05-3
外国語会話など、貴堂には何ひとつ理解出来ない。
ただ、ふたりの雰囲気が常軌を逸している事だけは分かった。
リカードが口元に当てたカードで何をするのか。
涙を流している彼が、殴られて抵抗どころか避けもしない彼が、何をしようとしているのか。
カードを口元に当て、息を吸い込んだその時。
貴堂は「ダメだ!」と叫び、その手を叩き払った。
スッ、とカードがその指から離れ、地面に落ちる。
涙で潤んだ瞳が、驚いたようにこちらを見つめる。
「何をしようとしてるのか知らないけど、そんなのダメだっ」
貴堂は訴えた。
「それは違うから……そんな事しても、どうしようもないからっ」
「〈マスター〉」
――……マスター? って何? 飲食店?
『きみは凄いよハドリー! 理系の才能があって、しかも抜群のビジネスセンスがある。将来、この国を牽引出来る大企業のトップに立てるだろう!』
少し気恥ずかしかったけれど、自尊心がくすぐられて気持ちよかった。
アンソニーはいい人間で、こんな事で嘘などつくはずはないと信頼していたから、その喜びは余計に大きかったのだ。
だから、忘れてしまったのだろう。
彼はそんな事より、もっと大事なメッセージを自分にくれていたのに。
『けれど、いいかい? ハドリー。きみはその反面、凄く繊細で、周囲の意見に耳を傾け過ぎてしまう傾向が強い。人の意見を自分の中で吟味するのは、素晴らしい事だよ。けれど感情で動きそうになってしまった時、冷静になって欲しいんだ。それは本当に自分の気持ちなのか、誰かに刷り込まれてしまったものではないか。あるいは、そう思い込まされているだけではないのか、ってね。きみには常にハートを感じて欲しい。自身の感性を大切にして欲しい。きみの、素晴らしい未来のために』
――これか……〈これ〉の事、だったのか。
あんなに欲しくて欲しくてたまらなかった巨万の富と権力を手に入れても、満足出来ない。渇ききった心。
改めて。今、改めて心に問うてみよう。
自分は人々の未来を踏みにじってまで欲しかったのか? と。
他国の食文化を食い荒らし、その土地に代々伝わって来た〈種子〉までも排除し、自分の富を生む〈種子〉を流通ルートに乗せ、押し付ける事。
それが、自分のして来た事だ。
本当にそれがしたかった事なのか。
――……いや。違う。涙が溢れて止まらない。
『きみは凄いよハドリー!』
アンソニーの声が蘇る。
何度も何度も、自分を罰するように痛みを与えて蘇る。
子孫を残せない〈種子〉。
〈悪魔の種子〉と影で呼ばれるそれを、自分の手で地球中に蔓延させた。
こんな事がしたかったのか? こんな事をする為に生きて来たのか?
全世界の人々の〈敵〉になってまで。




