04-5
『あれが!』
『あれが!』
『あれが!』
『あれが!』
貴堂は怒りに震えるその声に、ハッとして我に戻った。
自分の周囲に五センチくらいの光の玉が、無数に浮かんでいる。
――いつの間に!
光の中に朧げながら精霊達の顔が浮かんでいた。
それは怒りに目を吊り上げ、老人を睨んでいる。
『あれが、悪意の犯人っ!』
精霊達はこんなにも――つらかったのだ。悲しかったのだ。
太古よりずうっと伝えられて来た、自分達の仲間。
それを、無惨にも金のために虐殺された事。
あまりにも暴力的だった。
子孫を残せない身体に造り変えられ、一代だけで生命を終える。
人に食べられるだけの、命。
姿も味も、そのためだけに整えられた。
ただ、それだけの物体にされた仲間。
この国の、仲間。
『姫君まで、さらった!』
誰かの言葉に、精霊達の怒りがピークに達する。
うねりながら雲より高く伸びている水流が、その姿を貴堂の前に現した。
鱗の一枚一枚まで水で再現された〈龍〉がそこに居たのである。
胴体が大地から雲まで伸び、雲からずるり、と……顔と言うか首? を下ろしている。
ガラスやクリスタルで作られた芸術品のようだ。
でもなめらかに動いているから彫刻ではないはず。
ならば何だ? 実物だ。
カーテン越しに見える、なんてものではない。
リアルに視線を感じる。
気配、と言うのだうろか。
電気の圧力のようなモアッ、とした感触が、その全身から発せられていた。
水龍の喉から、空気を震わせるような呻き声が聞こえ始める。
低い低い唸り声だった。
『許せない!』
『許さない!』
『その身を八つ裂きにして!』
『地獄へ!』
『無限地獄へ!』
精霊達の合唱が周囲の殺意をびぃん! と一本に繋げ〈針〉のようになった。
そしてそれは龍の咆哮と同時に、老人に向かう。
周囲の空気と摩擦して、流星みたいに光が流れた。
いくら強欲な老人と言えども、相手はただの人間だ。
しかし、貴堂にそれを止められはしなかった。
貴堂の視界の中を、ひとりに向かって真っすぐ走る銀色の光。
しかし。
老人を指し貫き、殺すはずだったその光は途中で砕け散る。
見ていた貴堂にも一瞬、理解出来なかった。
けれど数秒後。
光が飛び散るその向こうに、黒いシルエットが見えた。
男のシルエットだ。顔はよく分からない。
カードを持つ男、ではない。
怒りをまき散らす老人でもない。
さっきまでは存在しなかった人影である。
目が、見える。
ふたつの濁った白目の中に、瞳孔が収縮したままの目がこっちを見ている。
貴堂の視線に気づいたのか、それはクッ、と笑ったように形を変えた。
影は、影でしかない。
どう見ても実体ではない。
ただ、老人由来の影である事だけが分かった。
におい、と言うべきか。
気配、と言うべきか。
いや、貴堂が感じる〈空気の肌触り〉があの老人と全く同じ、なのだ。
別人格、なのか。
悪意と言う名の念の塊、なのか。
ドッペルゲンガーとでも呼ぶべきものなのか。
そう言う定義は分からない。
だがあれは、あそこに居る老人の分身である事だけは間違いなかった。
それが、精霊達の放った八つ裂きの針を砕いたのだ。
どう言う事だ。
あの老人は、ただの人間ではないのか――?
老人は、その場に崩れ落ちていた。
きっと老人にも〈針〉は、見えていたのだ。
自分に真っすぐ向かって来る針。
それは自分を貫き殺す為の針。
彼にはそれから逃れる術は無かったはずで、でも今、まだあそこで生きている。
助かってしまった事に、自分が驚いてしまっているようだ。
あれは、腰が砕けた状態だろう。
地面に尻を着き、両足を前に放り出し、目の前に立つ影を見上げている。
震えながら、恐怖の表情で。目元が潤んでいるようだから、泣いているようだ。
老人の意志ではない、老人の分身。
無意識と言う〈本性〉が姿を現したのかも知れない。
それが、こっちを見上げ微笑んでいる。
そして、次の瞬間。
貴堂の立っている場所まで、飛び上がって来た。
「よぉう、糞餓鬼ぃ~! お前が本当の〈ボス〉だってぇ? 気に入らないねぇ~大いに気に入らないねぇぇぇ!」
貴堂の立っている水の土台を、影が蹴り上げた。
下から突き上げて来る圧力を一瞬だが失った直後、貴堂はバランスが取れなくなった。
足下から落ちる。水から落ちる。
地面へ向かって。
――な、何だ?〈ボス〉って。
「親の元でぬくぬくと暮らしている日本の餓鬼が、私の邪魔をすると言うのか。目障りだねぇ~大いに、目障りだあぁ!」
貴堂は重力に引っ張られながら、そいつからの攻撃を何とか交わし続ける。
そいつは両腕を何度も何度も突き出して来て、殴ろうとしているように思えた。
その腕が自分の身体に触れた時、どうなるかは分からない。
貴堂は普通の学生である。体力も瞬発力もそう大したものではない。
格闘技を習っておけばよかった、などとこの場で後悔しても仕方ないのだが。
貴堂を高く持ち上げてくれていた噴水、水のカケラが、シルエットからの攻撃を邪魔をするように飛び、貴堂のフォローをしてくれている。
相手に掴まれそうになるたび、それを弾いてくれる。
しかし貴堂の身体はあまり自由に動かなくて、重力に包まれたまま落ちてゆく。
ビルに例えると十五階ほどの高さから落ちているので、このまま地面に衝突すれば無事では居られない。
地面まで残り三メートル、二メートル、と近づくが、影はまとわりついて体勢も整えられない。
そして奴の、濁った白目が笑った時、地面は目の前だった。
――うわあっ!
痛みを覚悟した瞬間。
貴堂の足下からドンッ! と強烈な破壊音がして、視界が再び上昇する。
貴堂は新たなる噴水に浮上させられた。
完全に〈意志〉があるようだ。それが水の龍の意志なのか、土地自体の意志なのかは分からないが。
自分はフォローされている。
――助かった……けど、どうにかしないと!
だいたい、なぜ最初……水が吹き出したあの時。
自分も地面から持ち上げられたのだ。あれが無ければ地面で殴り合いくらい出来たかも知れないのに。
――なぜ? って、意味があるのか?
自分はさっきまで、ちょっとボンヤリしていた。
けれど、水が遺伝子を砕いた……そんな事が、理解出来ていた。
そんなはず、ないのに。分かるはずがないのに。
だけど、この影が老人の分身である事もこんなにハッキリ、分かっている。
――空中? 俺、そこで何か出来るのか? ……何が!
上昇する、と言う事は、視界が広がると言う事。
それは、地上からすれば、対象物が広範囲から確認出来ると言う事でもある。




