04-6
『存在を示せ、貴堂。〈マシュー〉は土地の精霊をその身体に受け入た。お前の身体にも〈人〉とは違う遺伝子が受け継がれている』
――えっ?
『草の一本、葉っぱの一枚、小さなそよ風、燃える炎……あらゆる精霊にお前が存在している事を知らしめるのだ、さっき私にしたように!』
――この声は……下、から? いや、耳のすぐ傍、から? あるいは、上空? 何なんだっ!
『私は〈水〉だ。お前が〈汚染を許さない〉と強く思ったから、私はそれに応えられた。お前の思いが土中を貫き、私まで届いた。だから私は今、こうやっていられる』
意味が、分からない……。
『考えてもみろ。私達は植物の汚染を善しとしてはいなかった。人の世界で物理的に壊されてしまう事は、どう対処しようもないのだ。水の汚染もそうだ、苦しくつらく、情けなく……だが思いは上手く伝わらず、人々の心が歪んだ世界では私達のエネルギーも歪にしか作用しない。お前は、精霊の意識をこちらの世界に導き作用させる道筋を開く、小さな鍵なのだ。仇討ちのため、皆の持つ力を解放しろ!』
仇討ち、のため。
穢された自然と、さらわれた姫君のために。
『人の強欲が踏みにじった罰を、今こそ受けさせる時だ!』
「罰っ? 俺が人に下すようなものではない!」
『たわけ、自惚れるな! お前が下すわけではないわ!』
「よってたかって、殺すのか? ひとりの人間をっ?」
『たったひとりの人間が、どれ程の精霊を絶滅させたと思う! 庇いだてするなら、お前も同罪だ!』
「だっ……だけどっ!」
貴堂は畏れた。
畏怖とは、このようなものなのか。
絶対的な冷酷さが突き付けられる。
身体がガタガタと震え、止められない。
『さぁ、皆の鍵を開けろ貴堂! あの男がこの国に来たのは、裁きを受ける為なのだから!』
貴堂は息を飲んだ。
絶対に、恐ろしい事になる。
あの老人が悪いと言う事は、もう充分に分かった。理解したつもりだ。
だけど、そんな人間でも残酷な結末が分かっているのに、そこに突きだせるほど自分の精神は強くない!
貴堂は両目を瞑り、全身を硬直させた。
身動きが出来なかったのだ。
断る事も怖くて出来ない。
だからと言って、水龍の言う事も聞けない。
くちびるを、強く噛み締める。
自分に出来る事が何も無い……。
『ならば貴堂! お前からだ!』
――殺される……っ!
貴堂は首をすくめ、これ以上無いほどに身体を強張らせた。
「待ってください、日の本の神よ!」
何か、聞き慣れない波動が耳元を通り過ぎた。
だが、それが声であると言う事も、極度に緊張している貴堂には分からない。
「私はリカード・オルムステッド。あの男に仕えて来ました、ソーサラーです!」
――……?
「異国の者が日の本の神に話しかけるご無礼をお許しください!」
『雑魚が何用じゃ! 身動きせねば見逃したものを、醜くもがいて命乞いか! 邪魔だてすると容赦せんぞ!』
「いいえ! 自らの罪の大きさは理解しているつもりです。それで裁かれると言うのなら、今更逃れようとは思っていません!」
『ならば、何があって私に話しかけて来た!』
「私達の事ではなく、その日本人を裁く事は違うと思ったからです」
『なぁにぃぃ……!』
「あなたはおっしゃいました、精霊の遺伝子がその方に備わっているのだと。名を〈マシュー〉と言った。異国の精霊に縁のある日本人を、あなたは始末されてしまうおつもりなのですかっ」
『こいつは日本人だ。日本に生まれ、日本で暮らす、身も心も魂までも日本人だ。何代前の血に異国の血が混ざっておろうと、我が国の加護の元に生きておる』
「ならば余計に罰するべきではありませんっ。文化を踏みにじられた中のひとり、日本で育まれた大切な〈生命〉ですっ」
『ならば何とする! こいつは精霊達の解放を拒否した……』
「いいえ! 彼はみなさんの思いを無視しているわけではありませんっ。それくらい、日の本に生きるみなさんなら、感じているはずです! 水の精霊であるあなたでさえ!」
『解放しろ、貴堂っ!』
「いいえ、ダメです! あれを始末するのは、わたしの役目です!」
――えっ?
『煩いわ! 黙れ雑魚がっ!』
貴堂は目を開けた。
地上から空に向かって必死で訴えかけているひとりの男が、彼自身の足下へと視線を向けた。
それと同時に水の龍が、その口を大きく開ける。
そして。
その口からペンほどの細さの水流が、捻れながら強度を増し。
真っすぐに、人へ……地上に居る異国の、ふたりの男へ向かって。
――止めろ……止めてくれ!
貴堂は噴水から飛び降り、地上のふたりへ向かった。
けれど、それよりも早く水流の方が先に、あのふたりへ到着してしまうだろう。
その身体を、細い水が貫くのだ。
きっと、貫く。ドリルのように渦巻きながら。
怒りの水が人体にどのような苦痛を与えるのかなど、貴堂には分からない。
でも。
相手が誰でも、それはダメだ。どんな悪人でも、ダメなのだ。
何故ダメなのかなんて、貴堂には分からない。
でも、そのまま見過ごす事が一番ダメな事。だと言う事だけが分かっている。
貴堂は、自分の身体を投げ出した。
渦巻きながら奔る水流へ。
きっと痛い。
肌は斬れて、渦巻く水流に巻き込まれ、肉もミンチになるかも知れない。
いや、きっとなってしまう。
だけど、自分はそうしてしまうのだ。
日本を始め、世界の食品の流通をメチャクチャにした男達を助けるために。
――だってこんなの、違うから!




