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■04■
電車に揺られて姫君とふたり。
沈黙してただ、目的地に近づくのを待っていたその時。
貴堂の頭の中に、金属音にも似た高い高い音が鳴り響いたのである。
それは、貴堂に苦痛を感じさせるには充分過ぎる程の音であった。
身体がビクッ、と反応したその時、横に座っていた姫君も背もたれから身体を離した。
そして、驚いたような表情で周囲を眺め、キョロキョロしている。
「どうしたんですか」と貴堂が訪ねると。
「今、悲鳴が……」と姫君は答えてくれた。
――今の音、悲鳴だったのか?
姫君は正面を向いて座り直し、両手で耳元を塞いだ。
瞳も伏せて、数秒。
「近い」と呟いた。
「貴堂、次の駅で降ります!」
姫君は凛々しい表情をして、そう言った。貴堂は姫君の目を見て、頷く。
自分にも感じられたさっきの音――。
周囲の人達は何も騒いでいないから、きっと聞こえていないのだ。
あんな音を聞いていたら、この列車内が緊張に包まれていてもおかしくないはず。
「貴堂」と呼ばれ、座席の上に置いていた貴堂の右手に、姫君の手が触れて来た。
「今日は色々と、失礼な事を申しました。ごめんなさい」
「な、何ですか突然」
「あなたがわたくし達に反応してくれて、甘えてしまっているのです。あなたの生命を矢面に立たせるような真似を、わたくし達は……!」
手が、きゅっ。と握られる。
姫君の手も声も、微かに震えているのが分かった。
怒ったり謝ったり泣いたり……忙しい姫君である。
「人間が犯人なのでしょ。なら、人間がケリを着けないと」
どうすればいいのか、貴堂には全く分からないけど。
「俺がこうやって姫君と一緒に現場に向かっているのは、向かう事になったのは、きっとそう言う事なんだと思います」
「え?」
「うちのクラスの誰でも無く、町内の誰でもなく、この電車に乗ってる他の誰でもない。俺が姫君と一緒に居ると言う事は、俺が始末しなきゃいけない事なんだと思う。方法なんて分からないけど」
「必然、ですか」
「ああ、それそれ。きっと必然なんです。いや、逆に完全なる偶然なのかも知れないけど……」
偶然なのだとしたら、きっと大混乱の末にバッドエンドだ。
そしてその後、ヒーローが現れてハッピーエンドに導いてくれるはず。
貴堂は、それでもいいと思ってる。〈悪魔の種子〉から世界を解放出来ると言うのなら、微力な捨て石にもなろう。
電車は徐々にスピードを落とし、停車の体勢を整え始める。
「行きましょうか」と促すと、姫君は立ち上がった。
貴堂も続いて立ち上がり、扉の方へと移動する。
ふ、とコートに重力がかかったなと思った時、すぐ傍に姫君の身体が接近していた。
「あの、揺れてる場所で立つと言う事に、慣れなくて」
貴堂のコートの脇腹辺りの布が、引っ張られていた。
見ると、姫君は顔を真っ赤にして俯いている。そんなに恥ずかしい事でもないのに。
「大丈夫ですよ」と言い、貴堂は彼女に手を差し出した。
細い指が絡められる。
相変わらず冷たい。〈種子〉の、物体としての温度なのだろう。人ではないのだから当然、か。
「あ……ありがとうございます」と姫君は呟いた。
「いや、いいんですけど」
貴堂の気がかりは今、他にもあった。
姫君の切符が、無い。
――改札、ふたりで通れるんだろうか……。
電車は間もなくホームに到着する。
ホームに降りた時から、外はざわめいていた。
消防車のサイレンが、何台分も通り過ぎてゆく。
ホームに居た人々は、口々に不安を言葉にしていた。
赤いライトがキラキラと、看板の間からホームにまで流れ込んでいた。目の前の道路を走っているらしい。
風が吹いて、肌が痛いほど寒い。もちろん吐く息は白かった。電車の中はとても温かかったのだな……。
姫君の手を引いたまま階段を上がり、改札へ。
通過する人の列に並び、貴堂はドキドキしてその時を待った。
狭い場所を通過しなければならないので、姫君が一歩、後ろに下がる。
改札センサーは、貴堂にしか反応しなかった。
姫君はしっかり手をつなげる程の〈物体〉なのに、電子は姫君をスルーしたのだ。
正直、助かった。
ふたり分の運賃を払う事に抵抗は無いが、入場の券が無いのはどうしようも無い。
――電車への〈種子〉の持ち込みは別料金、ってわけじゃないだろうから……許して?
改札を抜け、駅前の広い道路に出る。
道行く人々のざわめきも大きくなり、消防車の赤いランプが周囲を照らしながら左の方で走っていた。
一台ではないのだ。大きな火災なのだろう。もしかしたら化学工場か何かが爆発事故を起こしている、とか?
――頭に響いた高音の悲鳴……考えられなくはない、のかも。
いや。姫君が反応したのだから、ただの火災の事ではないだろう。
駅前にはたこ焼き屋やコンビニ、郵便局や自転車置き場が広がっている。
街路樹と外灯が等間隔で並び、結構明るくて拓けた感じだ。
「貴堂、こっち」と姫君に袖を引っ張られ、駅舎の角を曲がる。
そこには周囲の木よりも一回り大きな、シンボルツリーがあった。
「送ってくれるそうです」
「は? どう言う……」
貴堂が疑問を口にし終わらない間に、姫君の指先から掌がすうっ、とその木肌に触れた。
そして。
姫君に強く引っ張られ、貴堂は前のめりになってバランスを崩す。
「うわっ!」と短い悲鳴を上げた時にはもう、シーンとした真っ暗な空間に居た。
そして「あれっ?」と思ったのも束の間。
冷たい風に吹かれた時にはもう、目の前に——燃え盛る山が広がっていたのだ。




