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イヤです  作者: 倉名依都
17/18

なんの羞恥プレイですか!

タイトルの「イヤです」は、このパートから取りました。


このままだと、まちがいなく王宮へ。ラチカンキン一直線デスネ。トニオは阻止してくれるつもりでいるらしいですが、権力を相手にすれば何が起こるか……。一旦王宮に囲い込まれたら、解放されるかどうかも怪しいデス。

マユは親切心から引っ張り込まれた理不尽から、もうこの場で逃げ切りたいのです。

理不尽に対抗できるとすれば、質の異なる理不尽。

マユが読書人として蓄積してきた知識を総検索して準備した、全力でぶちかます言葉による理不尽返しは、王弟の常識を叩き潰すことができるでしょうか?

次の日、朝一番でフットマンが来て、宿の受付に間もなく王弟殿下からの招請状が来ると告げられた。

宿は大騒ぎになって、コウサカ・マユおよび付添人のトニオ・マルキリーズは叩き起こされて身を清めるように宿の主人とおかみに頭を下げて頼まれてしまった。


間もなく王弟殿下の紋章入りの馬車が宿前に横付けし、後ろに続いて来た馬車からは侍女と侍従が箱を抱えてワラワラと出てきた。

あっという間に、マユはドレスに、トニオは貴族服に着替えさせられる。

宿全体に迷惑が掛かっていることはわかったから、マユはおとなしく着替えさせられた。

間に合わせのドレスのサイズを、侍女たちが必死で針と糸で合わせ、腰にサッシュを、胸元にリボンを結んでごまかすのにも黙って耐えた。

髪も結われたが、馬車に乗ったところですぐさま、引っ張られて痛い髪に指を入れて緩め、引き絞られたサッシュを緩く結びなおした。

くっそー、王弟殿下め、絶対に許さん! 


いや、本人に言わなくっちゃ、ね、マユちゃん?



馬車の中は、それなりの沈黙だった。

昨夜のうちに、王弟殿下がなぜコウサカを探しているかについてはたっぷりと説明させられていた。

トニオは腰を入れてじっくりと事情を聞き、混乱するマユから自分自身が王弟にコウサカ・マユと名乗ったことを思い出させた。

アカザ村に来ることになった事情から順を逆にたどって聞かれたので、最後の質問にもするりと答えてしまった。


「よし、わかった。

ゴールドソードのリーダーがイヤで、キルエットがアカザ村に逃がしてくれたんだな。

その前はしばらく城塞町で冒険者稼業をやっていた、と。

城塞町に居つく前は、ケーネの村の奥、魔物の森の出口のところに住んでいた。

そこで王弟を助けたんだな。

そうしたら王宮に来いと言われて、城塞町まで逃げた。

よし、これでつながったな。

それで、なんだってまた魔物の森なんて物騒なところに?」


さすがに腕のいい調停人として知られている男だ。質問の仕方がうまかった。


「えーっと、その前はちょっと」

「うん?」

「えーっと、ちょっと死にかけていて」

「死にかけていた?」

「あー、何というか」

「落ち着いてゆっくり話してみろ。王弟に会った時、力になってやれるから。

事情を話してみてくれないか。俺は口は堅いほうだ。信用してくれ」

「あーもう!」


こうしてマユは洗いざらい話してしまうことになった。

そもそも自分はこの世界の生まれではないこと。

従兄に、黙って婚約不履行されて、公になっていない婚約がいかに無力であるか知らされたこと。

二股掛けられていたことに気が付かなくて、自分が無価値だと気持ちが追い詰められたこと。

自分には婚約者がいると思っていたから、会社では男除けのために公言していたため、ゲッソリした顔で出勤して、心配顔で話しかけてきた同僚にポロっと振られたと口にしたら、あっという間に広められてセクハラでひどい目にあったこと。


不眠と疲労、食欲不振でふらふらになり、自分の部屋にたどり着いたところで死にかけたこと。

この世界の神さまが、天寿が残っているから転移しないかと誘ってくれたこと。

その時ゴネたら、神樹とウッドハウスをくれたこと。


マユが早口で話すのを、トニオは驚きを顔に出さないようにして遮ることなく聞いていた。


「そうか、大変な思いをしたんだな。

裏切られて、生まれた世界から逃がしてもらって、こっちに来たら落ち着く暇もないうちにまた逃げたのか。

キルエットのところで落ち着けるかと思ったら、また男に追いかけられて逃げたんだなぁ。

気の休まる暇もなかったな、マユよ。よく頑張ってきたな」

そう言われて、テーブルに泣き伏してしまった。

しばらく背中を撫でられていたようだったが、泣き声が小さくなったところで濡らしたタオルを渡されて顔を拭いた。


「あのな、俺は立場上知っていることだからここだけの話にしてもらいたいが、マユのような界渡りをしてきた者ははじめてじゃないんだ」

「はい、神さまも、定期的にやっていることだから信じて、って言ってました」

「あっちゃ~、そうなのか」

トニオは上を向いて片手で顔を覆った。

「あ~、う~ん、神さまのなさることじゃあなぁ~」

「なかなか強引な方で」

「そうか」


何となく吹っ切れたマユは、その夜魔法で鳶色に変えていた髪の毛を、神サマにもらった薄茶と鳶色のバイカラーに直してみた。それはそれで結構気に入っているのだった。



王弟殿下は、辺境伯に招かれて一緒に戦った辺境伯兵団を訪れていたらしかった。

城では兵たちが自由に物を言えないだろうと、隣国の使節が来た時に使う迎賓館でのびのびと休暇を過ごしていた。

マユは、まるで図ったようにそこに飛び込んだことになった。

ナント子爵は王弟の想い人を見つけたことで一躍男を上げた形だ。


マユはトニオを付添人にして、迎賓館の応接間に案内された。そこでゆったりとお茶をふるまわれ、おまけに侍従から即席で謁見のためのカーテシーを教えられた。

王弟の侍従が、「こうでございます」と、侍従服姿で、仮想のスカートの膝辺りに優雅に手を添え、同時に右足を後ろへクロスさせつつ膝を折る作法を教える姿を、トニオは天井に描かれている花の数を数えながら耐えきった。


「はい、背筋は伸ばしたまま、そのまま膝だけ折って。下腹に力を入れてホールド。

はい、いいですよ。

スカートは無理につままない、そう、手を添える感じですよ。

左手は扇を持ちます。右手は添えるだけです。右手は王弟殿下が手を差し出されるようでしたらその手を預けるのです。だからスカートを持たないで、そう、持っているように見せて持たない。指をそんなに曲げないで。こうです」

侍従の手が、儀典用に白い手袋を着けさせられたマユの指をそっと直す。


マユのふくらはぎはぴくぴくと反抗している。なんだこの拷問!

侍従だって役目柄、仕事でやってるだけだからと、忍耐力を絞り出す。早く終わりたいなら覚える方が早い。


「頭を少し下げて、はい、伏せすぎです。ほんの少しですよ。むしろ顎を引く、そうです。

目線は上げず、下げすぎない。自然に斜め前、わずかに瞼を伏せると上品になりますよ。

はい、結構です。

今の流れを忘れないで。それでよろしゅうございます」

最後に扇を渡され、持ち方を指南されてようやく終わった。


30分の忍耐は、トニオにとってもやたらに長かった。


儀典官から手順を教えられ、応答を暗唱させられて、王弟に拝謁する部屋で待つ。

侍従の声で、教えられたばかりのカーテシーで待つと、王弟が入室してきた。王宮護衛団長とナント子爵が付き従っている。

「よい」

という言葉で、マユとトニオが姿勢を直す。


「コウサカ、雪の中での救助、大義であった」

「光栄にございます」

「褒賞を授ける」

「ありがたく」

付添人のトニオが前に出て、子爵から恭しく褒賞目録を受け取り、後ろ退りに元の位置に戻る。

王弟殿下が退出すれば終わりだった。その間わずか10分足らず。記録に残される正式な拝謁はこの程度のものらしい。

この後の私的な場が問題なのだ。



侍従に導かれて拝謁の間を出、廊下を歩き、回廊を抜け、本邸に付属する別邸に案内された。

そこでは王弟をはじめとして団長と子爵が揃ってニコニコ顔で待っていた。

マユとトニオが入室すると、全員が席に着いた。席はひとりずつシングルのソファが準備されて、王弟側は王弟が真ん中、左右に団長と子爵だ。マユとトニオも同じソファで、プライベートな場であることがわかるようになっている。

まだ午前中だというのに、各ソファ右手脇のサイドテーブルに、封をしたままの酒瓶、グラス、調理していない、ナッツやチーズのようなつまみを載せた皿が侍従の手で配られていく。毒見を省くために、それぞれ自分で酒瓶の封を切る。話が長くなりそうだ。


王弟が手を押すように振って侍従と護衛を下げ、ぴしりと音を立てて防音障壁が張られた。


全員が順に軽く酒に口をつけ、最初に子爵が声を掛けてきた。

「コウサカ殿、城下では驚かせて失礼いたした」

マユはちょっと目が座りかけていた。どうせどんな答えをしても、子爵は「お許しいただきかたじけない」とか何とか、貴族の流儀を押し付けてくるだけだ。

一発はっきり言ってやろう、行け、マユ!


「許していません」

「え?」


隣でトニオが噴き出しかけている。これは酒を口にしていては酒ごと噴きかねないと悟り、手にしていたグラスをそっと戻した。


王弟は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には大きな笑い声をあげた。

「メリアクセル、見事に嫌われたではないか」

「汗顔の至りにて」

「おまえはな、そうして女性を舐めてかかるところが問題だ。宮廷女性全員に嫌われたままで、宰相が務まると思うか。

まずは、母上を敬うところからやり直してみたらどうだ」

「はっ」

ナント子爵は、ナント卿メリアクセル・フィンスレイという。フィンスレイ侯爵家の長子で頭は切れるが下半身の緩さで知られている。

婚約者だった侯爵家次女に婚約を白紙に戻されたが、いまだ反省の色は見えず、母親に扇で張り飛ばされた。

フィンスレイ侯爵家の貴族界での地位を揺るがすスキャンダルなのにも関わらず、妙な選民意識から抜けられないでいる。身分の低い女性に手を出す悪い癖さえなければ政治センスは良く、王弟が庇護し続けている。


「コウサカ、メリアクセルが失礼した」

「王弟殿下、はっきり言っていいですか」

「許す、この場の発言は一切不敬に問わない」

「こちらの子爵さまは、広場の真ん中で私を兵士で囲み、逃げ道を塞いで誘拐しようとしたのです」

「おい、メリアクセル、コウサカはこう言っているぞ」

「いえ、殿下。私はただコウサカ殿をお招きしようとして」

「あれをお招きというのは、世界でただ一人、この子爵さまだけです」

子爵の背筋に冷たい汗が流れた。


王弟は爆笑を続け、咳き込むほどになった。トニオは必死で堪えているが、今にも決壊しそうだ。

騎士団長は、なぜか思い詰めた顔をして、笑いに加われないでいる。

なにか思い当たるところがあるのかもしれない。


ようやく笑いを納めて、王弟が立ち上がった。

ソファを離れて、マユの前まで来て片膝をつく。

げ、これはなんだ、と思う間もなく、右手を取られてしまった。

「コウサカ・マユ。

そなたに命を助けられ、世話をしてもらったのに、今日まで礼も言えずにすまなかった」

「はあ、いえ、もういいです」

マユは力を込めて右手を取り戻した。左手でしっかりと右手を握りこむ。


一度息を吐いて膝に両手を載せ、王弟は絞り出すように言った。

「コウサカ、私のもとに来てほしい。

あの日から、コウサカの面影が目の前から離れない。

婚姻とともに公爵位を授けられる。公爵夫人の地位を受けてもらいたい」


しばらく間があき、伏せていた王弟の目がマユの目線を捕えた。

マユは猛烈に怒っていた。


「お断りします」

ええ~。部屋全体の空気が凍り付いた。トニオの開いた口から魂が漏れかけている。

王宮騎士団長のいつもは細い目は、この世のものではない者を見ているように3倍ほどに見開かれている。


「コウサカ、何故だ。理由を聞かせてくれ。

俺が嫌いか、何故嫌いなのだ。

信用できないというなら、すぐでなくていい。しばらく側にいて俺に時間をくれないか」

「イヤです」

室内の温度は、マイナス100度くらいに下がったに違いない。


そもそも王族の婚姻の申し込みは断られることはほぼない。まして、本人の目の前、申し込みの瞬間、直ちに口頭で断る人間が存在することが信じられない。

おまけに、さらに愛を乞う王弟を、一刀両断にさばいてしまったのだ。

全員がいまここで起こっていることを現実とも思えないでいた。


マユだけが、ぼぼぼ、と燃えていた。

話が通じる相手なら、穏便に「ご辞退申し上げる」ことも考えられた。だが、これはだめだ。

どう返事をしても王宮に拉致監禁される未来しか思い浮かばない。

マユは全身から怒りという怒りをかき集めて、言いたいことを言おうと決意していた。


出せる限りの低い声で、呪いをかけるつもりで声を出す。

「総重量10キロを超えるドレスと宝飾品。

頭痛がするほどきつく結われた髪の毛。

息をするのも苦しいほど締め上げたコルセット。

歩くのも危険な高さのハイヒール。

それでダンスを踊れと?

私は軽業師じゃありません」


いや、なかなか言うじゃないの、マユちゃん。

え?まだまだイケる? じゃ、がんばってみようか。


「初夜の床には見届け人。

出産ともなれば、子が取り替えられないように証人が立ち合い、生まれた子の性別を全員が確認して、目印になるホクロを探して記録する。

複数の。男性の。立ち合い。ですよ!

なんの羞恥プレイですか!

絶対にイヤです」

片膝をついたまま固まっている王弟の肩がビクリと動いた。


「そういう生活は、上位貴族として生まれ、裸で人前に出ることを恥ずかしいと思わせないように、人の手で着替えさせられ、入浴や排泄の介添をされて入念に育てられた姫君にしかできません。

殿下、皇位継承権のあるあなたの手を取ったら、庶民の、他人の前で下着になることすら非常識でしかない私に、その未来が待っていることを、知っていてやっていますよね」


そこまで言うか、マユたん。いや、もういいや、全部言ってやれ、世界の女性が許す!


マユはソファの前に膝をついたままフリーズしている王弟の脇をぎりぎりすり抜けてソファの後ろに回った。

「王弟殿下、失礼ではありますが、どうぞこちらにお座りになってください」

ソファを少し王弟の方に押し出すと、王弟はのろのろと立ち上がり、ソファに埋まり頬杖をついた右手で顔を覆った。


さあ、追い込みだ、言い切るぞ!

王家に嫁した可憐な少女たちの嘆きを込めなおしたつもりで、言葉に力を込めた。


「子爵さま、宰相の継嗣とおっしゃっていましたよね。

宰相ならば、出産の証人のひとりでしょう。つまり、あなたの父君はこの王弟殿下の出産の瞬間を見届けた男たちのひとりです。

次はあなたの番ですよ。王子妃の出産の証人になる日が来るでしょう。

王子妃が絶叫しながら子を産み落とす瞬間を見届ける根性、ありますか?」


子爵は顎が外れるほど口を開き、目をまん丸にしている。持っていたグラスは斜めに傾き、高価な酒が美しい絨毯にトロトロと流れ落ちた。



マユは、固まったままのトニオもついでにこの場に残して帰ろうとしたが、結界でドアが開かない。

元のソファには王弟が埋もれているし、まさか空いている王弟の席には座れない。

やむなくテーブルからナッツの皿を取って床に座り、トニオのソファの横にもたれて誰かが現実に帰ってくるのを待つことにした。


おつまみのナッツをポリポリと齧る音だけが部屋に響いていた。

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