領都でイヤなヤツに会う
領都に無事到着し、マユは比較的明るい気分でダンジルを見送り、薬師ギルドに挨拶に行った。
ギルドでは副ギルド長が対応してくれて、挨拶して、お互いにお礼を言いあい、古い鑑札を返却して新しいものを受け取った。
そこには、コウサカ・マユ、女性、師匠マリエット・カニーと記されていた。
キルエットもマリエットも薬師ギルドに所属しているが、同時に錬金術師でもある。マユも駆け出しの錬金術師だ。もっとも、マユには神樹という名のイメージ具現化ツールがあるので、ちょーっと名乗りすぎではある。
錬金術師ギルドというのはこの世界には存在していない。オリジナリティが高すぎて、統括することができない。
それでは錬金術師に仕事を依頼するときにはどうするかというと、まずは薬師ギルドに魔道具のスぺシフケーション(仕様書)を提示する。それを作れる錬金術師を探すのが薬師ギルドの役割だ。
そこから交渉するのはすべて依頼人対錬金術師。気に入らない依頼は断固断るし、強制することは誰にもできないようになっている。依頼人は、交渉が成立しない限りギルドに対して紹介料は支払わなくていい。
なかなか気難しい錬金術師の仕事や性格を把握して、依頼がうまく回っていくように差配するのが薬師ギルドの熟練職員の腕ということになる。
マユは薬師ギルドを出て、軽い気分で領都の服屋や靴屋を見ながら、もらった補償金の使い道を考えていた。
アレグリア・ファミリーにはヒトの作ったものなど価値がないだろう。今度会ったらまた卵焼きを載せたごはんを作ってあげよう。むしろ、守りの魔道具とか、身体強化の魔道具とかどうだろうかと思いはしたが、誇り高い風虎の家族には相応しくないのかもしれなかった。
そう思いながらも、魔道具に使える宝石を探して、道具屋を覗いてみたりした。
小さな広場に行き当たって、露店を見ながらうろうろしていると、突然声を掛けられた。
「コウサカ殿、コウサカ殿ではないか」
はっ、と振り向くと、キンキンキラキラの貴族服を着て、従者と護衛を引き連れたナント子爵がこちらへ駆け寄ってきた。
「コウサカ殿。先般は失礼いたした。心から詫びよとの王弟殿下からの強いお達しである。すまなかった」
そう言って、道の真ん中で膝をついた。
マユは驚きのあまり竦んでフリーズしている。
「あ、あの」
「そうか、お許しいただけるか、ありがたい」
マユは全然許すなどとは、ひっとことも言ってはいない。このお貴族様め、ぶん殴ってやる。と、意識が覚醒したところで、ばらばらと護衛の兵士に取り囲まれた。
「コウサカ殿、王弟殿下が近くにおいでである。
ご同行願いたい」
「え?イヤです」
「さ、さ、こちらへどうぞ」
兵が取り囲んで、動かそうとする。
「おい」
子爵の肩に手を掛ける者がいた。左手に飲み干した治癒ポーションの瓶を持っている。
「そいつは俺の連れだ。どこへ連れて行く」
ナント子爵の顔が一気に赤くなった。
「無礼者、私は王弟殿下の信頼篤きナント子爵。冒険者風情が手を掛けるなど許されぬ」
「その娘の連れだと言っている。どこへ連れて行く」
「おまえの知ったことではない」
トニオの姿勢は揺るぎもしない。
「俺は、もと調停人のトニオ・マルキリーズ。現在の地位はS級冒険者だ。
このまま娘を誘拐するなら、直ちにストーム・サブサイダーズを呼び、同時に俺の元同僚の錬金術師キルエットを転移で呼ぶ。その娘は薬師ギルドに所属する薬師だからな。
キルエットは王弟殿下の師のひとりだったな、子爵。
もちろん宰相家にも問い合わせる。それでいいか」
「ゆ、誘拐などと」
「同行者に行く先を告げず、若い娘を兵士で取り囲んで連れ去る。
誘拐以外の何だ」
子爵は若干苦しそうに言う。
「王弟殿下の命による招請だ」
「招請? 招請状を提示してもらおうか」
「いや、領都を散策中で招請状は携帯していない」
「招請状を持って、出直してもらおう」
子爵は宰相家の名前を出されて、この場は諦めたようだった。自分を見て宰相家の者だとわかるような相手には分が悪い。
護衛兵を取りまとめて去っていったが、間を置かず従者が使いに来て滞在する宿の名を聞いて行った。
いかにも貴族で、鼻持ちならない。どうせ宿まで後をつけるのだろうに。
従者の側から走り去った小者が、子爵の名前で宿に問い合わせに行っただろうと思うと、なかなかうんざりさせられた。
兵士に取り囲まれてフリーズしたままのマユを、そっと促しベンチに座らせて背中を撫でてやる。
「もう大丈夫だ、行ってしまったよ」
小銭にならないかと近寄って来たスラムの少年に持ってきてもらった水を、唇に近付けてやった。
なんとか水を飲み、心配げにのぞき込んでいる少年にありがとう、と言えるまで、しばらく時間がかかった。
両手で自分の震える体を抱きしめるようにして、「なんなのよー、変態!」と叫び声をあげた。
トニオがほっと息をつく。
兵士に取り囲まれて連れ去られるところだったマユを心配して、さりげなく見守っていた広場屋台のおやっさんやおねえさんたちから拍手が沸いた。
「そうだ、ねえちゃん、もっと言ってやれ!」
合いの手が上がって、もう一度拍手が盛り上がったので、思い切って叫びなおした。
「変態!誘拐魔!おまわりさん、この人ですー!連続婦女強姦魔はこの男です!助けてー、さらわれるー、犯されちゃうー、誰か来てー!」
ゼイゼイと息をつくマユに、もう一杯水を差しだしてくれたスラムの少年がやたらに嬉しそうな顔をしていた。
「ネエちゃん、いい気合いだな、その意気だ、いい女だぜ」
トニオが笑いながらため息をつくという器用なことをした。
「マユよ、それさっき本人に言ってやればよかったな」
「ハイ、ソウデスネ」
「ところで、おまわりさん、ってなんだ?」
「さあ?」




