ブルーベン辺境伯の査察と会計監査
その日もいつも通りに村へ行くと、門が大きく開け放たれていて両側には槍を持った兵士が立っていた。驚いて立ち止まっていると、マリオが飛び出してきた。
「クロウー、来いよ。昼メシ待ってたぞ」
その声に不自然ではない足取りを保ちながら門に近付く。兵は「薬師のクロウであるな」と確認しただけで門を通してくれた。
マリオに押し込まれるようにして門番小屋に入る。
トニオが、まあ座れ、と言ってお茶を出し、とりあえず3人でお昼ということになった。
その日のメニューは、鍋ごと持ってきたシチューとパン、水で薄めたワイン。雪が残る中で生野菜や生フルーツを持ち込むこともできないから、ナッツとドライフルーツを器に盛って、ヨーグルトを掛けてサラダ代わりにした。
「あのー」
そっと言いかけると、すぐにトニオが引き取った。
「ああ、領主の監査だ。いま移民の家を1軒ずつ領主自ら回っておられるよ。
村長の息子たちが付き添おうとしたが、村役場で待つように言われて見張りまでついた」
「ええ、っと」
「領主から預けられている移民への下賜金が渡されていないようでなぁ。
しかも、移民の冬の食料として領主から下された麦や油が元からの村民に回っているらしい」
「うわ~、それは」
「ああ」
「あとな、薬師の扱いについて、薬師ギルドの統括人からクレームがついた」
「え?」
「そうだ、おまえのことだ。
ちょっと前、うちの客に会っただろう?ダンジルだ」
「はい」
「あいつが統括のやつだ。
薬師ギルドから薬師を派遣したのに、派遣先の村から着任の知らせもなく、紹介手数料の納入もない。
派遣した薬師は師匠から受け継いだポーションを作ることができず、村で使い潰されている、とな」
「はあ、まあ、その通りではあるけど」
「大ごとなんだよ、領主が直接指揮を執るほどのな」
「はあ、そうなんですねぇ」
「ああ、領主とギルドの関係が悪くなってみろ、どうなるかわかるだろう」
「よくわかりませんが、領主とギルドの間にも契約があるということ?」
「契約じゃない法だ。領主が解決できなければ王宮へ持って行かれる」
「ええ~」
「ま、おまえは領主の裁定が下るまで、午後はここに居ろ。
ジェンニのところには行くなよ」
「はあ、ヒマそうですね」
「おお、門番は辺境伯軍がやっているから、俺も仕事がないんだ。城取りでもやってようぜ」
「えーっと、それ知りません」
城取ゲームは、ちょっとチェスに似ているがもう少し単純なボードゲームで、その日も次の日も、飽きるほど対戦して暇を潰した。
移民に対する補助金と給付食料についての裁定が下った。
その結果、辺境伯事務方と村長の連絡不良という穏便な判断になった。
だが、補助金には使途を限定する文書が付いていおり、食料は引き渡し時に口頭で「前年の収穫が十分でない移民してきた村民のため」と、目的が延べられていた。
後処理は厳しかった。
糧食のうち、元村民に配布された分は村長の個人資産から補填された。
援助金は、帳簿が整っておらず使途不明金の扱いとなっていた。
怒りを面に表した辺境伯は、その場でご自分の個人資産からの金貨を移民に配布し、村長と息子たちに対して直接ご自分に返金するよう命じたらしかった。
村長の3人の息子のうち、帳簿に関係していたふたりは、領主館で帳簿付けから始めて役人が務まる程度の教育を受けることになった。
残ったひとりが武闘派で、その息子は王都の兵団に送り出された。将来は辺境伯領の兵士となることを期待する、との辺境伯の言葉だったが、この男が移民を威圧して辺境伯家への上申を阻止していたことは明らかだった。村に帰ることはできないだろう。
4日目にクロウが呼ばれた。
5日ぶりに村の広場に行くと、まるで戦場で使うような円形テントに辺境伯家の旗が翻っていた。左右にそれより小さな円形テント、畑が柵外に移されたあちこちの跡地では、辺境伯家の兵によって突貫で家屋が建造されつつあった。
クロウは右のテントに案内された。ダンジルが迎える。
「クロウ、久しぶりだね」
「ダンジルさん」
「俺のことは聞いたよね、薬師ギルド統括から来た」
「はい、驚きました」
「うん、そうだろうね。君が思うよりも事態は深刻なんだ。
薬師ギルドが派遣した薬師をギルドの立会いなしに雇うのは不法行為だ。ギルドと師匠筋から抗議が来ている、統括としては見過ごせないんだ。
ひとりの薬師への不法行為を見逃すと、それが前例になる。すべての薬師を護るためなんだよ。
最悪、辺境伯の統治問題、薬師ギルドから辺境伯家への不信任ということになる」
「そうなると、どうなりますか?」
「統括は、辺境伯領からギルド所属のすべての薬師に退去を命じることができるんだ。
薬師がいない領地は存在できないだろう?だから、不信任された辺境伯家は王家によって領地没収、代わりに違う辺境伯が指名されることになる」
「え?」
「ギルドもそんなことは望んでいない。ブルーベン卿は誠実な方だ。移民を受け入れる上での村々との折衝もきちんとなさっている。ただ、アカザ村ではそれがうまく働かなかったんだね。
この件は村と領主の間の行き違いで納めたい」
「はい」
「これからブルーベン辺境伯の御前で相互に説明が行われる。
こちら側はクロウ殿、ギルドを代表して私ダンジル。相手方は、村長と姉君のジャンニ殿だ」
「えっと、薬師ギルドを経由して、薬師の派遣を依頼したのに、着任報告をせず個人契約にしたことが問題なんですよね」
「ああ、そうだ。おまけに薬師雇用のための補助金が金貨2000枚出ていた。その使途が不明だ」
「ええ~、それはさすがに」
「あと、もうひとつ質問ですけど、着任報告ですけど」
「うん?」
「着任報告は村の義務ですか?薬師本人である僕はしなくていいんですか?」
「正しい手続きは、着任地責任者から領都の薬師ギルドへの連絡が最初だね。
それからギルドから人が派遣されてきて、村、ギルド、薬師の3者合意で契約書ができる」
「うん? ああ、思いついたよ、これで行けるな、うん。
これは、村からギルドへの連絡遅滞、遅滞期間中の仮契約ということで納めようか。
幸い公証人付きの個人契約書がある。クロウ、よくやった」
ダンジルはほとんど無意識でクロウの頭を撫で、急いでテントを出て領主の大テントへ入っていった。
マユはダンジルの頭に付いて行けず、しばらく考えていたが、やっぱりよくわからなかった。
その後、関係者双方が大テントに呼ばれ、質疑は淡々と行われた。
村長・クロウ間で交わされた契約書は、公証人の立会いもあって個人契約とみなされた。
結局、この件での村長の責任は、手続きについての理解不足による連絡遅滞となった。
村の薬師ジャンニの病気による緊急事態を補助するための期間を定めた個人契約である、但し、臨時の契約としては期間が長すぎる、となった。
村長が領都の薬師ギルドに連絡して、薬師ギルドから人が派遣されてくるまでに、1カ月もかからないだろう。それなのに、臨時であるはずの契約期間は薬師とは関係ないアニタの学習期間、または最長で半年となっていたから。
薬師雇用の補助金、金貨2000枚については、ギルドが立ち会っての正式契約がないために直ちに辺境伯への返金が求められた。
辺境伯の怒りは収まらなかった。これが公金横領と移民への差別であることは辺境伯にとっては明らかだった。
ダンジル、トニオからも意見を聞き、辺境伯は事件に対する理解を深めていった。
村長一家による不正疑惑、薬師ギルドとのトラブルは、村長が公金として預かっていた補助金を、「移民を受け入れることに対する辺境伯家からの礼金」と受け取ったことにあった。
村長一家に統治者としての意識がなかったことはもちろん問題だが、統治教育が十分でない者を村長とし、また教育を怠ったことは辺境伯の問題だ。
領都での、村長の息子を含む成人に対する教育は臨時措置に過ぎない。
すべての開拓村で、少年、少女に対する識字、計算の公教育制度から始めるしかない。
話し合ううちに辺境伯の心構えができていった。
辺境伯はこの村で起こったことはどこの村でも起こりうること、表面化していなくても確かに潜在していることを学んだ。
「ああ~、なんか怒涛の展開で、頭がついていかない~」
ぐちぐち言いながらも、今日もとりあえずランチを食べている。
門番小屋には、クロウ、マリオ、トニオ。そしてなぜかダンジルが仕事は終わったのにまだ泊まり込んでいる。
ダンジルがなだめるように話しかける。
「いや~、おかげさまで穏便にすみましたよ~、ありがたかったです。
よく公証人書類を作っておいてくれましたよね~、気の利く人だ。おかげで三者の顔が立ちましたよ」
「そうだ。普通は思いつかん」
「はあ。まあイロイロあって。契約は公にしないと現実に対抗できないな~と」
マリオが、食べようと口元に持って行ったパンをそのままにして、あきれた声をあげた。
「おまえ、苦労してんだなあ」
マリオの呆れた顔にグフグフとくぐもった笑いを漏らしながら、ダンジルが説明する。
「まあそういうことで、クロウはもうジャンニのところに行かなくていいですから。
改めてギルドから薬師を派遣するということで、公証人契約はギルドの権限で破棄しました」
「え?そんなことできるんですか?」
「ええ、着任通知遅滞が長すぎますし。その間の臨時の個人契約で薬師側が被る不利益が大きすぎますので。
名目は薬師ギルド所属・派遣の薬師に対する権利の保護ですね。
これはこの4カ月半の補償金です。辺境伯とギルド統括で折半にしました。
咳止めと解熱剤を練り込んだ飴は、ギルド統括でも高く評価しています。
さらに、トニオに対する治療に関して、定期的な報告をお願いしたいので、その期待も含まれています」
クロウの前に革袋が置かれた。
「要塞町で薬師ギルドに納めていたポーションの金額をそのまま計算させてもらいました。少ないですけど受け取ってください」
「え?」
「ほら、中身を確認しろよ、クロウ」
マリオに言われておそるおそる革袋を開く。
「え、あの、このお金、見たことがないんですけど」
「そうか、それは大金貨だ。金貨100枚分だな」
「ええ~」
「クロウ、ええ、ばっかりだな、それしか言えないのか」
マリオがいたずらっぽい口調ですかさず突っ込む。
「ええ~~っと」
門番小屋に3人の笑いが溢れて、クロウは目をパチパチさせて順に3人の顔を見回した。




