領都への馬車旅
門番小屋に流れる穏やかな空気の中で、トニオが軽い調子で話しかけた。
「クロウ、おまえこの後どうする」
「はい、キルエット大師匠にお礼に伺います。あ、辺境伯領都の薬師ギルドと、要塞町の薬師ギルドにも行かないと。
それで、え~っと、この先住みたいところがあって」
「うん、そうか。
俺はついて行かなくちゃなんないんだよな」
「あ~そうか~。治療中だったよね!」
「お~い、患者だぞ、患者。
おまえな、毎日自分の目の前で俺に薬飲ませておいて、それはないだろう、なぁ」
再び小屋内に笑いが溢れる。
ダンジルが口をはさんだ。
「そうですね、辺境伯兵が門を預かってくれますので、トニオは門番をやめてもいいでしょうねぇ。
村長に受けた昔の恩はもう返したのでしょう、ここの門番も無料でやっていたでしょう?」
「ああ、俺は金には不自由してないからな。十分歩けもしなかったし、この小屋に住まわせてもらえばよかったさ。マリオがいろいろ助けてくれたしな」
「マリオさん、辺境伯兵団の従者見習いのお話、受けましたか?」
「はい、ありがたいです。親も喜んでます」
マリオは移民の家の息子で、物怖じしない人懐っこい性格は生まれつきだ。
トニオがアカザ村に来て門番になってから、歩けない時間が長くなっていくトニオの足代わりに動いてきた。
マリオにはトニオから給金が出ていて、その給金が家族を助けていた。
トニオが村から離れるならそこがネックになるかもしれないと、ダンジルが気を使ってトニオと連名で辺境伯に兵団の従者見習いとして推薦していた。
短い間ではあったがトニオのそばにいたマリオは、村と兵団の間の柔らかい橋渡しの役割を果たすこともできるだろう。
ダンジルが更に話を進める。
「トニオ、まだ領都まで歩けないでしょう?」
「ああ、治癒ポーションをガブ飲みして行けば何とかなるだろうがな」
「私はこの後領都まで行って、そこから転移陣で王都に帰ります。
おふたりとも私と一緒に行きませんか。領都からなら城塞町まで転移陣が使えます」
「そうだな、馬車で行けるならありがたい。
クロウ、どうだ、最初に領都に行って薬師ギルドに挨拶して、それから転移陣でキルエットに会いに行くってのは」
どんどん予定が決まっていくのは変な感じだった。
こちらに来てから、自分で考え、自分で決めて、精一杯生きてきた。それが今揺るいでいる。
少なからず難しい顔になっていたらしい。
トニオが気付いてアワアワとなりながらのぞき込むようにした。
「薬師殿、どうした。気に入らなかったか」
マユはおもわずトニオの顔を真正面から見直してしまった。
なぜわかる? 家族同然に10年も付き合っていた従兄ですら自分の顔色を読んだりしなかったのに。
「え?」
マリオは、また、え、って言ってるぞ、と突っ込みたかったが口の端をぴくぴくさせながら我慢した。どうやらいい場面らしかった。ウシシとか思う。
マリオはクロウが女性であることにとっくに気が付いていた。ランチは明らかに女性の作る味だった。
これに気が付かないトニオにはあきれていたが、どうやら気が付いたらしいとグフフ状態だった。
「さ、じゃあ、俺は家に帰って畑の手伝いするよ。宿舎ができたら兵団に移るから。
領都に行く日は見送りに来るよ。
じゃあな、トニオさん門番の助手にしてくれてありがとう。両親がお礼を伝えてくれって言ってました。
クロウ、ランチうまかったぜ、ありがとな」
トニオは慌てて振り向き、マリオを戸口まで送って出て、頭をなでて励ました。
室内ではダンジルが声を出さないように必死で笑いをこらえていた。
その後、改めて3人で話し合いをした。
マユは領都と城塞町に行きたい。
トニオは痛風の治療の都合上、マユとともに移動することになる。
とすれば、まだ十分に歩けないトニオを領都まで馬車に乗せてくれるという、ダンジルの好意を断る理由がなかった。
それはマユにもわかっていたのだが、自分の行動を他人が決めることについてまだ許容度が低かったのだ。
人との距離が遠い。
アレグリアが崩した壁は、人との間にはまだ立ち塞がっている。
次の朝、マユはウッドハウスと神樹?を異空間収納に納めてアカザ村に行った。
夜のうちにアレグリアたちに連絡し、領都、要塞町と移動して、その後泉に神樹を返すことを伝えてある。
ねえさん、マユ姉、マユと呼びかけられ、会う日を楽しみにしていると言われたマユは元気を取り戻して馬車の旅に臨んだ。
前回の乗合馬車の教訓を生かして、がっちりと低反発素材の座布団を準備した。
3日間の馬車の旅と、宿で2泊する間、限りなくヒマだった3人は雑談を楽しんだ。
トニオは駆け出しだった冒険者の日々の黒歴史の数々を披露した。グフグフと籠った笑いと、耐えきれずに出た高い笑い声が馬車を揺らした。
ダンジルは、王宮のスキャンダルを次々に披露した。
宰相閣下の長男が婚約者の目を盗んで女遊びに浸りすぎ、遂に婚約を破棄されたこと。
いや~、なかなか派手なスキャンダルでしたよ、当分結婚相手は現れないでしょうね~、とコメントがついて、マユは、当然だ、あのお貴族様ヤローと心の中で毒づいてちょっとすっきりした。
侯爵夫人の愛人と、伯爵閣下の隠し子の次は王宮騎士団長の番だった。
騎士団長の夫人は、長女を産んだ時に産褥で亡くなった。すでに長男がおり、本人は再婚の意志がなかったが、亡き夫人の出戻り妹に目をつけられた。甥と姪の面倒を見られるのは自分しかいないと強い押しを受けている。
夫人の実家からも孫に母ができるのはいいことではないのか、まして血がつながっているならより良いのではないかと、押し付ける気満々らしかった。
亡き夫人の貴婦人らしさに比べて、妹の方は王宮騎士団長の夫人にするには不足があるため大変苦しい状況にあるらしかった。
うはは、筋肉にも弱点があるんだねぇ~、がんばれお父さん、とかマユは思ったが、騎士団長はまだ御年35。夫人は政略上必要な存在だそうだ。ガンバレ騎士団長~~、とかいいかげんなエールを送った。
高い笑い声を何度も上げているうちに、マユはもうごまかすのは無理だとさすがに気が付いた。
というより、もうわかっているだろうな、と思った。
そして、ふたりに自分が男装していることを話すことにした。
2日目の夕方、揺れる馬車の中でマユは落ち着いて話し始めた。
「おふたりとももう気が付いていると思いますが」
改まった口調にトニオとダンジルも聞く姿勢を見せた。
「私の本当の名前はコウサカ・マユです。男の形をしてきましたが、女です。
クロウと名乗ったのは、冒険者証を作ったとき、旅の途中で男の子の形をしていたからです。
キルエット大師匠とマリエット師匠にはお話ししてあります。
騙したようですいません」
と、丁寧に頭を下げた。
「マユさん、謝ることはないよ。
私はキルエットから知らされていたよ。薬師ギルド統括の仕事だったからね、もちろん口止めされていたけど、実はトニオには話していた。
こちらこそ裏切ったようですまない。
ただ、わかってもらいたい。トニオとキルエットとはもともとストーム・サブサイダーズという調停を務めることのできる最上位冒険者パーティーのメンバーだった。他に2人のメンバーがいるからそのうち会えるだろう。
トニオ自身も火消しのトニオという名前をもらっている。非常に有能な調停者なんだ。
この人から信頼してもらい、アカザ村の情報をもらうためにマユの情報を提供した。
謝らせてほしい。悪かった」
マユは怒りを込めてトニオを見た。
「知っていたんですね」
「ああ。だが、ダンジルの仕事上の極秘情報だ。受け取ったが使うことはない。
ただな、マリオは気が付いていたぞ。長い間付き合えばそれくらいはわかる。
もちろん俺が知っていたことはマリオも知らん。マリオは俺のことはニブニブ男だと思っていたぞ」
「そうですか」
マユはもうブンむくれてもいいかなと思った
その日はとりあえずプンプンして夕食もむっつり食べた。
その夜、じっくりと状況を考え、翌朝までには気持ちを切り替えた。
「私のことはマユと呼んでください。
薬師ギルドで名前を訂正してもらいます」
それを聞いて、トニオとダンジルは一安心した。
「マユ、キルエットの手配で名前を変更した薬師ギルド鑑札を準備しています。
今回のブルーベン辺境伯領と薬師ギルド統括のトラブル解決に助力してくださった功績で、薬師ギルドの保証をつけて、冒険者証の変更もできるようにしてあります。
マユから言い出してくれて助かりました」
マユは首をかしげてダンジルを見た。
「とてもありがたいお話なんですけど。
どうしてここまでしてくださるんですか?」
トニオが助けに入った。
「マユ、なんか事情があるんだろ?
俺は聞いてないが、ダンジルはキルエットから聞いてるんじゃないのか。どうしても男の形でいなくちゃならん理由があったんだろう?
統括は鬼じゃない。その事情とやらを呑み込んで、マユの貢献を評価したんだ」
マユはキルエットとマリエットに、従兄のこと、男性が信用できなくて苦しんでいることを話した時のことを思い出していた。あの頃に比べればずいぶん楽になっているのは確かだ。
「はい、わかりました」
マユはダンジルとトニオに頭を下げてしっかりとお礼を言った。
「ご配慮に心から感謝します」
ダンジルが慌ててマユの肩に手を掛けた。
「いや、すまん、こちらこそ。今度のことでは本当に助けられているんだ」
肩に掛った手と、ダンジルにしては乱れた口調が暖かく、ジェマとヴィエントの手をマユに思い出させた。
昼には領都に着くという日、ダンジルは王宮スキャンダルでも最高峰だよ、といいながら王弟殿下の話をした。
「王弟殿下は去年、辺境伯軍に加わって国境紛争に出陣なさったんだ。まだお若くてね、武勇に優れておられる。
右翼に展開して、先頭で斬り込んでいかれた。王弟殿下と気が付いた敵軍に従騎を次々と切り離されて。最後はおひとりになって追い詰められ、魔の森にただ一騎で逃げ込まれました。
殿下は魔の森についてよく学んでおられ、魔の森の端、普通の森との境界になっている地峡を選んで慎重に抜けて来られたそうです。
馬を失い、最後は歩き、やっと抜けて、あとわずかで村にたどり着くところで雪が降り始めてしまいました。
寒さと飢えで気を失って倒れたところを、この世の方とも思えないすばらしい女性に助けられたそうです」
この時点でマユは自分の方が気を失いそうになっていた。
うわ~、どうしよう~
「王弟殿下はこの女性を王宮に招こうとしたけれど、逃げられたそうなんです」
トニオは遠慮なく笑っている。
「そりゃそうだろ、王弟殿下のお招きで王宮とか、誰だって逃げるさ、なあマユ」
マユは気持ちを立て直して、自分の感覚では確かに常識だと思われる返事を返した。
「当然ですよ。普通は処刑されると思うでしょ?
まず王宮に呼んでおいて適当にあしらい、そのうちなんか冤罪被せるとかして王弟殿下のスキャンダル隠しに使われる。庶民ならそう思うはずです。
村人なら、おびえて夜逃げでしょう」
「はい、そうなんですよ。
庶民に王弟殿下と名乗るとか。胡散臭さしかないですよね。
王宮からの迎えです、とか言われて信じて付いて行くとかどんなお人好しなんだ、ってことです。
そのあたりがわからないところが王族なんでしょうねぇ」
「それで、その後恩人探しはどうなってるんだ?」
「ぜんぜん見つからないそうです。
ナント子爵の報告だと、女性はすばらしい魔法の家に住んで、庭には立派な神樹があったそうなのですが、様子を見に行くと家もなく神樹すらなかったそうです。
神樹のあった場所には大きな泉が滾々と湧いていたとか」
ああ~、やっぱ神樹か~、大放出の魔法ツール~~。
マユは今すぐ気を失ってもいいかもしれないと思いながら話を聞いていた。
「側近や宮廷医師はお諫めしているのですけれど、執着なさっていてね」
「だがなぁ、貴族でない娘を王弟の側に上げてどうなる。
王弟だぞ、王弟。公爵夫人か愛妾さまだ。無理過ぎねぇか」
マユもうんうん、と頷く。
「貴族として育った方でないと、貴族のお相手は務まりませんよね。非常識満載の特殊社会デスヨネ」
「おお、マユ、よく言った。
その通りだ」
ダンジルはにっこり笑ってこの話をおしまいにした。
マユは、王弟からの直接捜索依頼に限定してではあるが、コウサカ・マユという名前が明らかにされているとは思いもよらないでいた。というか、そもそも名乗ったことすら忘れていた。
ナント子爵の王宮への招待状から逃げ出してからは、ほぼクロウとしか呼ばれていなかったから。




