アカザ村の冬
薄く雪が積もり、風魔法で足跡を消しながら村に「通勤」するようになった。
アレグリアは、仔が安全な結界内にいるので、頻繁に狩りに出るようになった。仔虎たちも庭で追いかけっこをしたり、母虎から小さな獲物を与えられて狩りの練習をしたり、元気に走り回っている。
母虎にかまってもらって尻尾にじゃれつき、甘えてすり寄っているところはいつまで見ていても飽きない。
仔虎との距離は次第に近くなり、マユの眠っているベッドに潜り込んでくることもある。
すでに仔馬ほどの大きさになった仔虎とくっついて眠り、ぽよぽよの毛を撫でたお返しに顔を舐められているうちに、すべてに拒否的になっていた心が少しずつ穏やかになっていくのだった。
冬が深まり、村で咳をする人が目立つようになった。特に移民してきた新しい村民に目立つ。
村長とジャンニがどのように風邪に対応するのか見ていたが、これといって動きはなく、子どもが何人か熱を出して咳に苦しみながら寝ていた。
マユはため息をついて、解熱と咳止めの薬草を練り込んだキャンディを作った。3色ねじり飴がちょうどよかった。
自分が前面に出ることは避けたほうがいいと判断して、トニオに預けることにした。
湿布は手放せないものの、トニオの右足の痛みは沈静化に向かっていた。
次第に歩けるようになってきたトニオは、マユのキャンディが子どもたちに渡る確実な方法を取った。
マリオが熱で寝ている子どもの情報を集め、トニオが門を通りかかった父親を呼び止めてはキャンディを渡す。
「これはな、俺のダチの錬金術師が作ったもんだ。子どもの熱を下げて咳を楽にする。
ジェンニを刺激しないように、上手に使えよ」
元からいる村民と、移民してきた村民の間にトラブルを起こしたくはない。
だが、村の薬師が解熱や咳止めのポーションを作れないでいる。クロウに依頼するわけでもなく放置している状況はあまり芳しいものではない。
雪の降る中を、男がひとりトニオを訪ねてきた。
「トニオ、久しぶりだな」
「お?」
トニオはちょっと怪訝な顔をしたが、男が首に下げているペンダントに気付き呼吸を合わせた。
「おお、久々じゃないか、寒いのにどうした、さあ、入れはいれ」
男は、わざわざマントの外に出していたペンダントを服の首元へしまうと、門番小屋にはいった。
「火消しのトニオさんですね」
「ああ、その二つ名をもらったこともあった」
「ストーム・サブサイダーズ(嵐の鎮静者)のメンバーだった」
「そうだ」
「はじめまして。
私は薬師ギルド統括責任者から、ブルーベン辺境領およびキリエル城塞町の薬師ギルド連名、錬金術師キルエットの添え書き付きの訴状について実態を調べるように命を受けて参りました。
薬師ギルド統括所属の調査員、ダンジルです」
「トニオだ、よく来てくれたな」
「いえ、火消しのトニオさんが居てくださるのですから、調査員としては楽な仕事になるでしょう」
ダンジルの特徴のない顔が微笑むと、なかなかいい表情になった。
「まあ座れ、まだ助手がいる。話は夜だ。狭いベッドだが泊まっていってくれ」
その夜、ダンジルはじっくりと質問し、その後はトニオの昔話に耳を傾けた。
トニオは冒険者時代に手に入れたとっておきのスピリッツを出し、ふたりは夜遅くまで語り合った。
次の日、トニオが推薦した村人が、ジェンニのレシピでマユが調合しているHPポーション、解毒ポーション、治癒の張り薬をひとつずつ買いに行くという依頼を受けた。
昼前になってクロウがランチを持って現れ、トニオから「古い知り合いだ」と紹介を受けた。
ダンジルからトニオの昔話を聞かされ、クロウからはマリエットの話をして、気持ちよく雑談を楽しんだ。
「トニオ、クロウはキルエットから聞いていたよりも柔らかい印象になっていますね」
「おお、そうだ。山小屋暮らしが性に合うのか、錬金術の修業が楽しいのかよくわからんが、ずいぶん明るくなった。
毎日昼前にここでメシを食って、ジェンニのところで調合して、夕の鐘で帰って行く。
単調な生活なんだがな。
この足を治してくれると言いだした頃から柔らかくなった」
「トニオはクロウが女性だということには気が付いていましたか」
「え?いや、女なのか?え?」
「ええ」
ダンジルは、ぐふっ、と息が詰まったような特徴的な笑いを漏らした。
「キルエットさんは鑑定したそうです。私はキルエットさんから聞いていたので。
トニオは思い込みではないですか?」
「ああ、そうかもしれん。初めて来た時男の形をしていたから、疑いもしなかった。
城塞町からここまでひとりで歩いてきたんだ、女かもしれんなどとは思いもしなかった。
俺も鈍ったかなぁ」
「あ、いや、任務に就いているとき以外は人を疑わないで受け入れるのは、安定した成果を上げるためのコツだそうですよ」
トニオはまだ半信半疑で頭をかしげていたが、クロウとの会話を思い出しても自分が男だといったことは一度もないことに気が付いただけだった。
「う~ん、旅の間の身の安全だとしても、村に来たらそこまでしなくてもいいのにな」
「そうですね。何か理由があるのでしょう。冒険者証にも男となっていますが、マユは女性ですよ」
「本当の名はマユというのか」
「ええ。正確にはコウサカ・マユです。
ただこのことは直接マユが教えてくれるまで黙っていた方がいいです」
「ああ。そうだな、キルエットも教えてくれなかったからなぁ。
信頼を築くまで待て、ということなんだろうなぁ、俺はちょっと寂しいかもしれん」
ダンジルはまたグフグフと、籠ったような笑い声を残して別れを告げた。
この後は領都の薬師ギルドを訪ね、領主との面談もあるらしい。最近まで似たような仕事をしていたトニオは、「ごくろうさん」と肩を叩いてダンジルを送り出した。
トニオ、ただの冒険者じゃなさそう。
異世界の門番、侮れない……




