第4話 安心安全、下心なしですが?
今日は女子割が設定されている水曜日。つまり、客のほとんどが女性になる可能性が高い稀有な日である。
もっとも、普段から俺がバイトしてるネカフェは女性率が高めではあるが、女子割がある日はそれが顕著に表れる。
「おっす~おすおす~! いらっしゃったよ、名取~」
たった三時間だけカウンターに立つとはいえ、たまに厄介な客が訪れたりするこの日、自ら予告していた厄介な女子が早速俺の前に現れた。
「いらっしゃいませ。何名様のご利用ですか?」
「え~っと、三名! 野中以下、料理研メンバーです~」
料理研究部は俺以外女子が多数。その中で、野中といつも一緒に行動するのは後輩女子の二人で、俺を見てもせいぜい頭を下げる程度だ。
慕ってくれている後輩女子もいるが、ネカフェには来てくれない。
「……本日、女性専用エリアでの割引が適用されますが、適用されますか?」
「はいっ! はいはい!」
やかましい奴だな。
「それでしたら、会計はセルフレジではなく直接スタッフにお伝えください」
「りょ~かいっです!」
「それではこちらが専用カードキーです。暗証番号はこちらをお使いください。エリア入り口のセキュリティゲートを通って中へお進みください」
「ほぅほぅ!」
時々発生する女性専用エリアの受付は、性別に関係なく対応する。とはいえ、部屋の清掃で出入りするのは女性スタッフがやることが多い。そういう意味で、受付さえ済ませればとても楽な日であるといえる。
中に男性スタッフが入ることがほぼないので、女性にとって安心安全な時間なのだが、それでも起こるのが厄介な客の呼び出しだ。
「名取君。さっきの子って、君がシフトに入る時にいつもきてる子だよね?」
「暇つぶしで邪魔しに来てる奴ですよ」
「それにしては親し気じゃん?」
どこをどう見たらそう見えるのか。
「クラブが同じってだけっす」
「んまぁ、でも指名入ったらあの部屋限定で中に入っていいから」
俺の場合、野中からの呼び出しオンリー。女性スタッフからいつもそのことで茶化されているが、クラブ活動がない時しか来ないので本当に暇つぶしできてる奴という認識だけしかない。
そして野中以外に注意な客といえば、例の勝ち確女子の存在だ。
「すみません、専用エリア利用です」
「分かりました。それでは、こちらがカードキーです。ごゆっくりどう――」
「――男性スタッフは下心とかないものなんですか?」
「……はい?」
佐倉はいつも姉妹で来る常連の一人だが、女子割の時は一人で来ることがある。今日はまさに一人で来ている日のようだが、いつもただの店員扱いでスルーしていた奴がなぜ絡んでくるのか。
「安心安全、下心は全くない女子割の日です。安心してご利用ください」
いちいち相手すると面倒なので、テンプレート回答で対応する。そもそも女性専用エリアには迂闊に入ったら駄目な日なんだが。
「分かりました。その言葉、信じます」
「ごゆっくりどうぞ」
意外だが、佐倉はあっさりと引き下がった。そもそもの疑問、クラスの人気者なのにネカフェ利用はいつも姉と一緒か佐倉一人でしか来たことがないのはなぜなのか。
別に隠すような場所でもない(野中は堂々と邪魔しに来てる)のに、クラスメイトには知られたくない後ろめたさでもあるのだろうか。
「あ、そういえばですけど」
「はい?」
「良かったじゃないですか!」
さっさと専用エリアに入ったかと思えば、佐倉は俺に笑顔を向けてくる。
「何がですか?」
勝ち確の佐倉に喜ばれることをした覚えはないんだが。
「恋愛です。私に適当なことを言ってましたけど、すでにいるじゃないですか。そういう意味でも下心なんて必要ないってことですよね~」
「……何のことを言ってるのかさっぱりなんですが?」
「ほら、名取名取ってNNくんのことを言ってた女子ですよ! あ! NNのNは名取なんだ~」
自力で解明したようで何よりだ。
「あぁ……あいつは同じ部員なだけですよ」
「部員? え、名取くんってクラブ活動もしてるんですか?」
今となってはバイト優先の幽霊部員になってるけど。そもそもクラブ活動って言ってるのはあくまで趣味的活動なだけで、運動部ほど真剣な活動でもない。
「あぁ、まぁ」
「何て部ですか?」
「部活ってほど大層な活動はしてないんで……」
俺の言葉に佐倉は、自分を納得させるかのように小声で「そうなんだ……じゃあ丁度いいかも」などと呟いている。
男は俺だけでそれ以外は女子だけだし、下手に教えると真面目そうな佐倉には刺激が強そうだ。
「私、退屈を持て余してる女子なんですけど、知ってます?」
「知りません」
女子割の割にあまり女性が来ない日だからいいようなものの、何で一人にかかりっきりにならねばならないのか。
女性専用エリアは中に入ってしまうとほとんど関わることがないとはいえ、思いきり客と私語してるのは流石によろしくない。
「名取くんが良さげな恋愛が出来るように、私も同じクラブに入っていいですか?」
「駄目です」
「え、恋愛したくないんですか?」
「したいと言った覚えがないので……」
正直言って放っておいてくれ真面目に。恋とか趣味とかは自分のペースで進めるものだろ。
「だって、バイトはともかく、教室でいつもぼっちじゃないですか。それはそれでいいと思ってるかもですけど、私みたいにいつも誰かが話しかけてくれる人もいなさそうだし、それってとっても……」
人気なのが当たり前だからってお節介女子は厄介だな。
「クラブは俺のものじゃないんで、先生にどうぞ~」
「え、誰先生ですか?」
「先生です」
「……そうじゃなくて! うう~」
ちょいちょいわがままを挟んでくるが、もしや意外に駄々っ子か?
「名取~! お会計頼むぜ~!」
どこの輩かと思いきや、野中の声だった。
「あっ……」
……などと、野中に気付いた佐倉も時間を気にして辺りを見回し始めている。というか、二時間も経っていたとは驚きだ。
時間にして数分くらいの立ち話かと思っていたが、他に来客がいなかったのも手伝ったとはいえ、佐倉との話で時間を要するとは迂闊だった。
しかも楽しい話でもなかったのにだ。
「およっ? 名取。仕事中にナンパとはいい度胸だな?」
そして案の定、佐倉を見た野中は俺にちょっかいを出してくる。
「いいえ、仕事中です。お会計はこちらでお願いします」
「ちっ」
「舌打ちしても割引にはなりません」
「名取~そこを何とか!」
そう言いながら野中はお祈りポーズをしてくるが、ただのバイトに無理な話だ。
「ちっちっちっ……明日覚えてろよ~!」
「ご利用いただきありがとうございました」
時を刻むような舌打ちをしながら、野中とメンバー女子は素直に帰って行った。
「ナンパって、下心ですよね。名取くん、私に下心あったんですね?」
そしてこの女子、未だにこの場にいて俺に変なことを言ってくる。
「安心安全、下心なしですが? そしてナンパではなく、お客様案内の一環です。残り時間少ないですが、ごゆっくりどうぞ」
「ううう~!」
佐倉は悔しそうに急いで専用エリアに入って行った。俺はその日、佐倉の帰り際に会うことなくこの日のバイトを終えるのだった。




