アレグリアと一緒
マユとトニオは、城塞町を出て西へ、魔の森へと向かっていた。
あの後、トニオが真っ先に正気に戻り、簡単に結界を破って迎賓館から逃げ出した。
すぐさま王都に転移、午後には薬師ギルド統括にお礼の訪問を果たし、続けて城塞町に転移した。
翌日には要塞町薬師ギルドを訪問、鑑札変更へのお礼を述べ、大金貨を礼金として納めた。
次に訪れた師匠の研究室では、マリエットは泣きじゃくりながらマユに抱き着いて、ごめんね、ごめんね、と繰り返し、マユの方が困惑しながら背中を撫でて慰めることになった。
大師匠キルエットには礼を尽くして、トニオに話したと同じように、異世界から来たこと、神さまにもらったウッドハウスと神樹だから、最初に送られてきた場所に帰ることを話した。
手作りお菓子と、フルーツ・ティーでもてなしてくれたキルエットは、不手際があってごめんなさいね、と謝ってくれた。そして、マユの髪に気が付いて、そっと撫でてくれた。
「大変な思いをして異界渡りをしてきたのに、こちらでもこの不始末でした。アカザ村のことでは、こちらの不手際を上手に解決してもらったみたいで、ありがとう」
「いえ、大師匠、誰かのせいというわけではありません。辺境伯さまもよくしてくださいましたし」
マユは電話もない世界じゃこんなものかと思っていたから、いや、ありがちですよね、という線で収めた。
大変お世話になりましたと、頭を下げた。
夜になって、トニオは密かに王弟とマユのやりとりを話して聞かせた。それを聞きながら、キルエットは静かに涙を流した。
神さまがこの世界にマユを呼び、わざわざ奇妙な場所に転移させたにはそれなりの意味があることを、キルエットは察したのかもしれなかった。
後になってアレグリアのことを知った時、キルエットはマユが役割を持たされて転移させられてきたことに確信をもつのだが、それにはまだ少し時間がかかる。
トニオのペースに合わせて街道をゆっくり歩き、痛みが来たらその日はテントを張って湿布を換えて休むという、のんびりとした旅をしていた。普通の半分も進めないが、トニオが歩けなかった間に衰えた筋力をすこしでも戻したがって、歩くことになった。
マユは、すばらしくすっきりして、華やかな気分で歩いていた。別名、躁状態ともいうが。
異世界に招いてくれて、ありがとう神さま!
そうよ、従兄にも言ってやればよかったんだよ、筋を通せと訴えても、恨み言なんか並べても、相手は十分反論を用意していたはずだし、通じるはずないんだもん、悪ガキ定番の悪口を、思いっきり。
「おまえのかーちゃん、でーべーそー!おまえも一緒にでーべーそー!」
筋を通す気のない相手に、有無を言わせない理不尽をお返しするならこれが良かった。
そうだ、このパターンの新装版ならこういうのもあった。
「おまえのかーちゃん、ナニ○○だ!」
いきなりジト目でぶちかまし、あっけに取られている従兄を置き去りにして全力で逃げ出してやればよかった。「チョメチョメー、イエイ!」と歌いながら走って逃げたら、きっと死なずに済んだのだ。
ああ、失敗しちゃったなー。
朗らかな笑い声が春の空に届く。
機嫌よく歩いていたと思うと、突然笑い出し、チョメチョメ~、とか歌いながらスキップを始めたマユをトニオは呆れた顔で見ていたが、この娘がご機嫌ならそれでいいかと諦めた。
「なあ、マユ。おまえ王家の出産なんてよく知ってたなぁ。
俺ははじめて聞いたぜ。嘘とも思えないしなぁ、王弟は知ってるみたいだったけどなぁ、顔色変わっていたぞ」
「あ?うん。
いや、別にこっちの王家のことは知らないよ。でも、生まれた世界にも王家はあるんだよね。
出産の話は、100年くらい前までの実話なんだよ。遺伝子解析なんてない時代だしね~
王家がなくなるでしょ、そうするとまあ、すぐには無理だけど、2,30年すると、元侍従長の手記だとか、女官の日記だとか、まあ、作り話もあるかもだけど、出版されちゃうんだよね」
「出版?」
「本を印刷機、えーっと、コピーの魔道具みたいなの、それでどんどん何万冊も作って本屋で売るの。内容が面白いと翻訳されて、ほかの国でもガンガン売っちゃう。
日記や手記をもとにして、いろいろ物語を書く人たちもいるの。私もそういう本を読んだだけ」
「こっちにも王家があって、貴族もいるでしょ。なら、そういう昔の手記と同じことが起こっているはずだって思ったの。王家が血筋で継承する限り、王子の血は厳重に管理されるだろう、って。
大当たりだったみたいだよね」
「うーむ。界が変わっても、人間のやることは同じようなものだってことかなぁ」
「どうかなぁ、まだちょっとわかんないけど。
でも、私は特別じゃないよ。
私の友だちなら全員、王族のプロポーズは蹴散らすと思う。ちょっと自信ある」
ま、お断りのセリフは、かなり、いや相当、うーん、限界突破に、過激だったけどね。ぐはっ!
「あのな、マユ、一応教えておくぞ。
ナント子爵の妹君は王太子妃の候補筆頭だ。
騎士団長の娘はまだ幼いが、団長も夫人も侯爵家の出身だから、いずれ王族から婚約を打診されるだろう」
「うわ~、まとめてクリティカルヒットだったんだ」
「ああ、そうだなぁ、ふたりとも気の毒になぁ」
「ま、どうでもいいよ。イヤなら自分で変えればいいんだよ。王弟に、宰相の跡継ぎに、王宮騎士団長でしょ? あの人たちにできないなら、できないってことなんだよ。
妹や親友の娘の出産シーンで気を失うといいよ。
ま、がんばれ?」
「あ、そうだ~、いいこと思いついちゃった。
私の生まれた場所では、血、いや髪の毛があれば、親子関係が調べられるんだよね。
ほぼ間違いないレベルでね。
魔道具作っちゃうかな~、いや待って、鑑定で行けるかも」
「鑑定で親子関係がわかる?」
「えーっとね、子どもって、おとうさんから半分、お母さんから半分、遺伝子、えーっと、わかりやすく言うと、半分ずつ血を受け継ぐでしょ?」
「ああ、そうだな」
「だから、おとうさんの血と子どもの血をぐぐ~~っと細かく、さらに細かく鑑定すると、半分同じなはずだから」
「う~ん、よくわからん」
「そっか、あのね。
親子関係を調べるんだから、おとうさんの血と、子どもの血をまず用意するでしょ、ちょっとでいいのよちょっと。
それで、カンケーない人からも血をもらって、鑑定する人の前に6個か7個並べるわけ。
それで、どの血とどの血が親子の血なのか鑑定してもらうわけね。
ひとりで信用できなかったら、2,3人の錬金術師に頼んでみる。
これでいいと思うなぁ、ま、そのうち大師匠に相談してみよ、っと」
「うん、そうかそうか、よくわからんけど、キルエットなら大丈夫だろうよ、そのうち行こうな、うん」
「だね~。
クソ子爵め、思いっきり恩を売ってやるからな、よーし、鑑定1回、大金貨100枚でどうだ!
首を洗って待ってろよ~」
「はいはい」
当分この娘から目が離せないなぁ、どうせ薬をもらうために離れられないけどなぁ、トニオの諦めと悟りも春の空気に溶けていった。
一時的な躁状態でまるで性格が変わったようなマユを、トニオが宥めるように会話を続け、足を労りつつゆっくり歩いてケーネ村に着いた。
そこから森に入って、泉を見つける。
「えーっと」
「ああ」
マユが花咲か爺さんの真似をして花の種を蒔いた元の庭は、様々な種類、色とりどりの花々が咲き乱れる花園に変わっていた。泉から流れ出た水は、花園を縫って清らかな小川になり、ところどころに浅い水溜まりを作って森に流れ込んでいる。ミツバチ、小鳥、小動物、多彩な生き物がそこに生きていた。
「この泉はもうここで仕事してるよね」
「ああ、そうだな」
「またここに植えると、泉がなくなるから」
「そうだな」
「もうちょっと奥にはいっちゃおか」
「あのな、マユ。この先は魔の森でな」
「うん、知ってる。
そうだ、トニオ、いい人紹介しようか。人間じゃないけど」
「うん?」
マユが口の前に両手を構えて、大声で呼びかける。
「アレグリア、帰って来たよ、聞こえる?
ヴィエント、ジェマ、おねえちゃんだよー」
「なんだ、マユ、家族がいるのか」
「う~ん、家族ってか」
「マユ姉」
「ねえさん」
「ヴィエント、ジェマ!」
「待ってたよ」
「ねえさん、会えてうれしい」
「うん」
トニオにはマユの声しか聞こえていない。
巨大な白虎が2頭、いきなり藪から駆け出してきて、マユを押し倒して顔を舐めている。もうどうしたらいいのかわからず、おろおろと周囲を見回していると、さらに大きな白虎がゆっくりと現れた。
「風虎」
白虎はニマリと笑ったように見えた。怖い。
「アレグリア、来たわ」
「マユよ、元気だったか」
「うん」
「この人間はおまえのつがいか」
「ううん、私の患者よ。毎日難しい薬を飲まなくちゃ歩けない病気なんだ」
「そうか」
アレグリアはにやりと笑ったように見えた。
「なあ、マユ、頼む。説明してくれ」
「あ、ごめん。
私のこの世界で最初の友だち。アレグリアっていうの」
アレグリア、ジェマ、ヴィエント、この人はトニオ。
トニオ、アレグリアは風虎の連れ合いだよ。風虎は天に召されたの。
ヴィエントとジェマは、風虎の最後の子どもたちなの、ね、アレグリア」
アレグリアは、トニオにも話しかけたようだった。
トニオは力なくマユに頼んだ。
「よろしくお願いする。風虎の家族にお会いできるとは大変な名誉だ、と伝えてくれないか」
「大丈夫、アレグリアの声が聞こえたでしょ?なら、普通に話しかけるといいよ」
「そうか。アレグリア殿、よろしくお願いいたす」
「ねえ、この近くに神樹をお返しできる場所あるかな?
ここはもう泉になっちゃってるから、違うところがいいと思うの。
ハウスも建てたいから、ちょっと広めのところがいいけど、どうかな?」
アレグリアが先に立ち、マユの両側にジェマとヴィエントが歩く。マユの手はこの世界の弟妹の首に置かれている。
トニオはちょっと肩をすくめて、マユたちの後をついて魔の森に踏み入っていった。
Thank you, my friends
This is titled "I Tell You No"
by Granite
読んでくださってありがとうございます。
誰にとっても、人前で「イヤです」ということは簡単ではありませんよね。言えないでいるうちに自分に不利な方向で状況が決まっていくことは多いものです。
マユの「イヤです」が、貴女の心の支えになると嬉しいかな。
また次のお話でお会いできることを楽しみに、今日もひたすらキイボードを叩いています。
倉名依都




