていたためだ。


認識阻害の魔法は4,5時間で消えることだろう。

真由はこれといって何も入っていない袋を肩に、自分に隠蔽の魔法を掛けて東に向かって結界を出た。村を通過しないで街道に出るつもりだった。


バイバイ、チェーン・イベント王弟殿下編。付き合わなかったけど。



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