カテクト
「……ねぇ、これ死んでないよね? 生きてるよね?」
私は顔いっぱいに渋面を作ってカテクトの群れを見つめていた。その足を蹴っ飛ばす。
話は1週間前に遡る。
名もなき森を通過中に、やたら巨大な樹が見えたので、もしやと思って蒸し暑さを我慢して近づいてみたのだ。
そうしたら案の定、世界で2番目に巨大な樹と言われているベベネラの大樹と、その樹の幹にビッシリとこびりついたカテクトの群れを見つけたのだった。
『熱帯低気圧の急速な成長により大きな雷雲が成長しています。海沿いの地域にお住まいの方は急な夕立にご注意ください』
「あー、やっぱりだー。これたぶん未発見のベベネラだよねたぶん。ラッキー!」
安全な街道ではなく何があるかわからない危険な森を探索していると、稀にこういう嬉しい発見がある。発見した当初はカメラと一緒に喜んだのだ。
カテクトとは巨大なカニである。山林に住む陸カニの一種で、主にベベネラの樹液を主食としている。
カテクトの特徴は3つ、でかい・硬い・動かない、である。
まず大きさ。ハサミまで含めた横の長さはおよそ10mちょっと、縦の長さも同じくらいである。ベベネラの大樹はシュラクドラゴンより太くて長いのだけれど、カテクト3匹ほどに張り付かれるとそれだけで一周分埋まってしまう。それくらい巨大だ。
次に硬さ。カテクトは数少ない「アークドラゴンでも殺せない動物」である。その甲羅の硬さは尋常ではなく、燃やされようが殴られようが斬られようがヒビ一ついれることは適わず、わずかに削ることすら難しい。
そして全く動かない。ベベネラの大樹の根元からてっぺん近くまでカテクトがべったりへばりついていて、その樹液を常に啜り続けている。動かないうえ色が樹と同じ茶色なので、遠目ではカテクトの存在が確認できないほどだ。完全に同化している。
生態としては珍しいが、カテクト自体は見つけやすい方の動物だ。動きがないことも含めて全く写真映えしない。
ただし、ある条件下のみ色々メリットがあった。私はカメラに説明する。
「カテクトははっきり言ってただの置物状態だけど、産卵するときだけは凄い面白いらしい。だからその時は写真撮ってね。見逃さないように」
『5時になりました。明日の天気予報のお時間です』
「確か上向きで幹にへばりついてるのがオスで、下向きなのがメスのはず。動いて卵を産み付けるのはメスの方だけど、オスの方が面白いから写真はオス中心で。逆だったらごめん。産卵が始まったら私に言ってね、ちょっとやりたいことがあるから……」
私はカメラに対して撮影する際の手順を説明をした。普段はともかく、カメラは己が仕事のときは真面目である。私の注意点をしっかり聞いていた。
カメラに撮影の指示をしつつ、心の中で皮算用をしていた。
カテクトの住まうブブネラの樹は、金の生る木である。カテクト自体は硬すぎてどうしようもないが、その卵と幼生体は高額で売れるのだ。
卵は珍味として喜ばれ、幼生体の殻は下手な金属より硬く靭性があって加工しやすい。私の手持ちの装備の中で三番目に高いものは、何を隠そうカテクト皮甲で鞣した高級サバイバルブーツだった。そのため街道沿いや人里近くにあるブブネラの樹は行商人が犇めいているのだ。
そしてカテクトの卵と幼生体は、オスの背中に匿われている。交尾の際にオスは足を動かして背中の甲殻を開け、メスはその背中に乗っかって交尾をし、背中に卵を産み付けるのだ。オスのカテクトの足は移動用ではなく、連動している背中の甲殻を開けるためのスイッチであり、交尾の際の変形はまるでロボットのようで男性に人気が高い。
私は、人里離れた未開の森に生えている未発見のブブネラを見つけたので、金の生る木の発見情報と証拠写真、そして卵と幼生体を何匹か確保して路銀を稼ごうと思ったのだ。結構な金額になるはずなので、内心で涎を垂らす。
最初に発見した当日は、到着してすぐに強い夕立が降ってきたので、慌てて近くの洞窟へ避難して一夜過ごした。
次の日からベベネラの根元にキャンプを張って撮影チャンスを待ち続けることにした。
それから1週間が過ぎた。
動きはまるでなし。
「……まだですかね?」
『……人身事故により現在、全線上り線40分の遅れ』
私は定位置となった木の根を椅子代わりにして、カテクトの群れをふくれっ面で見上げていた。額の汗を拭いながら隣を見る。カメラもしんどそうに箱型になって座っていた。
動かない動かないとは聞いていたけれど、まさかここまで動かないとは思わなかった。時期は間違いなく合ってるので、産卵のタイミングがこうまで来ないのはよほど運が悪いようだ。
私たちが発見したベベネラの樹はかなり成長していて、高さ300mを超えている。その太い幹にびっしりくっついているカテクトたちは6日前からまるで動きがない。
カメラの撮った写真を見せてもらったから余計に比較がしやすい。本当に1㎜も動いていない。生きてるのか死んでるのかすらわからない。
写真と現在との違いは、雲の形と、雨上がりで綺麗に澄んだ青空と、上空にギョクロウと思しき鳥影が見えることくらいだ。湿気を含んだ気だるい暑さと大樹とカニは1週間ずっと何も変わらなかった。
ベベネラとカテクトはまるで前世期時代からそこにあり続けたかのように微動だにせず泰然としていた。
私はしばらく仏頂面でカテクトたちを睨んだ後、大声で宣言した。髪の毛の汗が飛び散る。
「諦めた! 帰る!」
『諦めたらそこで試合終了ですよ?』
「んなこと言っても仕方ないでしょ! いつまで待機しててもつまんないし、産卵のタイミングがいつなのか見分けつかないし、何より飽きた! 寒すぎるのも嫌いだけど暑すぎるのも嫌!」
『今年の夏は猛暑日が続いてます。熱射病により救急搬送される方が例年より多いそうです。外出の際には日陰を意識し、十分な水分補給を忘れないように気を付けてください』
「もう無理! プルネスライムのときは夜中だけってわかってたから我慢できたけど、こんな暑さの森の中で24時間監視するとかありえない! 暑いしつまんないし虫さされするし暑いしイライラするし暑いし暑いし! ブブネラの位置情報だけでもういい! カテクトの卵なんていらない!」
私が延々愚痴を吐き続けながら帰り支度をするのを、カメラが隣で適当に聞き流していた。
後で知ったのだけど、カテクトの産卵は雨中または雨後にしか行われないらしい。
どうやら私たちが到着したその日の大雨中に産卵は行われていたようだった。なぜこうも情報集めが中途半端なのか、私はやけ酒を傾けながら涙した。
豆知識「カテクトの卵は三大珍味の一つ。見た目は正直まずそう」




