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■05■
「貴堂っ」と姫君の声が聞こえ、左腕がガクン! と何かに引っ張られた。
痛みに薄く目を開けると、そこには必死で貴堂の左腕を掴んでいる姫君が居た。
彼女の向こうには星空が広がっている。自分達の居る高度が、まだ高い事が分かった。
けれど星は遠く高くなり続け、周囲の景色も視界の端に入って来た。
自分達は落ち続けている。一秒も途切れる事なく。
「しっかりして下さい、貴堂っ」
姫君の叫びが貴堂の頭を少しずつ覚ます。でも。
落ち続けるこの身体を、どうすればいい……?
耳には空気の摩擦音が激しく轟き、姫君の叫び声がかろうじて聞こえる程度だ。
呼吸も困難である。
「お願い、このままじゃ危険だからっ」
姫君が貴堂の腕を引っ張り、スピードを殺そうとしてくれているのは分かる。
だけど重力に逆らうなど、今の自分には出来そうになかった。
大気圏内において、物質が重力から逃れようなど出来るわけがないのだ。
生命を放り出そうとしているわけではない。
でも、どうしたらいいのか分からない。
開放感に意識が占拠されて、上手く考える事すら出来なくなっていた。
その時。
ばさっ! と風を切る音が聞こえたような気がした後、貴堂は背中に何かを感じた。
ふっ、と視界に姿を現したモノは、何かのシルエットである。
星空をバックに、黒い影が姫君より手前に現れた。
――誰?
ばさっ! ばさっ! と、空気の音が続いている。でも、よく分からない。
ただひとつ、貴堂に分かった事は。
ああ、自分は今、このシルエットに抱かれているのだ。
背中を両腕のようなものに支えられ、落下のスピードは完全に殺されてしまっている。
それが〈人〉でない事だけは分かる。
でも精霊や水の龍でもない。
知らない、初めて接する存在だった。
だけど、この雰囲気は何だ。どこかで触れた事があるような気がする。
決して好きではないような気がした。印象はあまりよくない気配だ。
なのに、自分を助けてくれているなんて。
――いや。安心させた挙げ句、叩き落とされるのかも知れないぞ。
そう思うのに、抵抗しない自分が不思議だった。
好きではない者に自分の身体を預けているなんて、自分は何をしているのだろうか。
貴堂は疑問だらけなのに、傍に居る姫君もその影に抗議しないのだ。
姫君の眷属だとでも言うのだろうか。
いや、それならばこんなに「好きではないのに」などとは感じないだろう。
不信感を抱き、いつ落とされるかと身構えながら、気づけば貴堂は地上に到着した。
すとん、と両足を地上に着けられ、ひとりで立たされたその瞬間。
影はヒュッ! と去ってしまった。
影の去った先を、貴堂は視線で確認する。
影は、白いカードの中に戻って行った。
それを、立てた指先に持った男がこっちを見ている。
――な……なんで、あいつが?
驚き過ぎて声も出せず、男を見つめる。
男は表情を変えず、カードを持った腕を下ろした。
「貴堂っ」と姫君の声が聞こえ、背中に衝撃を感じる。
貴堂は「わっ!」と驚いて、身体の踏ん張りも利かず、地面に転げた。
姫君と一緒に。
焼かれて植物が姿を消した、柔らかな土の上だ。
焦げ臭い臭いが鼻につく。
みんなが燃やされ、焼き殺された現実に意識が戻る。
燃やした張本人が自分を助けてくれたのか。
理解出来ないまま、貴堂の身体の上で泣きじゃくる姫君の髪を撫でる事しか出来ない。
——身体、痛いな……。




